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第80話:新堂亜紀

――フリーウェイを降り、指定されたエリアに近づいた瞬間から、空気が変わった。


街並みはいつものオークランドなのに、路肩には一般車の姿がない。信号の先も閉鎖されていて、交通管制がかかっているのが一目で分かった。


「……これは、シークレットサービスの管制ですね」

玲奈が低く呟いた。

その声に、私の背筋がぞくりと震える。


いつのまにか、車の左右に数機のドローンが併走していた。無音に近い飛行音が窓越しに響き、まるでこちらの一挙手一投足を監視されているかのようだ。


(……これは、本当に“大統領案件”だわ)


心の奥が強張る。

胸の奥で心臓が速く脈打つのを感じながら、私は無言で前を見据えた。


※※※


やがて指定された店舗の駐車場に車を入れると、すぐに数人のスーツ姿の男性たちが現れた。無駄のない動き。目だけが鋭く光っている。


「降車してください。全員、こちらへ」


言葉は冷静だが、拒否を許さない響きを持っていた。

直也くんが先に車を降り、その後に私たちも続く。


金属探知器のような携行機材が差し出され、まず直也くんと男性陣がチェックされていく。ポケットの中身、腕時計、靴。すべて確認される。


「女性はこちらへ」


私と玲奈、そして保奈美ちゃんは、別のスペースに案内された。

黒いスーツに身を包んだ女性要員が三人、淡々とした表情で立っていた。


(……まさか、保奈美ちゃんまで)


そう思う間もなく、彼女は小さく頷き、差し出された指示に従っていた。震えは見えるのに、決して顔を背けなかった。

その姿に、私は思わず唇を噛んだ。


「問題ありません」

「クリア」


短い言葉とともに、全員の検査が終わった。


※※※


再び一列に整列させられた私たちは、厳しい視線に囲まれながら店舗の中へと誘導されていく。


外の光が閉ざされ、重い扉が背後で閉まる音が響く。

それだけで、まるで世界が変わったような気がした。


(……この先に、何が待っているの……?)


呼吸を整えようと深く息を吸ったけれど、胸の鼓動は速くなるばかりだった。


――店の扉が開いた瞬間、空気が変わった。


そこは、田舎町に似つかわしくないほど静まり返った小さなビストロだった。

テーブルクロスは白。木の梁がむき出しになった天井。

本来なら、観光客がワインや地元料理を楽しむ場所のはずだ。


けれど、今は違う。


壁際には、鋭い視線を放つシークレットサービスが数人、無言で立っている。

そして店の中央――。


「……!」

思わず息を呑んだ。

玲奈も横で、硬直している。


たった一人、テーブルに腰かけていたその人物は。

――アメリカ合衆国大統領、その人だった。


心臓が跳ねる。

テレビやネットでしか見たことのないその顔が、いま目の前にある。

しかも護衛に囲まれたホワイトハウスでもなく、こんな田舎町のビストロで。


「You are the one who designed that plan, aren’t you?」

(君が、あのプランを考案したというのは本当か?)


低く、しかし明瞭な声。

その視線は直也くんを射抜いていた。


直也くんは一歩前に出て、堂々と答えた。


「Yes, Mr. President. I am the author of the plan. But it was not only me—these two women here supported me, and together we completed it.」

(はい、大統領閣下。私が作成しました。ただし、私一人の力ではありません。こちらの二人の女性に支えられ、共に完成させたのです)


大統領はわずかに口元を緩めた。


「The first version of your plan was… not bad. But it was not persuasive enough for the people of this country.」

(最初の案は悪くなかった。だが、この国の人々を十分に納得させるものではなかった)


胸がざわめく。やはり――最初の案は届かなかったのだ。


「However—」

テーブルを軽く指で叩き、大統領は言葉を継いだ。


「The second plan that reached my desk last weekend… That was quite impressive.」

(だが、先週末に私の手元に届いた二番目のプラン――あれは実に見事だったよ)


空気が震えた気がした。

玲奈が隣で小さく息を呑む。


(……大統領の口から“impressive”と言わせた……!)


私の心臓は激しく脈を打っていた。

机上のアイデアだったものが――いま、世界を動かす現実に変わろうとしている。


大統領は背もたれからわずかに身を乗り出し、直也くんをじっと見据えた。


「I wanted to know what kind of man could have drafted such a plan. And if possible, I wanted to meet you face to face.」

(あのプランをどんなヤツが作ったのか、それを知りたいと思った。……できれば直接会って話してみたいとね)


その目は、冗談ではなく真剣そのものだった。

私は息を呑み、玲奈も隣で背筋を伸ばす。


「Now, I have a few questions for you. Why did you focus on geothermal power? Most people who talk about the future speak of nuclear fusion. Environmentalists, on the other hand, are quick to praise solar panels. But you… why geothermal?」

(幾つか確認したい事がある。君は何故、地熱発電に拘ったんだ?未来の話をするヤツは、大概核融合プラントの話をする。そうでない環境保護団体はすぐに太陽光パネルの話をする。でも君は何故地熱発電なんだ?)


直也くんは一切怯むことなく、まっすぐ答えた。

「Mr. President, because geothermal is already here. It’s a proven technology. With some improvements and additional development, it can be deployed immediately. It’s reliable.」

(大統領閣下。それは今既に実現している技術であり、少し改良し、追加開発するだけで直ちに実用できる、信用できる方式だからです)


大統領の眉がわずかに動く。


「And when you say ‘immediately,’ what kind of timeframe are you talking about?」

(君が言う“直ちに”というのは、どれくらいのスパンの事を言っている?)


直也くんは一瞬も迷わず答えた。

「Within the span of your presidency. One term—four years. Two terms—eight years. If it cannot be realized within eight years, then I cannot call it ‘immediate.’」

(大統領閣下。閣下の任期は1期4年。2期でも8年です。つまり、8年以内に実現できる技術でなければ、私は“直ちに”できるとは考えません)


次の瞬間――。


大統領は大きな声で笑い出した。

「Ha! That’s the kind of answer I wanted to hear.」

(ハッ!そうだ、そういう答えが聞きたかったんだ)


豪快な笑い声が、張り詰めた空気を一気に揺らす。

彼は片手を振り上げ、奥に控えていたビストロのオーナーに声をかけた。


「Bring us beer. One for me—and one for this young man.」

(ビールを持ってきてくれ。私の分と、それからこの若者に)


思わず胸が熱くなった。

――アメリカ大統領と直也くんが、同じテーブルで、同じビールを酌み交わそうとしている。


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