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第53話:一ノ瀬直也

――昼前、そろそろ休憩の空気が漂い始めた頃だった。

作戦会議のように「どこで昼を食べるか」という話題になった瞬間、玲奈がきっぱりと言った。


「Blue Bayou Restaurant一択です」


まるで戦略の要を決める参謀のような断言に、オレも亜紀さんも苦笑するしかなかった。


※※※


幸い、少し早い時間だったので、すぐに席に案内された。

店内に一歩踏み入れた瞬間、空気が変わった。

暗めの照明、夜空を模した天井、ゆったり流れる時間。どこか非日常で、これぞテーマパークの魔法という雰囲気だ。


「わぁ……すごい……!」

保奈美が目を輝かせて辺りを見回す。

その顔を見ただけで、ここに来て正解だったと思えた。


「なんだか、ほんと映画の中みたい」

亜紀さんが楽しそうに声を上げ、玲奈も「これがいいんですよ。ここで食べてからカリブの海賊に流れるのが完璧な流れなんです」と頷く。


3人がわいわいと盛り上がる声を聞いていると、それだけで胸が軽くなる。


※※※


料理が出てくるまでの少しの時間。

保奈美が「カリブの海賊の次はどれに乗るんですか?」と問いかけると、すかさず亜紀と玲奈がメニュー表を戦略図にでもするかのように真剣な顔を見せる。

「午後は待ち時間が長くなるから、ジャングルクルーズを先にして……」

「いや、ランナウェイ・レイルウェイみたいに比較的すぐ乗れる系を先に」

「じゃあ、ジャンケンで順番決めます?」


テーブルの上で笑い混じりの協議が続く。

保奈美の声は弾んでいて、亜紀はいつになく楽しそうで、玲奈は相変わらず参謀役に徹している。


――ああ、やっぱり来てよかったな。


窓の外では、カリブの海賊のボートが静かに流れていくのが見える。

心の奥にあった重苦しさが少しずつほどけていく。


来週からはまた厳しい日々が待っている。会議、調整、説得、そして長い出張。

肉体的には、この休日の移動でむしろ疲れを溜めているのかもしれない。

けれど――。


今は心が洗われていくようだった。

無邪気に笑う保奈美の姿、参謀気取りで目を輝かせる玲奈、ちゃっかり場を仕切りながらも楽しそうな亜紀。

その全てを目の前で眺めながら、こんな時間を過ごせていること自体が、オレにとって最高の休息だった。


(……この一瞬を、大事にしよう)


胸の奥でそうつぶやきながら、静かに息を吐いた。


――休日の魔法は、まだ続いている。


※※※


テーブルに次々と料理が運ばれてきた。

スモークの香りが立ちのぼるステーキ、シーフードのガンボスープ、そして色鮮やかなサラダ。

薄暗い店内にキャンドルの灯りが揺れて、料理までもが舞台装置の一部のように映える。


「わぁ、美味しそう!」

保奈美が小さく声を上げて、瞳を輝かせる。

その反応に、亜紀も玲奈も自然に笑みを浮かべた。


フォークを手にしながら、保奈美がふと口にした。

「カリブの海賊って……映画もありましたよね?」


「ええ、『パイレーツ・オブ・カリビアン』よ」

玲奈がさらりと続ける。

「アトラクション自体は映画よりもずっと前からあるんだけどね。今は映画版のキャラクター――キャプテン・ジャック・スパロウとか、キャプテン・ヘクター・バルボッサ、それにデイヴィ・ジョーンズなんかも登場するようになってる。後で探してみると面白いよ」


「へぇ……!」

保奈美が感嘆の声を漏らす。

「玲奈さんって、本当に何でもご存知なんですね」


玲奈は肩をすくめ、ナイフを動かしながら軽く笑った。

「好きなことに関してはね。調べたり覚えたりするの、昔から得意なんですよ」


(……なるほどな)

オレはその横顔を見ながら、改めて感心していた。

仕事でもそうだ。細かい情報を拾い上げて整理し、的確に戦略に組み込む。

彼女はどこにいても参謀役を自然に担ってしまうのだろう。


「直也くんも見習いなさいよ。ほら、玲奈に資料まとめてもらって楽してるでしょ」

亜紀さんが茶化すように突っ込んでくる。


「いや、否定はできないですけどね」

オレが苦笑すると、玲奈は小さく肩を揺らして笑った。


「私としては頼られるのは嫌いじゃないですから。……その代わり、感謝のディナーくらいは期待しますけど」


「はぁ!? ちゃっかりしてるわね、ほんと」

亜紀さんがツッコミを入れ、保奈美はそのやり取りに目を丸くしてから笑い出した。


料理を口に運びながら、他愛ない会話が続く。

笑い声が絶えず、心地よい時間が流れていた。

オレはふと、周囲の景色を見回す。

ボートに乗ったゲストたちがゆっくりと流れていき、暗闇の向こうから「Yo-ho, Yo-ho…」と海賊たちの歌がかすかに響いてくる。


――本当に、不思議な場所だ。

現実の喧騒を忘れて、ただこのひとときを楽しめる。

そんな空間に、大切な人たちと一緒にいる。


胸の奥に、静かな充足感が広がっていった。


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