第52話:宮本玲奈
――ディスティニーランドの地図を片手に、私は小さくうなずいた。
スペース・マウンテンを終えて、次はどこへ行くか。作戦会議の時間だ。
「次、どこ行く?」
直也がそう口にした瞬間、私は即答していた。
「Big Thunder Mountain Railroad。午前中のうちに攻めましょう」
みんなが「おお」と声を上げる。
ジェットコースター系は昼以降だと一気に待ち時間が跳ね上がる。午前中のうちに行けるなら、それが一番効率的だ。
「へぇ、玲奈、けっこう参謀っぽいこと言うじゃん」
亜紀さんが笑いながら肩をすくめる。
「当然です。楽しむにも作戦が必要ですから」
私はさらっと返しつつ、ふっと表情を変えて亜紀さんに顔を寄せる。
「でも亜紀さん、保奈美ちゃんと仲良くなると……すごくいいことありますよ」
「え? どういうこと?」
きょとんとした亜紀さんに、にやりと笑う。
「“保奈美ちゃんに会いに行く”っていう名目で、直也のお家にどんどん行きやすくなります」
「ああっ! なんて小狡いこと考えるの、あんたって子は!」
亜紀さんが声を上げて肩を叩いてきた。
「しかも、保奈美ちゃんがOKって言ったら、直也は絶対逆らえません」
「……あんた、なんでそんな悪魔的な発想なの?」
呆れ顔の亜紀さんに、私は胸を張って言い切った。
「せめて“小悪魔”と言ってください」
――そんなやり取りをしている間に、ビッグサンダー・マウンテンの列へ。
岩山の上を駆け抜けるコースターを見上げながら、みんなでジャンケン。
結果は――私と直也、亜紀さんと保奈美ちゃん。
「亜紀さん、よろしくお願いします!」
ぱっと顔を輝かせて頭を下げる保奈美ちゃん。
「……う、うん。よろしくね」
思わず頬をゆるませる亜紀さん。あれだけ強気なのに、もう完全に保奈美ちゃんに溶かされている。
その様子に、私は思わず吹き出してしまった。
(……やっぱり、この子は天使だ)
でも隣を見ると――もっと楽しそうに笑っている直也がいた。
心の底から自然に笑っている顔。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が温かくなった。
(ああ……今、私、すごく幸せを感じてるなぁ)
列が進み、ジェットコースターの汽笛が鳴る。
私は直也と並んで歩きながら、胸の鼓動を少し早めていた。
――今日はまだ始まったばかりなのに、こんなにも心が満たされている。
ガタン――とレールがきしむ音。
木造のプラットフォームで、列車型コースターに乗り込む。
隣は直也。シートベルトを締めるその横顔が、不思議と少年っぽく見えた。
「準備はいいか?」
直也が少し茶化すように笑う。
「もちろん。怖がったらフォローしてくださいね」
わざと強気に返したけれど、胸は高鳴っていた。
汽笛が鳴り響き、列車がぎしぎしと坂を上る。
岩肌の合間からLAの青空がのぞき、日差しに目を細める。
――そして、落下。
風が一気に頬を叩き、体が浮き上がる。
思わず声が出た。「きゃあっ!」
隣で直也の笑い声が響く。
普段は冷静で落ち着いた大人なのに、今は無邪気に楽しんでいる。
その笑顔に、私はつられて大声で笑った。
急旋回。岩壁ぎりぎりをかすめるスリル。
直也がさりげなく腕を広げるようにしてくれて、その安心感に胸がまた跳ねる。
「大丈夫か?」
風にかき消されそうな声で問いかけられて、思わずうなずいた。
「はい! めっちゃ楽しいです!」
本当だった。
スリルも叫びも全部、楽しさに変わっていた。
ふと前を見ると、別の車両に乗った保奈美ちゃんが亜紀さんと並んで笑っていた。
髪を揺らしながら全力ではしゃぐ姿は、まるで光そのものみたい。
……やっぱり天使だ。
けれど、隣で笑っている直也もまた――私にとっては特別な光だった。
列車が最後のカーブを抜け、スピードを落としていく。
熱い風が止み、胸の鼓動だけがまだ速い。
「ふぅ……最高でしたね」
思わずつぶやくと、直也がうなずいた。
「ああ。やっぱり、こういうのは大勢で来ると楽しいな」
その一言に、不思議と胸が熱くなる。
――そうだ。今この瞬間、みんなで笑っていることが、一番の幸せなんだ。
汽笛が再び鳴り、列車がホームへと戻っていく。
私はシートから降りながら、心の中でそっと願った。
(……どうか、こんな時間が、もう少し長く続きますように)




