第101話:一ノ瀬直也
――頭が真っ白になった。
麻里に抱きつかれ、キスまでされて……。
そのまま「また始めますね」と宣言して去っていった。
残されたオレたち。
いや――残されたオレ。
「な、直也くんッ!!!」
亜紀さんが、机を叩き割らんばかりの勢いで立ち上がった。
「直也!!! なんで抵抗しないのよ!? 無抵抗でキスされてんじゃないわよ!!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、オレだって想定外――」
「想定外で黙って受け止める!? そんなの“同意”と同じでしょ!!!」
「違う!! 全然違うから!!!」
すでに周囲のビジネスマンや外国人観光客が、口を半開きにしてこちらを見ている。
特別ラウンジのはずなのに……空気が修羅場すぎて高級感ゼロだ。
「……直也さん」
保奈美が泣きべそ顔で袖を引っ張った。
「なんで……なんでキスしたんですか……?」
「し、してない! されたんだ! 一方的に!!!」
オレは慌てて否定するが、涙目で揺れる瞳は容赦なくオレを責め立てる。
「……っ、ひどい……」
嗚咽混じりにそう言われた瞬間、胸が締め付けられた。
「だから違うんだって!!!」
声を張り上げたところで――。
「直也くん……アンタ、どんだけ鈍感なの!?」
「言い訳する前に、まず拒否の行動!! そこがダメ!!」
亜紀さんと玲奈、二人同時にオレを睨みつけて詰め寄ってくる。
テーブルの上のグラスがガタガタ震えるほどの圧。
「ちょ、ちょっと待て! オレにどうしろって言うんだ! いきなり抱きつかれて……」
「咄嗟に引き剥がすくらいできるでしょ!!!」
「できるでしょ!? 私たちなら秒速でビンタ入れてるわよ!!!」
両脇から罵声が飛んできて、オレは思わず頭を抱えた。
もう完全にサンドバック状態だ。
麻里は去ったために、この怒りの行き場は全部オレに向かっている。
「落ち着け、二人とも! 問題は麻里の立場だろ!? DeepFuture AIの日本法人代表って――」
口にした瞬間、再び空気が重くなった。
「……そうよ。あの人が日本法人の社長ってことは」
「イーサンから全権付託されたステークホルダーってこと。つまり……否定できない」
亜紀と玲奈が同時に呟き、視線を合わせてから、再びオレに向けた。
「直也くん、責任重大だよね?」
「ええ。麻里さんが“最強の味方”ってことは、同時に“最大のリスク”でもある」
「ま、待て待て! だからオレは――」
「言い訳禁止!」
「反論不可!」
両側から責め立てられ、オレは完全に追い詰められていた。
――こうしてサンフランシスコ国際空港の特別ラウンジは、
「大混乱」と「阿鼻叫喚」と「泣きべそ」の渦に飲み込まれたのだった。
(……頼むから誰か、この状況をリセットしてくれ……)