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第54話:待ち時間のお楽しみ(一ノ瀬保奈美)

 ――お腹も心も満たされたところで、私たちは「カリブの海賊」へと向かった。

 アトラクションの入口近くは、暗いトンネルのような石造りの壁が続いていて、まるで本当に海賊の砦に迷い込んだみたい。

 わくわくと同時に、少しひんやりとした空気に背筋がぞくっとした。


「……あ、今のうちに!」

 私は思わず声を上げた。


「何?」

 と直也さんが振り返る。

「友達からオーダーがあったんです。カチューシャつけて“仲良し兄妹”っぽい写真を撮ってきて、って」


 お揃いで買った青いスパンコールのカチューシャを指差すと、亜紀さんと玲奈さんはすぐに事情を察して、にやりと笑った。


「ふふ……つまり義妹ちゃんの撮影会ね」

「よろしい、我々が責任を持って奇跡の一枚を撮りましょう」


 スマホを手にしたふたりが、完全に撮影班の顔になっていた。


「テーマは“仲良し兄妹”ですから……」

 私は胸が高鳴るのを感じながら、直也さんの腕をちょんと引いた。

「えっと……頬をくっつけて、こうやって手で♡をつくるのはどうでしょうか?」


「はぁっ!?」

「ちょ、義妹ちゃん!?」


 直也さんの声が裏返った。

 でも私は必死に笑顔を作ってみせる。

 だって、友達からのオーダーだもの。


 案の定、亜紀さんと玲奈さんは大声を上げた。

「ハイ!アウト!!」

「コンプラ委員会事案、確定しましたー!」

「東京都条例違反者発見です!」

「……東京都じゃないのでセーフですが、アウト!!」


 それでも結局、二人は「どうせなら最高に映える一枚を!」と、光の角度を調整したり構図を決めたりして、ノリノリで撮影を始めてしまった。


 そして――カメラに収まったのは、カリブの海賊の入口を背景に、頬を寄せ合って手でハートを作る私と直也さん。

 胸が弾けるようにドキドキして、顔は真っ赤だったけれど……それでも最高の笑顔になっていたと思う。


「奇跡の一枚、いただきました!」

 亜紀さんと玲奈さんが同時にガッツポーズ。

 私は画面を覗き込みながら(ああ……一生の宝物になるかも)と胸の奥が熱くなった。


※※※


「今度は、私が撮る番です!」

 私は直也さんのスマホを受け取って、勢いよく宣言した。


「え?誰を?」と直也さんが目を瞬かせる。

「もちろん――直也さんと、亜紀さんと玲奈さんです!」


「ええっ?」

 亜紀さんと玲奈さんが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に変わった。


「な、なんていい子なの!」

「その提案は前向きに対応いたしましょう」


 二人はすぐに直也さんの左右に立ち、カチューシャをぴょこんと揺らした。

 私はさらに一歩前へ出てお願いした。

「できれば……頬をくっつけてください!」


「ええっ!? それはちょっと……!」

 直也さんは慌てて身を引こうとしたけれど――。


「いいじゃない、ほら!」

「保奈美ちゃんのお願いなら仕方ないでしょ」


 両側から亜紀さんと玲奈さんに押され、結局、直也さんは観念した。

 三人でぎゅっと頬を寄せ合い、ぎこちなくも笑顔を作る。


「はーい、そのまま、はいチーズ!」


 シャッターが切れる。

 画面に収まったのは、少し照れている直也さんと、満面の笑みの亜紀さんと玲奈さん。

 お揃いのカチューシャが光を反射して、どこか家族写真のようで――でも特別に見える一枚だった。


 私は思わず声を漏らす。

「わぁ……すごく素敵!」


 直也さんは「……まったく」と呆れた顔をしつつも、どこか柔らかい笑みを浮かべていた。


 ――大好きな人と、大好きな人たち。

 この瞬間を切り取れたことが、私にとって何よりの幸せだった。


 次はいよいよ、ボートに乗り込む番。

 胸の高鳴りは、まだまだ続いていた。


 ――薄暗い石造りのトンネルを抜け、いよいよボートに乗り込む瞬間。

 木の床板がぎしりと鳴って、まるで本当に冒険の船出をするようで胸が高鳴った。


「よし、ジャンケンで席順決めよう」

 直也さんの声で、私たちは手を出す。


 結果は――玲奈さん、私、直也さん、亜紀さん。

 4人そろって前列に並んで座ることになった。


 ボートがゆっくりと水面を滑り出す。

 ひんやりとした風が頬を撫で、耳に届くのはかすかな波音と遠い酒盛りの歌声。

 まるで別世界に迷い込んだみたいで、私は思わず息を呑んだ。


「雰囲気あるな……」

 直也さんが小さくつぶやいた声が、暗闇に吸い込まれていく。


 最初の滝を下ると、そこには広がる大航海時代の港町。

 炎に照らされた建物、笑いながら暴れる海賊たち――。

 私はきょろきょろと視線を走らせながら、胸を高鳴らせていた。


 すると隣の玲奈さんが、すっと私の腕をつつく。

「ほら、見て。あそこ」


 視線を向けると、樽の影に――キャプテン・ジャック・スパロウ!

 例の独特な立ち振る舞いで、ひょいっと顔を覗かせていた。


「わぁ……!」

 思わず声が漏れる。

 玲奈さんは満足げに微笑んで、さらに次のポイントを指差す。


「ほら、あっちにはバルボッサ船長。大砲撃ち合ってる」


 本当にいた。

 豪快に笑いながら剣を振るうキャプテン・ヘクター・バルボッサ。

 その迫力に思わず体を引いてしまう。


「すごい……本物みたい……」


「で、次は――あそこだ」

 玲奈さんの声が頼もしく響く。

 霧の向こうから現れたのは、触手の髭をたなびかせたデイヴィ・ジョーンズ。

 不気味な声がボートを包み込んで、私は思わず直也さんの腕にしがみついた。


「ひゃっ……!」


「大丈夫だ、ただの演出だから」

 直也さんが笑いながら肩を支えてくれて、その温かさに胸が落ち着いていく。


 船はさらに進み、酒場で踊る女の人たちや、宝を奪い合う海賊たちを横目に通り抜ける。

 リアルすぎる演出に驚きつつも、隣の玲奈さんが次々と「ほらここ!」「次はあそこ!」と案内してくれるから、怖さよりも楽しさが勝っていた。


「玲奈さんって本当に何でもご存知なんですね?」

 思わず感心して口にする。


「ふふ、下調べは得意だから」

 玲奈さんは少し得意げに肩をすくめる。


 直也さんも、そのやり取りを聞いて、目を細めて笑っていた。

「……本当にね。仕事でもそうだけど、玲奈は準備力が抜群なんだよ」


 なんだか、その言葉を聞けただけで私まで嬉しくなってしまった。


 やがてボートはゆっくりと暗いトンネルを抜け、再び光の差す出口へ。

 旅の終わりを告げるように、酒盛りの歌が遠ざかっていく。


「楽しかったぁ……!」

 思わず声が弾む。


「うん、いいアトラクションだったな」

 直也さんが頷き、隣で亜紀さんも満足げに笑っていた。


 胸の奥が、じんわりと温かい。

 大好きな人と、大好きな人たちと一緒に――夢の海賊の世界を冒険できたことが、何よりの宝物だった。

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