第79話:一ノ瀬直也
ポケットの中で、携帯が震えた。
画面を見ると、五井アメリカのスタッフの名が表示されている。
「……はい、一ノ瀬です」
受話口から、荒い息を整える声が飛び込んできた。
『総領事館から至急という事で連絡がありました。オークランドの指定された店に、ただちに向かってください。理由は明かされていませんが、極めて重要案件とのことです。五井アメリカ支社長のみ同席して良いという連絡があり、支社長が向かいました』
「……了解しました」
通話を切った瞬間、背筋に冷たいものが走る。
――これは、ただ事ではない。
「直也くん。何かあったの?」
隣にいた亜紀が、すぐに表情を引き締めた。
「総領事館から直ちにオークランドへ向かえと。……店舗を指定しているみたいです」
亜紀は即座に端末を開き、玲奈と同時にビジネスチャットを走らせる。
玲奈の指先が矢のように動く。
「直也、大統領が動いた可能性がある。……一部メディアの速報でも“予定変更”が流れてる。すぐに行こう。これは本当の緊急事態だよ」
心臓が速まる。――やはり。
このタイミングでの“動き”。偶然ではあり得ない。
「一ノ瀬さん。私たちはどうしましょう?」
秀介さんが短く問う。
「秀介さん、美沙さん、麻里、それに保奈美は……三人はヘリで先にサンノゼへ戻ってください」
三人は即座に頷いた。迷いはない。
美沙さんが保奈美の肩に手を置き、「あなたも一緒に来なさい」と言ったが――。
「……イヤ。絶対イヤです」
保奈美が小さく、でも強く首を振った。
「直也さんと一緒に行きます。今の直也さんから、私は絶対離れられません」
「義妹ちゃん……」
説得しようとした。けれども保奈美の瞳は揺れなかった。
「ううん。……直也さんと一緒にいます」
頑として譲らない。
その眼差しの強さに、オレは言葉を失った。
「……わかった。よし、急ごう」
保奈美、それに亜紀さんと玲奈も力強く頷いた。
オレ達は水樹さんご夫妻と、それからサンタローザの丘に眠る透子に別れを告げた。
※※※
レンタカーのドアを乱暴に閉め、エンジンをかける。
夕暮れが迫るサンタローザの陽射しの下、オークランドへと続くフリーウェイに車を乗せた。
フロントミラーに映るのは、隣で端末を操作し続ける亜紀と玲奈。
そして後部座席で、緊張に震えながらも真っ直ぐに前を見つめる保奈美。
(大統領が……動いたのか)
答えはまだ分からない。
だが確実に、事態は次の局面に入った。
ハンドルを強く握り、アクセルを踏み込んだ。




