第102話:一ノ瀬保奈美
――飛行機のタラップを登る足取りは、どうしても重かった。
搭乗席は三人ずつに分かれていて、私は直也さんと並び、亜紀さんと玲奈さんは少し離れた席に座ることになった。
けれど、嬉しいはずのこの並びも、胸の奥に渦巻くもやもやが消えることはなかった。
(……麻里さんと、仲直りできたのは本当に嬉しかったのに)
最後のあの瞬間――直也さんに抱きつき、キスをして、「愛している」と言った麻里さんの姿。
あれが何度も頭にフラッシュバックしてしまう。
(しかも、日本に来て……直也さんと同じオフィスで仕事をするなんて……)
考えるだけで、心臓がぎゅっと痛んだ。
唇を噛みしめても、涙がにじみそうになる。
そんな私の様子に気づいたのか、直也さんが小さくため息をつき、こちらを向いた。
「……義妹ちゃん、本当に悪かったよ」
低く、でも真剣な声。
「オレが油断しすぎていただけだ。でも、もうそんなことはないから。だから、オレの大切な義妹ちゃんの折角の美貌が台無しになるから、もう泣きべそはかかないでくれ」
優しい声に、胸が熱くなった。
「……直也さん……」
『オレの大切な義妹ちゃん』という、その言葉がどれほど救いになったか、きっと伝わってはいないだろう。
だって直也さんは、それを言ったすぐ後に、疲れ果てたように目を閉じてしまったのだから。
機内の照明が落とされ、周囲が静まり返る。
規則正しいエンジン音と、直也さんの穏やかな寝息だけが耳に残った。
(……なんで、こんなに……苦しいんだろう)
麻里さんが直也さんにキスをした光景。
胸の奥が鋭い刃でえぐられるみたいに痛んだ。
本当に息が詰まってしまいそうで――目を逸らしたくても、心から離れてくれなかった。
(仲直りできたのは嬉しかったはずなのに……なのに、どうしてこんな気持ちになるの……?)
分からない。
だけど、一つだけ分かってしまったことがある。
――私は、麻里さんに嫉妬してしまったんだ。
その答えを自覚した瞬間、胸が熱くなって涙があふれそうになった。
眠れないまま、私はそっと身体を傾け、直也さんの肩にもたれかかった。
その温もりを確かめながら、心の奥で問い続けた。
(……私は、一体どこまで直也さんを想ってしまっているんだろう……?)
飛行機は静かに夜の空を滑り、日本へと向かっていた。