Ep.04 挨拶は大事です
実家に帰省してから二日目。
葵が小学校から帰ってきた。
「ただいま」の挨拶もなく、黙ったまま台所に入ってくる。
その姿を捕らえた私は、シチューの鍋をかき混ぜながら一言。
残念ながら、彼の視線は鍋の中──今晩の夕飯に釘付けである。
「やぁ葵。帰ってきたら何というんだったか覚えているか?」
「……………ただいまって言った」
ぶすっとした口調で返してきたが、残念ながら私の耳には届いていない。
鍋の煮える音しか聞こえない静かな空間で、それが聞こえなかったはずはないのだ。
「聞こえなかった。玄関からやり直してこい」
「何で!!」
「挨拶を言えない奴に何故私が夕飯を用意する必要がある?」
視線を合わせて、淡々と告げると──
彼はキッと私を睨みつけた。
「家族じゃない!!」
その言葉に、正直、少しだけ傷ついた。
だが、ここで感情をぶつけても仕方がない。
葵は、本当は優しい子だ。
きっと、気づけば後悔する。
「そうかそうか。私は家族じゃないんだな?じゃあご飯の用意はしなくてもいいし、掃除もしなくても良い。ついでにお前らの宿題も見る必要はないな。何故なら家族じゃないから」
だから少し真面目に。それでいて傷ついていない体裁を見せるために小さく笑った。
それで気づいたのだろう。
自分が如何に愚かな発言をしてしまったということに。
「…………ごめんなさい。家族です」
バツが悪そうに小さな声で謝罪された。
「ならば私が言いたいことはわかるな?」
「羽瑠ちゃんは?!」
「あいつは言ってたぞ?お兄ちゃん」
そういうとランドセルをもって玄関に向かっていった。
そして、数秒後。
「たっだいまーーーー!!!!」
やけくそ気味な声が、家中に響き渡った。