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第25話:一ノ瀬直也

――神宮寺麻里……。


その名を耳にした瞬間から、胸の奥に冷たい杭を打ち込まれたような衝撃が続いている。

それだけでも十分なのに、彼女がDeepFuture AIのスタッフとして現れ、さらには米国での事業スキームを問い直す立場で発言した時、オレは完全に言葉を失った。


「米国の事業なのに、日系資本が六割というのは、むしろ米国側の投資家や政府・行政機関にとって懸念材料になるのではないでしょうか?」


淡々とした口調だった。責め立てるわけでも、挑発するわけでもない。ただ冷静に、理にかなった主張を並べる。その分、オレの胸に突き刺さった。


確かに一理ある。


いや、むしろ麻里の言う事こそが正論だ。米国の地で進める以上、日系が過半を握るスキームは現実的に摩擦を呼ぶ。だがそれを認めれば、五井物産自身の立ち位置も再構築しなければならない。日本側JV、日本政府、電力会社、それらにどう説明するのか。すべてが振り出しになる可能性もある。


横に座るイーサンは、ただ腕を組み、わずかに口角を上げたまま黙っている。

――完全に麻里に任せる、という態度。お手並み拝見、そう言わんばかりだ。


イーサンにしてみれば、彼が望んでいる独自のエコな計算資源を確保できさえすれば良いのだから、端的に言えば自社の影響力がより大きくなる資本構成の見直しは、彼にとって得になる事ではあっても損はない。


会議が終わり、ホテルに戻る。

スーツを脱いでソファに腰を下ろすと、どっと疲れが押し寄せてきた。頭の中で何度も、麻里の声がリフレインする。


「米国事業に六割の日本資本――それはリスクです」


――神宮寺麻里……。


何故、今君がDeepFuture AIのスタッフとして現れたのか……。


そんな時、コーヒーの香りが漂ってきた。

亜紀さんが入れてくれたようだ。

「直也くん、どうぞ」

一言だけ。だが彼女の視線は、麻里の件には一切触れない。

玲奈も同じだ。いつもなら厳しい指摘を投げかけてくるのに、今夜は沈黙を守っている。


――ありがたかった。


オレの動揺を知っていて、敢えて何も言わない。そういう優しさが、この二人にはある。


だからこそ、オレも余計な言い訳はしない。麻里について、今この場で何を言っても仕方がない。

今はただ、どうこの局面を突破するか。それだけに集中すべきだ。


机に広げた資料に目を落とし、何度も線を引き直しながら考える。

 こういう時は、根本に立ち返ってスキームを見直すべきだろう。


先ず、既存JVを「国際展開」させる方式を考えてみる。


これは既に動き出している日本のJVを、そのまま米国現地法人を設けて子会社化 or ブランチ化するというものだ。「日米JV」として一貫性を保つ事ができる。


メリットとしては、日本側・米国側から見て「同じコンソーシアムが進めている」ことになり、投資家・規制当局からの信頼性が高くなる。そして、契約関係や調達スキームをそのまま活かす事ができる。


その一方で当然デメリットがある。特に、米国側での政治リスク対応(Buy American条項、州政府支援など)を取り込むとき、日本本社主導スキームでは不利になる可能性があり、税務上の二重課税・複雑な会計処理が発生してしまう。


そして、そもそもの見え方の問題。麻里が指摘するように、米国の事業なのに、日系資本が六割となり、米国側の投資家や政府・行政機関にとって懸念材料になる可能性は否定できない。現在ワシントンDCで公式・非公式に進められているであろう協議の中でも、この点が最後にネガティブ要因となる可能性は少なくない。


ではどうするか……。


先ず考えられるのが、別途「米国専用JV」を新設する方式だ。


日本JVとは切り離し、米国にて「米国現地JV」を新たに結成する。構成メンバーは一部重複させつつ、米国側プレイヤー(電力会社、地熱開発事業者、シリコンバレーの投資家)を組み込むというものだ。


メリットとしては、米国側の法務・税務・政治ロビイングに合わせやすいという事。そして、日本JVの「国内停滞案件」と切り離し、米国先行シナリオをクリーンに描ける。更に、新規投資家を呼び込みやすい(州政府・ファンド・CVC)事も挙げられるだろう。


当然デメリットもある。一つは、日本JVのメンバーが「米国展開に自分たちが関与できない」と反発する可能性があり、そもそものDealがBreakするリスクがある。また、ガバナンスが二重化し、全体の意思決定が複雑になるのも難点だろう。別会社、別スキームとなってしまうという意味では、日本JVでの経験を十分活かせない懸念もなくはない。


 イーサン側からすると、この別途「米国専用JV」を新設する方式は了解しやすいだろう。しかし既存の日本JVにおいて、苦労の末にDealさせているコンディションを壊しかねないリスクは無視できるものではない。



――日本JVを土台に、米国でも新しいJVを作るならどうだろうか?


それぞれの国の投資家や政府関係者にとって自然な形にしたうえで、その二つを束ねるSPVを第三国、例えばシンガポールに設置する。


それならば表面上はフラットに、米国JVは米国優位、日本JVは日本優位と見せられる。

そして、その上位にあるSPVを通じて全体を統括することで、五井物産の立場を維持できる

オレはホテルの会議スペースにあるホワイトボードに書き始めた。


【国際共同持株会社(SPV)設立案】


【概要

•米国に別途JVを設置する。その際は米国資本60%、日本資本40%を目処とする。

•日本JVと米国JVをまとめる「上位SPV(Special Purpose Vehicle)」を中立地(シンガポール等)に設立。

•今後設置される可能性がある、各国ごとの事業会社は全てこのSPVの子会社とする。】


【メリット

•投資家をグローバルレベルで束ねやすい。

•日本と米国の両政府に対して「対等な国際プロジェクト」と見せられる。

•EXIT戦略(IPOや一部売却)が見えやすくなる。】


【デメリット

•設立・維持コストが大きい(これはグローバルビジネスでは仕方がないコスト)

•日本側の既存株主にとって「発言力が希薄化」するリスク。

⇒ここをどうするか?

•政府案件として扱う際に「外国SPV」だと日本側の政治的説得力が弱まる可能性。

⇒ここをどうするか?】


ペンを置き、深く息を吐いた。


「……このプランを軸に検討してみよう」


声にした瞬間、胸の奥の靄が少しだけ晴れた。

顔を上げると、亜紀さんと玲奈がじっとこちらを見ていた。

二人の瞳に映るのは、オレの迷いではなく、決断を待っていた眼差しだ。


「二人の意見を聞かせて欲しい」


――なんとしても形にしなければならない。


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