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第70話:AI注水コントロール(宮本玲奈)

 ――蒸気の音が耳を打つ。


 大地の奥から吹き上がる熱を前に、私たちは施設担当者の説明を聞いていた。

 EGS――拡張型地熱システム。

 その実証設備を前にしても、まだ「商用ベースに乗るにはリスクが大きい」という現実がある。

 最大の懸念は、やはり誘発地震だ。


直也が、不意に口を開いた。

「……オレが確認しておきたい事は3点程ある。


 1点目は、既存のEGSでは、超深度まで掘削した上で、高圧で岩盤を派砕する水圧刺激する事が前提となっているが、そもそも既存の地熱井が存在するエリアにおいては、そこまで超深度掘削せずとも、浅い、もしくは中深度程度で充分に地熱を活用する事が可能ではないか、という事。


 そして2点目は、仮にそうであるなら、その中深度の地熱セクターに対して、地熱発電に使った後の還元水の戻し方をEGS的にコントロールする、「人工涵養型のEGS」を構築できるのではないのか、という事。


 更に3点目としては、その「人工涵養型のEGS」が仮に実現可能だとするなら、熱・水理・力学・化学のTHMC共生現象をAIによって高速シミュレーションさせ、更に地下に配置した微小振動センサー、温度計、圧力計のデータをAIが常時学習し、リアルタイムに地下の『デジタルツイン』を更新させて、動的な注水コントロールさせる仕組み構築によって、誘発地震のリスクを極小化できるのではない、という事だ。


 この点はどうなんだろう?」


 思わず息を呑む。

 直也が言っているのは、井戸に高圧で水を送り込み、元々あった岩盤の微細な割れ目を押し広げて、熱水が井戸に流れ込みやすくする水圧刺激や、冷水を一気に注入し、熱い岩石を急冷させて「熱収縮」を起こし、バリバリと人工的なひび割れ(クラック)を発生させる熱刺激とは異なり、地下の既にある熱源(高温の岩盤)に向けて的確に水を戻し、岩盤の中で温められた水を別の生産井から再び蒸気として回収する「人工的な循環システム」を構築するというものだ。


 かねてより、直也からザ・ガイザーズにおけるEGSを用いた出力拡張構想の調査を依頼されていた私は、これまで調べてきた内容を共有した。


「既存の地熱井エリアのEGS的拡張については、世界中で今後トレンドとなる可能性があるの。


 ここ、ガイザーズでも、長年の運転で地下の熱水が減少してきたけれど、近隣都市の下水を高度処理した水を数千万ガロン単位で地下に注入し、蒸気量を復活させて出力を維持・増強することには既に成功している。


 更に日本でも、JOGMECや民間企業によって、既存の地熱発電所周辺での「水圧刺激」技術の実証試験が行われている。


 ただ、従来の試みのほとんどは、まだ水圧刺激や熱刺激を中心とするもので、AIによる注水コントロールについては、まだこれからというのが実情だと思う」


 直也は私の返答に頷いた。

「日本においてEGSアプローチをする場合は、もともと地震大国である点も考慮して、人工涵養型のEGSを採用するべきだとオレは考えていた。


 しかし、ここ米国でも人工的な誘発地震が最大の政治的リスクであるというのであれば、リアルタイムでの地下の『デジタルツイン』を更新するAIの高速シミュレーション、それも基づく注水コントロールによって……限りなく微小地震発生リスクをゼロに近づける方法を採用するべきだ」


 直也の声は低く、しかしはっきりとした響きを持っていた。

 その視線が横にいる秀介さんへ向けられる。

「秀介さん、AIの専門家の観点から見て、どう思われますか?」


 秀介さんは腕を組み、ほんの一瞬だけ考え込んでから頷いた。

「……リスクベースの多次元判断なら、そもそも現時点のAI技術でできてもおかしくないですね。


 時系列の微小地震データ、注入流量、圧力、地下の応力分布。

 これらを同時に解析して、リアルタイムに地下の『デジタルツイン』でAIが “シミュレーション” するモデル構築は可能だと思います。


 但し、その分膨大な計算資源が要求されますし、それこそが、ここまで商用ベースに乗せられない理由だと思いますが」


 私は秀介さんの言葉に頷き、補足説明を加えた。

「実際に研究段階では、もうその試みは始まっています」


 視線がヘンダーソンに向かう。担当責任者の彼は目を細めてこちらを見ていた。


「ヨーロッパでは、バーゼルの事故以降、機械学習を使った予測型の注水コントロールの研究が報告されています。

 群発地震のパターンをAIでクラスタリングして、どのクラスターが “危険” に成長するかをリアルタイムに推定する取り組みです。

 アイスランドでも同様に、深層学習を使って震源分布の動きを予測する試みが進んでいます」


 ヘンダーソンが眉を上げた。

「なるほど……既に実験段階では幾つものアプローチが存在するのか」


「はい。そしてアメリカでも」

 私は続けた。

「ユタFORGE――DOEのEGS実証プロジェクトでは “Advanced TLS” のテーマの下で、機械学習を用いた多次元解析に着手しています。

 さらに、石油・ガス分野の水圧破砕では、AIを使って注入条件と地震応答を予測し、動的にTLSを改善する試みも始まっています」


「つまり……」直也が言葉を受けた。

「“AIによる高度な注水コントロールシステム” はまだ商用化されてはいないが、世界中で萌芽は始まっている」


 その声に、空気が一気に熱を帯びる。

 美沙さんが興味深そうに身を乗り出した。

「じゃあ、それをここに導入すれば……?」


私は深く頷いた。

「そう。

 いきなり超深度掘削によるEGSを実施するのではなくて、既存の地熱井セクターを活用し、そこに誘発地震のリスクが極小となる人口涵養型のEGSを実施する事に加えて、大規模なAI計算資源を活用し、高精度でリアルタイム性の高い注水コントロール実現できる筈だ。

 もしそれをシステムとして付帯条件にできれば――」


 秀介さんが言葉を継いだ。

「EGS採用を商用ベースに乗せる道が、一気に開けますね」


 沈黙。

 蒸気の音が、まるで議論の熱を後押しするように響いていた。


ヘンダーソンが大きく息を吐き、ゆっくりと頷いた。

「……君たちの言う通りだ。

 AIによる注水コントロール――確かに夢物語ではなく、最新の技術でなら実現可能だろうな。

 そして、それを前提条件に組み込むことが出来るなら、EGSのリスクは大幅にコントロールできるだろう」


 直也がわずかに微笑む。

「ならば、それを “前提条件” として明記すべきですね。

 エコAIデータセンターの設置に際し、人工涵養型のEGSを既存地熱井エクターに導入し、リアルタイムに地下の『デジタルツイン』を更新させて、動的な注水コントロールさせる仕組みを構築すること。

 それを商用化の必須条件とする。

 そもそもエコAIデータセンターの計算資源を活用して、その役割そのものを担わせてもらっても良い」


 麻里がじっと直也を見つめていた。

 その視線の意味は分からない。

 だが少なくとも――いま、この場にいた全員が、同じ未来を見つめていた。


 私の胸の奥も、熱でいっぱいだった。

(……これだ。EGSの実用化に向けた取り組みをAIを用いて飛躍的に加速させれば、次世代に向けての電源拡大が可能になる)


 ――しばしの沈黙の後。

 最初に声をあげたのは、作業服姿の若いエンジニアだった。

「もし……それが本当に実現できるなら、我々の一番の恐怖がなくなるんです。

 毎回、注水の度に“誘発地震”を恐れて、ブレーキを踏みすぎてしまう。

 結果的に効率は落ちるし、計画は遅れる。

 でもAIが精緻に注水コントロールしてくれるなら……私たちも安心して運営ができる」


 別のベテラン技術者が頷く。

「今までは “どのように注水するべきか” が勘に頼る部分もあった。

 その判断で何度も議論になった。

 だがAIによる注水コントロールシステムがあるなら、我々のストレスは相当減って助かるよ」


 さらに別の担当者が言った。

「住民説明の場でも大きいね。

 『人工涵養型EGSで、誘発地震のリスクそのものを低減するのに加えて、リアルタイムにAIがリスクをシミュレーションする事で万全を期す』ことを説明できれば、住民の信頼を得やすい。

 バーゼル事故以来、私たちは『安全』をどう説明するかにいつも悩んできた。

 でも、もしこの仕組みを持ち込めるなら――説得力が全然違ってくる」


 ヘンダーソンもその言葉に重く頷いていた。

「そうだな。

 …… “もしそれが実現できるなら” の積み重ねが、ようやく現実を変える、その最初の一歩になるだろうね」


 私は静かに息を吐いた。

(……これが欲しかった。

 この現場の“生の声”こそが、将来の交渉材料になる)


 EGSの採用は、まだ政治判断の段階にある。

 だが、現場の技術者が「実現すれば大歓迎だ」と言っている。

 その声は必ず――データや理屈以上に強い武器になる。


 直也の視線が一瞬、私に向けられた。

 互いに言葉は交わさなかった。

 でもその目が語っていた。

 ――これが“突破口”だ、と。


 蒸気に包まれた視察現場で、私は心の奥底に記録を刻んでいた。

 今日、この現場の声を残すことが、未来を押し開く鍵になる。

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