1-7 馬鹿
「な、なんで?」
「いや、こっちのセリフなのよ。それは」
そう言いながら、零奈は疲労を溜めたような顔で再びため息をする。
眼の前にいる零奈は、ぱっと見いつも通りだ。
しかし、よく見ると違う。確かに違う。
彼女のトレードマークであり、チャームポイントである茶髪のポニーテールは、いつものように綺麗に整えられておらず、少しばかり乱れていた。それだけで無く、顔には小さな擦り傷や、着なれた制服には砂埃や血が付着していた。何より、零奈の手からは、鈍く輝く鎖が放出されている。
「腰折ってないよね?」
零奈はそう言いながら、俺の腰に巻かれていた鎖を流れるように解き、手のひらに収納する。
俺は当然というか、零奈が鎖を出している所なんて見た事ない。
なんなんだよ、あの魔法みたいなのは。
「……おい、どういう事だ!?」
正面から、仮面の男の叫び声が聞こえる。
その声は、さっきとは打って変わって焦燥と困惑が混じり合っていた。
「3万だぞ!?3万の兵隊をお前にぶつけたってのに!?なぜ生きている!?」
仮面の男がそう叫ぶと、零奈は「ふふっ」と馬鹿にするように笑うと、
「あれ、3万もいたの?雑魚ばっかで分かんなかった〜」
と、煽るように言葉を連ねる。
「ふざけるな!!」
仮面の男はその煽りに正面から抵抗するように叫ぶと、身体が一瞬で赤黒い蛆虫に包まれる。
「なっ……!」
眼の前にいた仮面の男の姿は、もはや人間では無かった。
それを例えるならば、『赤黒い蛆虫を纏った巨人』だった。
異常な程に肥大化した図体は、先程見た左手のように、赤黒い蛆虫が鎧のように纏われていた。
瞬間、それが合図かのように、周りにいた仮面達も赤黒い蛆虫を纏い始め、数秒後には一切の例外無く、全ての仮面が『赤黒い蛆虫を纏った巨人』へと変貌した。
「お前はここで殺す、俺の同胞を殺した罪だ!我々の正義を舐めるなよ!!」
仮面の男……いや、蛆虫の巨人は叫ぶ。確かな殺意を込めて。
「そうだ!殺してやる!!」
「あんなクソガキ!さっさと潰すぞ!!」
「ああ!!『サテライト』を許すな!!」
巨人へと変貌した仮面達の鼓舞する叫びが、世界を轟かせる。
「なっ……あっ……」
困惑と恐怖が零れる。
あんな気持ちの悪い巨大な生物を、俺は見た事が無い。しかも、100体以上だ。潜在的な恐怖が、身体を揺らしてしまう。
こんなの、死ぬ事以外出来ない。
そう俺は確信した。
瞬間────
「……まだ、立場が分かってないみたいね」
それは、零奈の声だった。
しかし、それは確かに知らない声。
一度も聞いた事が無い声。
零奈の声には、確かに『殺意』が込められていた。
「ッ……!」
零奈が仮面達へ向ける、研ぎ澄まされすぎた『殺意』。
俺はその『殺意』に圧倒されてしまう。
俺の知らない零奈が、そこにいる。
「暁理」
零奈はそう言いながらこっちを振り向き、俺のおでこに人差し指をつける。
「……えっ」
「はい、できた」
そう言う零奈の顔には怒りなんてなく、『殺意』も無い。
むしろ、教室にいる零奈の優しい笑顔がそこにはある。
「な、なにが?」
つい口から困惑が零れる。しかし次の瞬間、
「おい!?あのガキ達どこいった!?」
「分かりません!?瞬間移動の類かもしれません!」
「探せ!今すぐに!!!」
仮面もとい巨人達の怒号が響く。
なんだ……?ガキって俺達の事だよな?
あの様子はまるで俺達を見失ったような反応だ。眼の前にいるのに。
「ほら、行くよ」
零奈はそう言うと、俺の手首を掴んで犬の散歩のように引き、そそくさとここから逃げるように早歩きしながら話しを始める。
「今ね、暁理の周囲に結界張ったから」
「け、結界?」
「そ。『半径3m外の人間は暁理を認識できない』結界」
「な、なにそれ?そもそも結界って……なに?」
「質問は無し。というか、言葉通りよ。暁理を基点として展開した半径3mの結界は、その結界内にいる人間を外からは認識出来ないだけよ」
……どういう事だ?急に結界とか言われても脳の処理が追いつかない。
「えっと……つまり?」
「つまり、半径3m以内に近づかれない限り、暁理は誰にも気づかれない」
……正直、意味がわからない。しかも、そんな現実離れした結界と呼ばれるものがあるとも思えない。
しかし、だ。
もう俺は現実離れしたものを腐るほど見てしまった。
しかも、仮面達が困惑しながら俺達を探していた件もある。
恐らく、零奈が言っている事は本当なんだろう。
でも……
「じゃあさ、なんで零奈は俺の事を認識できるの?」
「だって、暁理の半径3mに入ってるからね」
「あ、そゆこと?なら半径3mに入れなければ良いってこと?」
「そゆこと」
零奈は指をパチンと鳴らして指をさす。続けて、
「あ、私からまだ離れないでね。暁理の半径3m外に出たら、私も暁理の事認識出来なくなるから」
「え、それ欠陥じゃね?零奈が結界張ったのに?」
「うるさいなー、だから手繋いでるの。あんたを見失わない為に」
零奈はそう不機嫌そうに言い放つ。
緊張感の無いその喋り方は、俺を安心させる為なのか、元々の性格なのか。後者だな。
「とにかく、これであの仮面達からは襲われる事は無い。あと、近づかなければ赤い炎に襲われる事も無い。気をつけて逃げてね」
「逃げろと言われても……どこに?ここに安全な場所ないだろ」
そう。この世界に安全な場所なんて無い。文字通りの地獄だ。しかし零奈はお気楽そうに、正面にある橋を指差しながら話し始める。
「あの橋渡った向こうに図書館あるでしょ?あそこまで逃げたら安全だから」
「図書館が安全?」
「うん。私が超強固な結界とか色々張ったからね」
ま、また結界?零奈は結界師なの?「結!滅!」とかするの?
そんな事が頭によぎりながら、俺は平静を装って口を開く。
「……よく分かんないけど、その言葉は信じていいんだよな?」
「うん。だって、そこに学校の人達とかできる限りの街の人避難させたんだもん。大変だったんだから」
「……えっ、マジ?」
「マジマジ。嘘だと思うなら見に行ってみたら?ついでに避難もして」
「そんな『近くに芸能人来てるから見てきたら?』みたいに言うなよ」
そう言うと、零奈は「うへへ〜」といつも通りに笑う。
零奈はこのような危機的状況で、嘘や冗談を言うタイプでは無い。多分。
だから、学校の人を避難させたや図書館が安全だという言葉も本当なんだろう。学校に生存者だけで無く、道中にあれだけいた死人がいなかった違和感も、零奈の言う事が本当なら納得がいく。
「じゃ、この橋渡って真っ直ぐ図書館行ってね。寄り道すんじゃねえぞ〜」
気がつくと、俺は既に橋の前まで来ていた。
零奈は俺の手首から手を離し、笑顔でそう言い放つ。
零奈は俺を図書館へ行かせたいんだろう。
「……ッ」
でも、まだダメだと思った。
この地獄に入ってから思い知った。どうやら俺は何も知らない。『デザイア』の事も、シロアの事も、世界の事も。
でも、零奈は多分知っている。それどころか、零奈はこの地獄に適応している。
零奈の手のひらから出た鎖も、零奈が張った結界と言われるものも、あの『殺意』も。
零奈はまるで、俺の知らない世界の人間のようだった。
「何?大丈夫?」
零奈は俺の顔を覗き込みながら、心配そうにそうに零す。
しかし、そんな零奈が怖い。
俺は零奈と一年以上は一緒にいた。
零奈の好きな食べ物や飲み物、好きな俳優や私服の嗜好、何をしたら怒って、何をしたら喜ぶのかを他の誰よりも知っている。つもりだった。
でも、知らなかった。
俺はこの世界の事も、シロアの事も、零奈の事も。
俺は何も知らないんだ。
その現実が、純粋に怖く感じる。
世界は俺が思っている以上に残酷である事が。
その残酷さを知らないまま、お気楽に生きていた事が。
今、眼の前にいる零奈が、俺の知っている零奈と違うかもしれないという事が。
それを確かめないといけない。
時間も余裕も無い。だけど、今聞かないとダメだ。
俺は零奈の手首を衝動的に掴むと、
「れ、零奈!ちょっとだけ話せるか!?」
と、叫んでしまう。
しかし、零奈はそれに驚く事は一切無く、淡々と口を開く。
「えー……まあ、あいつらはもう遠くにいるし……少しだけなら」
「じゃあ!まず最初に……」
「その前に、私からいい?」
零奈はさっきと打って変わって、不機嫌そうにそう言う。
「いいけど……なに?」
「じゃあ、遠慮なく……」
零奈は、わざとらしく大きく息を吸う。
そして、
「ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーか!!!!!」
絶叫。
今世紀最大声量の絶叫。
唐突な零奈の罵倒絶叫が、世界に響き渡る。
「なっ!?」
当然、予想外すぎる絶叫なので、俺は驚きを零す事しか出来ない。
しかし、零奈はそんな事お構いなしに、罵倒を続ける。
「暁理さぁ!わざわざ結界外から入って来たでしょ!?なんで!?自殺願望でもあんの!?馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!ばーーーーーーか!!!」
「そ、それには、深い事情がありまして……」
「ざっけんな!なんでこーゆー時に限ってサボんだよ!学校にいないから避難もさせられないし……で!やっと見つけたと思ったら仮面の馬鹿達に襲われてるし!!」
それはあまりにも至極真っ当な意見だった。
素人の俺でも分かる。
冷静に考えなくても、こんな危険な世界に入るなんて、正しく無い。
どう考えても、零奈が正しい。
「……」
俺はシロアに絆されて、仮初の正義感だけでここに来た。シロアをほっとけないという理由だけでこの地獄に来た。
「俺って馬鹿だな……」
無意識のうちに頭に手を当て、そう零す。
俺は今、彼女を置いて逃げてる癖に。
零奈がいなかったら死んでた癖に。
「そうだよ、暁理は馬鹿だよ……」
零奈は頭を俺の胸に当て、もたれかかりながら、小さな声で罵倒する。
……そうだよな。俺は馬鹿だ。
零奈にとんでもない迷惑をかけてしまった。
「ごめん……」
俺は零奈に向かって素直に、純粋に謝る。だって俺が100%悪いんだから。
「オレンジジュース……」
俺の謝罪を受けて、零奈は小さな声でそう呟く。恐らく、オレンジジュースで譲歩してくれるということなんだろう。
「わかった。10本でも100本でも買うよ」
「……3本でいい」
「3本?少なくね?」
「いいの、それで」
零奈はそう言うと、俺から頭を離す。
その顔は、教室で見るいつもの零奈だ。
少しだけ目尻が赤いようにも見えるが、それはこの『赤い結界』の熱や視覚的影響のせいだろう。
「……そっか。わかった」
「……やっぱ5本で」
「……へい」
多分、冷静に考えて3本は少ないと思ったんだろうな。
歯切れが悪い……
「で、話したい事ってなんなの?」
零奈はあっさりと切り替えて、軽々と口を開く。
話したい事というか、聞きたい事は沢山あるけど、今一番聞きたい事は……
俺は唾を飲み込み、零奈へ向かって問いかける。
「『リディアリ』って知ってる?」
「知ってるけど……それがどうしたの?てか、逆になんで暁理が知ってるの?」
零奈は驚いたようにも、困惑したようにも見える顔で問いかける。
「さっき、俺の近くに白髪の女の子いたの気が付いてた?」
「あー……いたね」
零奈はそう気まずそうに、頬をぽりぽりかいている。
「なんでそんな気まずそうなんだよ」
「だって……救けられなかったから」
「救けられなかった?」
「彼女、がっつり刺されてたじゃん、腹。しかも腕とかも斬られて血塗れだったし……手遅れだと思って、確実に暁理だけ救けたのよ。でも、見捨てたのは我ながらダサいな〜って……」
零奈はそう言いながら、頭を抱えてゆっくりと膝から崩れ落ちる。やっぱ、零奈はシロアが再生するのを知らないのか……
「その事なんだけど……彼女、『リディアリ』らしいんだ」
「……なにそのつまんない嘘」
零奈は打って変わって、真剣な面持ちで淡々と口を動かす。
「いや本当。彼女さ、剣に斬られたり刺された部分が完全に再生してたんだ」
「……マジ?」
「……マジマジ」
「それ嘘なら、マジ殴りよ?」
「こんな状況で嘘言うかよ」
零奈は「マジか〜……」と言いながら、顔に手を当てる。その顔は零奈には珍しく、余裕の無さそうな顔だった。『リディアリ』というものは、いつもお気楽な零奈から余裕を奪うほど、深刻なものなんだろうか。
「てか、マジなんで暁理は『リディアリ』知ってるの?」
零奈は顔から手を離し、俺の方を向いて淡々とそう問いかける。
「それは……仮面の男がそう言ったから。あいつの言葉信じるのもどうかと思ったけど、シロアも自分を『リディアリ』なの否定しなかったし」
「シロアって、誰?」
「あ、その白髪の娘の名前」
「へ〜かわいい名前だね〜……じゃないか」
零奈は肩を落として、はぁ〜とため息をする。
「ヤバい事は連続して押し寄せてくるな〜……」
零奈は両手に腰を当てながらそう零す。
余裕は無さそうだが、俺はまだ知らないといけない事がある。そう思い、俺は零奈に向かって問いかける。
「『リディアリ』ってなんなんだ?なんで再生するんだ?そもそも……」
「説明は後で、『リディアリ』の事を話してたら日が沈む。というか、本当にあの娘が『リディアリ』なら早く対応しないと……」
零奈は俺の言葉を被せて、質問を無理矢理止める。
その顔には余裕なんて無く、やはり危機的な状況なんだろう。
でも……まだ……
「じゃあさ、これだけ聞かせてくれ……」
零奈に向かって真剣に言い放つと、
「手短にね、なに?」
零奈は余裕のなさそうな顔でありながら、いつもの軽い笑顔でそう言い放つ。
今聞く事じゃないかもしれない。それでも、今聞く事だとも思う。どっちも正しくて間違いだ。そう思いながら、零奈に問いかける。
「『リディアリ』って『悪』だと思う?」
零奈はその質問を聞いて、露骨に不機嫌そうな顔になる。
「……どうして、そんな事聞くの?」
「そのさ、あの仮面の男が言うには『リディアリ』は人間を沢山殺したって」
「あー……大昔の話ね。私達が生まれる何千年も前の話だけど、それは本当だよ。『リディアリ』は大量の人間を一方的に虐殺したらしいよ」
「……そっか」
零奈のその言葉を聞いて、改めて現実として突きつけられる。
やっぱり、あの仮面の男が言ってた事は本当なのか。
自分から聞いておいてなんだが、聞きたくなかった。
『リディアリ』は沢山の人間を殺した。
そして、シロアも『リディアリ』だ。
あの仮面の男が言うには『リディアリ』は『悪』だ。
その理屈は通ってる。
どう考えても、人間の虐殺を肯定する事は出来ない。してはいけない。
だから、『リディアリ』であるシロアも『悪』だ。
その仮面の男の主張に反論したい。でも、反論材料が無い。
だって、それは虐殺を肯定する事になってしまうかもしれない。そんな権利も権威も、俺には無い。
だからあの仮面達が、あの正義の味方達が『正しい』のか。
「……なにその顔」
「えっ」
「ずいぶんと『納得いかない』みたいな顔してるけど」
零奈はそう言いながら、俺の顔をじっと見つめている。
というか零奈、なんか怒ってないか……?
「そ、そんな顔してる?」
「思いっきりしてる」
「ま、マジ?」
鏡が無いと、自分が今どんな顔をしているかわからないものだ。でも、『納得いかない顔』って、どんなだ……?
そんな事を考えていると、零奈は不機嫌な顔から打って変わって、ニヤニヤとからかうような顔で口を開く。
「……もしかして、シロアって娘に惚れたの?」
「どうしてそうなる……?」
本当に、どうしてそうなるんだこいつは。
なんでこいつはこんな状況で恋バナ始めようとしてんだよ。
「だって、あの娘可愛かったじゃん」
「お前、あの距離から見えてたのか?」
「私、眼良いから。8.0はあるから」
「マサイ族かよ」
零奈は「ふふっ」と少しだけ笑うと、いつものような軽く明るい笑顔で言葉を紡ぐ。
「まー、どういう意図でその質問が出たのかは知らないけど、私は『リディアリ』を『悪』だと思うよ」
「……だよな」
その言葉は、正直聞きたく無かった。
でも、当然だよな。
人間を殺した、虐殺した種族が『悪』じゃないなんて、言える訳が……
「でもさ、私は『人間』も『悪』だと思ってるよ」
零奈はあっけらかんと、あっさりと言い放つ。
「……え?」
その言葉は、俺にとって思いがけない言葉だった。
「だって、人間も人間をぶっ殺してまくってるじゃん。数えきれないぐらい」
「……確かに」
灯台下暗し。
あまりにも基本的な思考が出来ていなかった。
マジで冷静じゃなかったんだな、と自覚する。
人間の虐殺なんて、人間もしてるだろ。しかも、零奈の話では『リディアリ』が人間を虐殺したのは大昔らしい。それがどれくらい前の話か知らないし、どれぐらいの規模かも知らないが、人間だってかなりの数を殺してるだろう。なんなら、『リディアリ』なんか比にならないぐらい殺しててもおかしく無い。
そんな俺を見て、零奈はまるで授業をする教員のように指を振りながら言葉を紡ぐ。
「でも、私は人間である暁理の事を『悪』だと思ってないよ。ポンコツだとは思ってるけど」
「ポンコツ?」
ポンコツとは失敬な。まあポンコツですけど。
当たり前の思考が出来てないんだから。
「暁理はさ、『リディアリ』であるシロアちゃんをどう思ってるの?」
「ど、どう?どうとは?」
「彼女は『悪』か、それとも『善』か。もしくはその中間か、どちらでもないか」
零奈はそう言いながら、俺の頭をくしゃっと撫でる。
「どちらが『正しい』かを決めるのは、全部暁理次第だよ」
そう言いながら、零奈はふわっと笑った。
「じゃ、私そのシロアって娘、救けてくるから」
零奈はそう言いながら、何度も何度も膝を曲げ、腕を前後させる。それはまさに、立ち幅跳びの前動作だ。
その動作の意図は、すぐに理解した。
零奈は、ここから離れる。
「ちょ、ちょまっ!!」
「無理、もう行くからね」
零奈はあしらうようにそう言い放つ。
でも、まだ一つだけ。
どうしても聞きたい事がある。
「零奈って、何者……?」
今の零奈が何者なのか。
それを本人に直接確認しないと、今までの関係が終わってしまいそうだと思ってしまった。
冷静に考えて、零奈は普通の人間では無い。この数分の零奈の言動から、そう認識した。
零奈の半分は、俺の知らない零奈で出来ている。でも、もう半分は俺の知っている零奈からできている。
それを知らないと、俺は零奈をクラスメイトだと、腐れ縁だと思えない。
「私?そんなの決まってるよ」
そんな俺の心配を茶化すように、零奈はわざとらしく、太陽のような笑顔で告げる。
「────私は『ヒーロー』だよ」
そこにいたのは、間違いなくいつもの零奈だった。
言葉の余韻が終わると、零奈は膝を大きく曲げる。次の瞬間には、零奈は遥か上空へ、あり得ない速度と勢いで跳躍した。
「……」
俺は無機質に赤い空を眺める。
そこにいたのは、華のように鎖と共に空を舞う零奈だ。
地面との距離はおよそ50m以上。
あそこまで跳躍する人間を、普通とは呼べない。もはや化け物だ。
でも、あそこにいるのは、ちょっと変だけど普通の女子高生である安藤零奈。
俺のクラスメイトであり、腐れ縁だ。
「……なにやってんだ、俺は」
零奈は自分の事を『ヒーロー』と呼んだ。
そうだ。零奈は学校の人を避難させ、多くの人を護って、これからもあの仮面達と戦う零奈を『ヒーロー』と呼ばず、なんと呼ぶのだろう。
でも、そんな零奈の隣にいた俺は、なんなんだ。
『デザイア』を止めにここに来たのに、何も出来なかった。
零奈に迷惑をかけてしまった。
あの仮面達の言葉を間に受けて、何度も流されてしまった。
なにより、俺はシロアも置いてきてしまった。
シロアをほっとけないから俺もここに来たのに、仮面の男の言葉に動揺して、シロアを見捨てたんだ。
彼女が『リディアリ』じゃなかったら、あれは見殺しだ。
そう。あの日と全部一緒だ。
死に際でもないのに、なぜか走馬灯のようにあの日を思い出す。
閲覧ありがとうございます