表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/105

第32話:直也さんとの再会(一ノ瀬保奈美)

 ――揺れた。

 機内アナウンスが流れ、飛行機が降下を始めたのを知った。


 ゆっくりと目を開ける。

 眠りは深かった。直也さんに言われた通り、機内ではご飯も少なめにして、すぐに目を閉じたから。

 自分でも驚くほど、ぐっすり眠っていた。


(ちゃんと守れた……直也さんのアドバイス)


 ほんの少し誇らしい気持ちが胸に広がる。

 けれど、すぐに緊張が押し寄せた。


 ――これから、いよいよ直也さんに会えるのだ。


 シートベルトの金具を握りしめたまま、慌てて席を立つ。

 寝起きの顔では絶対に会えない。そんなの嫌。


「すみません」

 小さな声で隣席の人に会釈して、通路を抜ける。

 化粧室に飛び込み、冷たい水で顔を洗った。

 目がぱっちりする。

 ポーチから取り出したのは、いつもの化粧道具。

 けれど今日は気持ちが違う。


 ―― “男イチコロメイク” 。


 真央がそう名づけていた、ナチュラルだけど絶妙に可愛く見えるメイク。

 派手さはない。

 けれど、鏡の中の自分が、ほんの少し勇気を持てるようになる。


「……うん、大丈夫」

 頬を軽く叩き、深呼吸してから席へ戻った。


 機体はふわりと揺れながら高度を下げていく。

 窓の外には、どこまでも広がる海と、やがて現れる街の明かり。

 見慣れない道路の網目、オレンジ色の街灯の輝き。


「……アメリカ」

 心の中で呟いた瞬間、胸が高鳴った。


 やがて軽い衝撃。

 車輪が滑走路に触れ、エンジンが唸る。

 機体が減速するたびに、胸の奥で「ついに来たんだ」と何度も繰り返した。


 ――ついに、ロサンゼルスに到着した。


 ゲートを出て、長い廊下を歩く。

 周りは外国人ばかり。

 表示はすべて英語。

 どこに行けばいいのか、一瞬で迷子になりそうになる。


 けれど――。


(直也さんが作ってくれた案内を思い出して)


 頭の中で復唱する。

「こう進んで……ここを左……」

 他の乗客の流れについて行きながら、必死で思い出す。


 心細さと期待が入り混じって、足取りが早くなる。


 入国審査を終え、荷物を受け取り、最後の自動ドアを抜けた。

 その瞬間――。


「あ! 来たよ」


 女性の声が聞こえた。


 顔を上げる。

 人混みの先に――直也さんがいた。


 視界が一瞬でぼやけた。

 亜紀さんも、玲奈さんもそこにいる。

 けれど、私には見えなかった。

 目に映ったのは直也さんだけ。


 彼が笑顔で立っている。

 その姿を見た瞬間、足が勝手に動いていた。


「直也さんっ!」


 気づけば、スーツケースも放り出して駆け寄り、ぎゅっと抱きついていた。


 胸に伝わる体温。

 夢じゃない。幻でもない。

 本当に、彼がここにいる。


「……ちゃんと来られたな。偉いぞ!」

 直也さんの声が頭の上から降ってきた。


 その瞬間――。


「チッ」


 何か聞こえたかな?

 よく分からないや。

 今はどうでもいい。


 私の全身は直也さんの腕の中にあった。

 本当はずっとこうしていたいな。


※※※


「さ、行こうか」

 直也さんがスーツケースを代わりに持ち、私の歩幅に合わせてくれる。


 周囲の喧騒も、空港独特の雑然とした匂いも、もう気にならない。

 ただ隣を歩く彼がいるだけで、胸の奥が温かくて仕方がなかった。


 直也さんがここにいてくれる。

 それだけで、私は幸せになれる。


 空港で直也さんと会って、そのままみんなで車に乗って……と思ったら、待っていたのは無人タクシーだった。


「……え、え、これ、人が乗ってないんですか?」

 思わず声が裏返った。

「そうよ、最近はもう普通よね」

 玲奈さんが当たり前のように答える。

「心配しなくても大丈夫。安全性のテストは何百万回も繰り返されてるから」

 直也さんが笑って言う。その笑顔に、少し安心する。


 でも――車が勝手に動くなんて。

 目の前のハンドルが、誰も握っていないのにくるりと回る。

 信号に従って止まったり進んだり。

「……すごい……」

 窓の外を眺めながら、私はひたすら感嘆の息を漏らしていた。


「日本でも技術的には全然実用化できるはずなのにね」

 亜紀さんが言う。

「でも、結局日本的な理由でなかなか進まない。

 エコAIデータセンタープロジェクトしかりです。

 本当に、そういうところが日本ってダメだと思いますね」

 と玲奈さん。


「日本のそういう慎重に過ぎるスタンスは、良い側面もあるんだけどね」

 と直也さんが言った。


 まずはホテルへ。

 直也さんが前日の夜に泊まっていた部屋に案内され、私のスーツケースを置く。

「軽くシャワー浴びてきたら?」

 そう言ってくれたから、素直に甘えた。


 熱いお湯が頭から流れ落ちると、緊張で強張っていた身体がふわっとほどけていった。

(あぁ、本当に……ここまで来たんだ)

 シャワーを浴びながら、何度も心の中で繰り返した。


 それから再びみんなと合流して、朝のLAを走り出す。

 最初の目的地はハリウッド。

 有名な通りを抜け、映画の看板を横目にしながら、無人タクシーはスムーズに進んでいく。


「保奈美ちゃん、ここからが本番よ」

 亜紀さんが嬉しそうに言う。

「亜紀さんと玲奈さんも来てくださったんですね」

「そうよ。義妹ちゃんの楽しい休日プランを一緒に考えたの」

 玲奈さんがすかさず補足する。

(……わたしのために?)

 胸の奥がじんと熱くなった。


 そして朝食?というか早めのランチ。

 カフェのテラス席で、大きなパンケーキにメープルシロップをたっぷり。

 スクランブルエッグにベーコン、オレンジジュース。

 外国のごはんは、なんて大胆なんだろう。

 でも、不思議とお腹にすっと入っていった。


「この後はまず、ハリウッドのセレブ御用達のカリスマ美容師のお店に行くわよ」

 亜紀さんが楽しそうに宣言する。

「……美容室?」

 思わず声が裏返った。


 やってきたのは、ガラス張りのゴージャスなビルの一角にある美容室。

 その名は「エドワード・トリウミ」。

 扉を開けた瞬間、ふわっといい香りが漂った。

 そして――。


「Oh my god! ようこそ〜! いらっしゃいませ〜!」


 目の前に現れたのは、明るい笑顔を振りまく男性。

 肩までの髪を派手にまとめ、ピンクのシャツに細身のパンツ。

 ちょっとオネエっぽい雰囲気のその人が、流暢な日本語で私たちを迎えてくれた。


「エドワード・トリウミよ〜。

 日系二世だから日本語ペラペラ。

 安心してね〜!」

「……え、あの……よろしくお願いします」

 あまりの勢いに押されて、思わずぺこりと頭を下げた。


「さぁ、今日はあなたをスーパーゴージャスにしちゃうわよ!

 男なんてイチコロよ!」

「い、イチコロ……」

 頬が熱くなる。


 直也さんの視線を感じて、余計に恥ずかしくなる。


 でも、鏡に映る自分を見つめて、少しだけ期待もしていた。

(わたし……本当に変われるのかな?)


 亜紀さんと玲奈さんが、後ろから微笑んで見守っている。

 彼女たちの視線が、私の背中をそっと押してくれた。


 ――素敵になれるといいな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ