エピローグ:神宮寺麻里
私は、一ノ瀬直也を愛している。
今ではもう、はっきりと自覚している。
数か月前の私なら、この言葉を口にすることすら拒んでいただろう。
あのときの私は、確かに「直也を許さない」と憎しみにすがっていた。
けれど――サンタローザの丘で、すべては変わったのだ。
直也は私が知っていたままの誠実さを持ち続け、
その根幹にはこの上ない崇高な理念――世界をより良くするという―を持ちながら、同時にその崇高さに溺れる事なく強かに、戦略的に動く人なのだ。
もう私は迷う事はない。
私の愛は例え彼の周りに何人の女性が取り巻こうとも揺らぐことがない。
見返りなど必要はない。
ただ私が直也を愛すればそれで幸せなのだ。
※※※
特別ラウンジの柔らかな照明に包まれて、彼の隣に立った。
そこには、凛とした美しさで彼を支える亜紀。
冷静沈着で信頼感に満ちた玲奈。
そして――天使のように可憐で、この上なく美しく、無垢な微笑みを浮かべる義妹・保奈美。
彼の周りには、あまりにも眩しい存在が揃っていた。
一人ひとりが直也の世界を支える柱であり、彼の仕事を、彼の未来を守る存在。
その光景を前に、私は一瞬、言葉を失いそうになった。
(……そう。やっぱり、直也は“簡単には手に入らない人”なのよね)
けれど、かつてもそうだった。
学生時代、誰よりも誠実で、誰よりもまっすぐで、そして誰よりも遠い存在。
多くの女性が待ち行列を形成し、互いを牽制し合う対象。
直也に近づくには、偶然のチャンスが必要だった。
私はそのチャンスを掴み、彼と付き合い、やがて深い関係にまでなった。
私は何度も直也と体を重ね合い、女性としての喜びも直也が教えてくれたのだ。
けれど――一度失った絆を取り戻すのは、その時よりも遥かに難しい。
しかし、今の私は、あの頃の弱く愚かな私ではない。
私はイーサンの代理人として、日本法人の代表に就任する。
DeepFuture AIの、日本で展開されているエコAIプロジェクトに関する全権を委ねられ、直也のプロジェクトにおいて、最強のパートナーとして行動できる。
(……今度は「偶然」ではなく、「立場」と「使命」で、あなたの隣に立つのよ)
直也は、世界をより良くするために走り続ける人だ。
ただのビジネスマンでもなく、ただの理想主義者でもない。
彼は現実と理想の間で綱渡りをしながら、人々の未来を切り拓こうとする。
その姿は、苛烈で、孤独で――そして誰よりもノーブルだ。
だから私は決めた。
彼を支える。
彼を守る。
彼を導く。
その全てを、私が担う。
もちろん、亜紀や玲奈や保奈美の存在があるのは理解している。
彼女たちは確かに強敵だ。
でも、だからこそ――燃える。
私は必ず、直也の心をもう一度つかみ取る。
そして、もう一度深く愛し合うのだ。
直也に抱かれるその日を、再び迎えるために。
※※※
彼が搭乗した飛行機が飛び立つのを見送りながら、私は胸の奥で静かに誓った。
(――私は、一ノ瀬直也を愛している。だから必ず取り戻す)
その決意と共に、私の新しい戦いが日本で始まるのだ。