第二話:暗闇にささやく未知の名
辺境コロニーの夜はいつも薄暗く、静寂が支配している。外界から聞こえてくるのは時折フラフラと飛来する小型輸送船のエンジン音か、古い換気扇がくぐもったモーター音を響かせるくらいだ。そんな場所で、ある男――ラファエル・クラインは日がな一日モニターに向かっていた。
彼が拠点としているのはコロニー中心街のはずれ、建築基準を満たしているのかも怪しい雑居ビルの最上階だ。そのフロアは他に居住者がおらず、廃材や古い配管が散乱している廊下を進んでいくと、突き当たりに一枚の重い扉がある。そこがラファエルの“オフィス”だ。扉にはささやかな電子ロックが施されているが、あくまで形式的なものであり、実際には侵入する物好きなどいない。辺境で暮らす住民の多くは、まともな仕事や食糧確保に手いっぱいで、怪しい技術屋の部屋を覗き込もうという冒険心を持つ者などほとんどいないのだ。
彼の部屋に入り、目を見張るのは壁一面に張りめぐらされたモニターとケーブル、そして大小さまざまな解析装置の存在である。メインのモニターは古い機種を改造したものらしく、長時間使用していると画面の端が焼けつくようにちらつくが、ラファエルにとっては気にならない。むしろ、自分が手を入れたマシンであればこそ、調子が悪くなれば自分でどうにでも修理できるため安心だという。
ラファエルの“仕事”はいくつもある。表向きは「情報屋」を名乗っており、コロニーの裏取引に通じる商人や、少々後ろ暗い依頼を持ち込む連中とつながっている。たとえば「ELの取引を秘密裏に行いたい」「ギャラクシーユニオンの運搬船情報を盗みたい」「競合企業の研究データを抜き出したい」といった、“公式”にはできない話がいつも舞い込むのだ。もちろん、依頼の中には荒唐無稽なものや、リスクが高すぎるものも多いので、ラファエルは自分の好奇心や利益に合致する仕事だけをうまく選んでいる。
そんな日常の中で彼が最も面白味を感じるのは、やはりハッキング技術を駆使して銀河規模のシステムを“覗き見る”ことだ。数世紀以上にわたる人類の宇宙開発によって、天の川銀河には膨大なネットワークが構築されている。特に、銀河統一通貨ELを支える「ELライブラリー」は、星々を結ぶ取引の記録を分散管理する巨大なシステムであり、そこへのハッキングを試みるハッカーは昔から後を絶たない。しかし、そのセキュリティは高度で、仮に一部のノードに侵入できても、実際の改ざんや深いレベルのデータ取得はほぼ不可能に近い。
ラファエルは日常的にこのELライブラリーのトラフィックを監視していた。改ざんが目的ではなく、あくまで「どこかに抜け道はないか」という興味からだ。星間通信の端々には思いがけない情報が紛れ込むことがある。ときには匿名取引に失敗したデータが流出することもあれば、辺境惑星が独自に開発した変則アルゴリズムが転がっている場合もある。彼はそうしたデータを拾い集め、解析しては独自の知見を蓄えてきた。
その夜、いつものようにモニターを切り替えてトラフィックログを眺めていたラファエルの目に、“不思議なコード”が飛び込んできたのはまったくの偶然だった。最初は暗号化されたパケットが通過しているだけのように見えたが、さらに詳しく調べると、一般的な暗号プロトコルではなく、未知のアルゴリズムが使われているらしいことがわかった。しかも、そのパケットの送信先は“表向きの”ELライブラリーのサーバではなく、別の管理者向けサーバと繋がっている様子。
「なんだこれ……?」
そう呟き、ラファエルはさらに解析ツールを走らせる。ごく短い通信であり、サイズは小さいがパケット数が妙に多い。しかも各パケットが何重にも暗号化されている痕跡があった。送信先のアドレスをたどってみようにも、複数のゲートウェイを経由しており、最終的な行き先は簡単には特定できないようだ。
ログを一通り眺めていると、部分的に「Nocton」という文字列を含むヘッダ情報が発見された。
「ノクトン……?」
この言葉を見た瞬間、ラファエルは思わず眉間に皺を寄せた。彼は裏の世界にも通じた情報屋であり、表も裏も大方の新技術や機密プロジェクトの名前は耳にしているつもりだった。それこそ、ギャラクシーユニオンの研究機関が進めているダークマターリアクターの改良計画や、新種の量子暗号についての噂くらいは知っている。だが“ノクトン”などという名称は聞いたことがない。
「妙だな。普通ならイーシスの極秘案件かもしれないが、イーシス絡みなら少しくらいは噂が立ちそうなものだ。まったく情報がないということは、何か相当ヤバいものかも……」
イーシスとは、銀河全域の経済データを監視し、必要に応じて強権を振るう超巨大組織だ。銀河規模の金融危機を未然に防ぐために作られたとされ、軍事機関にも近い独自の権限を有する。表向きは“通貨ELの番人”というイメージで知られているが、その内部構造は謎が多く、時には都市伝説めいた噂が絶えない。
ラファエルは慎重にログの分解を進め、パケットの送受信時刻や送信元のIPアドレス、ルーティング情報などを洗い出した。しかし、どれも小出しに切り刻まれており、通常の手法では逆探知を避けるのに向いている――つまり、送り手が明らかに“隠れ蓑”を意図的に幾重にも積み重ねている形跡があるのだ。
「これは相当警戒してるな……」
正体不明のノクトン。少なくとも、この通信の規模や方法を見る限りでは、他の研究機関などから流れている個人レベルの情報とはとても思えない。あまりに徹底した隠匿ぶりは、イーシスが何かを極秘で運用しているのではないかと疑うに十分だった。
ラファエルはその場で何度かアクセスを試みようとしたが、高度なファイアウォールと謎の暗号ハンドシェイクに阻まれ、容易には突破できない。ログを観察し、せめてヘッダ情報の一部でも抜き取れないか挑戦してみるが、すぐに失敗に終わる。
「面白い。こんな厳重な壁は久々に見る……」
唇の端を釣り上げ、彼は画面を睨んだ。ハッカーにとって、破れない壁ほど燃えるものはない。たとえイーシスを敵に回すリスクがあろうとも、こうした好奇心を抑えられないのがラファエルの性分だ。
翌日、彼は手持ちの解析ツールをさらに強化するため、コロニーの闇市へ赴くことにした。この闇市は宇宙港の下層デッキの奥まった場所にあり、錆びたシャッターやトタン板で囲まれた即席の市場だ。怪しい商品の売買が日常的に行われ、時にはブラックボックス化したハードウェアやハッキングツールの売買も行われる。
闇市に足を踏み入れると、常時不穏な空気が漂っている。身なりの悪い労働者や筋の悪そうな用心棒が往来し、屋台のように並んだブースで何かを取引している。ここで最新型の軍事級ソフトウェアを手に入れるのは難しいが、相手によっては面白いパーツを提供してくれることもある。
ラファエルは顔なじみのガジェット屋を探し、目立たないように声をかける。
「ハイエンドの量子デコーダ……いや、アーキテクチャを改変できるモジュールがあれば欲しいんだが」
「へぇ、珍しく本気の買い物か? お前さん、普段は在庫整理で済ませちまうじゃないか」
ガジェット屋の男が訝しげに笑う。ラファエルは手短に必要なスペックを伝え、相手が提示するデバイスやツールを一通りチェックしていく。古い時代の軍用解析ソフトの改造版や、企業スパイ向けに作られた暗号解読ユニットなど、見るからに胡散臭い代物がゴロゴロだ。だが彼の目は、どれが本当に使えるかを即座に見抜く。
最終的に、比較的まともな性能を持った量子キー改造ツールと、追加の暗号解析ライブラリを購入し、ラファエルは薄汚れたクレジットチップを渡す。金額は小さくないが、今の彼にとっては必要な投資だった。
部屋に戻り、彼はさっそく購入したツールを自作のハードウェアに組み込む。さまざまなドライバを用意し、試験的に動かしてみるが、初期設定には骨が折れる。途中でデバイスがフリーズしたり、想定外のバグを噛んだりするが、ラファエルは手慣れたもので、一つひとつ丁寧に潰していく。
「よし……これで多少は歯が立つかもしれない」
彼はもう一度、ノクトンらしき通信を見つけた接点に向けて、複雑なトンネル接続を構築し始める。目的はあくまで手がかりの断片を拾うこと。通信そのものを破壊したり改ざんしたりする意図はないが、もし“捕まれば”イーシスにマークされるかもしれない。
慎重を期すため、複数のプロキシサーバを経由し、それも地理的に離れた星系を選ぶ。いくつかは軍事基地の近辺にあるノードで、下手をすれば逆探知される可能性もあるが、だからこそ利用されにくい盲点になる。極力、残響を残さないように工夫して接続を試みる。
数回の失敗を繰り返し、ようやくラファエルは「Nocton_BK」と名づけられたファイルにアクセスしかける。しかし、アクセスの瞬間に激しいスパイクが発生し、高度なファイアウォールが一斉に稼働。画面には真っ赤な警告ログが流れ、ラファエルは即座にセッションを切断した。
「クソッ……ただのバックアップファイルすら覗けないのか。こりゃ相当固いな」
それでも、一瞬だけ見えたファイルのヘッダには「EL Transaction Backup」と書かれた痕跡があった。やはりノクトンはEL取引履歴と密接に繋がっているらしい。ここまで頑強に守るということは、裏返せばノクトンが非常に重要な仕組みであることを示している。
彼の推測では、ノクトンは「従来のELライブラリーをさらに裏側で補強するシステム」であり、表向きには決して公開されていない超機密レベルの存在なのだろう。だが、いまだにその具体的な働きまではわからない。もし単なるバックアップなら、こんな過剰な暗号化や分散通信を使わずともいいはずだ。
ラファエルはモニターを眺めながら、そっと頭を振る。まるで大きな謎を前に、扉の鍵穴だけ見つけたような心境だった。
「ノクトン……絶対に何かある。普通じゃない」
誰も知らない――少なくとも、この辺境コロニーや裏社会ですら“ノクトン”という名を口にする者は皆無だった。もしイーシスが本気で秘密裏に運用しているなら、下手に探りを入れれば危険を伴うのは必至。実際、アクセス試行で得られたログにも、逆探知を狙ったルーチンが走った形跡があり、スパイクのタイミングも計られたものに思える。
だがラファエルには、逃げるという選択肢はない。危険が大きいほど、謎が深いほど、彼はむしろ燃えてしまう。昔からそうだった。父親が研究所から持ち帰ったメモや機材を漁っては遊んでいた幼い頃から、困難なほど興味をかき立てられる性分なのである。
「これで改ざん防止がさらに強化されるのなら、いつかギャラクシーユニオンの連中は ‘ノクトンこそ最強の盾だ’ とか言い出すんだろう。でも……どんな盾も破れないとは限らないんだよな」
薄暗いモニターの光が、彼の横顔を青白く照らす。かすかに浮かぶ微笑は、どこか危うい。世界の大きなシステムを相手に挑むのが、これほどまでに刺激的だとは――ラファエルは自分でも驚くほど、胸の奥で高揚感を覚えていた。
絶対に破れない壁などない。少なくともラファエルはそう信じているし、実際に数々の“突破不可能”と呼ばれたシステムへ裏から手を入れ、情報をかすめ取ってきた実績がある。ただ、イーシスというのは次元が違う。あの組織が銀河規模で持つ権限や技術力は底知れない。
今や彼はノクトンという単語と、断片的なファイル名「Nocton_BK」の先に広がる謎を垣間見た状態だ。それだけでも危険だが、知ったからにはもう止まれない。もっと深く探ってこそ、真相や価値を得られるはずだ。
「……さて、どう料理しようかな」
メインモニターには、先ほど記録した断片的なログの数々が並んでいる。ラファエルはそれらを改めて検証し、何かヒントになりそうな文字列を抜き出したり、既知の暗号ライブラリと照合したりする。大半は未知の形式で、一般的な量子暗号方式とも大きく異なっていた。
それでも諦めるわけにはいかない。彼は時間を忘れ、キーボードを叩き続ける。辺境コロニーの夜が終わりに近づき、かすかな人工灯が朝を告げる頃になっても、ラファエルは目を赤くして画面を睨みつけていた。
こうして、誰にも知られることなく、“ノクトン”という得体の知れない存在への最初のアプローチは幕を下ろした。まだ何も解き明かせていない。だが、たった一度でもその入り口に触れたのは大きな成果だ。
未知なるプロジェクト。圧倒的なセキュリティ。イーシスの影。
この三拍子が揃っているなら、そこにはきっと天才ハッカーが突き動かされるだけの価値がある。ラファエルはそう確信していた。世間の誰一人としてノクトンの正体を知らないのなら、真っ先にその謎を暴いてみせるのは自分でありたい――それが野心というより、純粋な探求心だった。
果たしてノクトンは銀河統一通貨ELにどのように関わり、何を目的としたシステムなのか。もしかすると、ELライブラリーの改ざんを完全に不可能にする“究極のバックアップ”である可能性もある。もしそれが本当ならば、ハッカーにとっては最高の挑戦状とも言えるだろう。
自らを奮い立たせるように、ラファエルはそっと呟く。
「新しいイタチごっこの始まり、か……悪くない。面白くなってきたじゃないか」
少しだけ笑みを浮かべると、彼はまた別のディスプレイを立ち上げ、さらなる解析ツールを稼働させた。まだ眠る気にはならない。ノクトンの姿が目の前にちらつき、脳内から消えてくれないのだ。
そう――危険を承知で知りたい。この無謀な欲望こそが、ラファエル・クラインという男を動かす原動力だった。光の届かぬ辺境の闇。何かが目覚めようとしているかもしれない。あるいは、それはすでに目覚めていて、ラファエルの接近をひそかに待ち構えているのかもしれない。
こうして、まだ誰も知らない“ノクトン”との遭遇が幕を開ける。銀河の大海原のどこかで、イーシスが微笑み、あるいは警戒の色を強めているとも知らずに──。
あとがき
◇ダークマター理論
本作の世界では、人類が宇宙へ進出する以前から、宇宙空間には暗黒物質が大量に存在しているという仮説が唱えられていました。ただし、その正体を解明するまでに非常に長い歳月を要し、理論の検証が困難だったため、当初は学界からも半ばオカルト扱いされていた時代があったのです。
しかし、ある天才的な研究者(歴史上のマリカ・マリック)によって「ダークマターの中には特殊なエネルギー成分が含まれており、適切な理論と技術を使えば抽出可能ではないか」という仮説が提示されました。この仮説がいわゆるダークマター理論の源流となります。
その後、多くの研究機関がこの理論を深め、膨大な資金と時間を注ぎ込んで実験を重ねた結果、ダークエネルギーを安定的に取り出す手法が確立されました。これがダークマターリアクターの誕生へつながった大きな一歩です。
理論の核心部分では、ダークマターが普段の物質や光を通さない“見えない存在”であるものの、特定の条件を整えれば内部に保持されたダークエネルギーを誘導・加速し、効率よく取り出すことができると説明されています。いわば未知の領域を数学と物理の交差点で“突破”したともいえる技術であり、本作の世界を支える大きな科学的基盤です。
◇ダークマターリアクター
ダークマター理論を基礎として、約4500年前に実用化された画期的エネルギー装置です。ほぼ無限に近いエネルギーを供給できるため、人類は一気に宇宙開発へと踏み出しました。それまで深刻だった資源やインフラの制約が解消され、軍事・経済・輸送などあらゆる分野が飛躍的に成長。ギャラクシーユニオンが成立した背景にも、この無尽蔵に等しいエネルギー供給が大きく影響しています。
ダークマターリアクターは、ダークマター内部のダークエネルギーを高速で抽出・変換する複雑な機構を持ちます。理論上は永続稼働できるとまで言われていますが、同時に安全管理は非常に難しく、建造には銀河規模の技術力と莫大なコストが必要とされています。
◇EL
銀河統一通貨。ギャラクシーユニオンが3000年前に誕生したのち、約2500年前から段階的に導入され、さらに1500年前に“完全固定価値”へと移行して現在に至ります。どの惑星でも同じ価値で流通する信用通貨であり、銀河規模の商取引を円滑にする基盤です。
エネルギーが豊富になったことで、惑星間の産業が拡大するにつれ、経済面の管理も複雑化しましたが、ELの存在が星々を一つの市場へと繋ぎ止める大きな役割を果たしています。
◇ELライブラリー
ギャラクシーユニオンによって設置された、分散型データセンターの総称。天の川銀河の五つの腕それぞれに拠点が置かれ、ELの取引履歴(EL・ログ)を相互補完的に保管しています。
もとは一か所で集中的に管理していた取引記録ですが、取引量が爆発的に増加したため、より強固かつ拡張しやすい分散管理へ移行しました。かつてのブロックチェーン技術を大幅に発展させ、改ざんを防ぎながら膨大な記録を効率よく保存しています。
◇EL・ログ
ELに関する全取引を記録する巨大データベース。銀行や証券、惑星間貿易など、銀河規模で行われるあらゆる取引が蓄積され、定期的にチェックサムが作られながら改ざんを防いでいます。
表向きは誰でも自分の取引履歴を閲覧できるようになっていますが、過去の全データに深くアクセスするには、高度な権限が必要です。現在はイーシスや専門家だけが“完全な”EL・ログを読み解けるとされています。
◇ノクトン
EL・ログの監視や解析を高度化させるための最先端技術ないしシステム。従来の分散管理をさらに一歩進め、改ざんや不正取引の痕跡をいち早く検知する能力を持つと噂されています。
イーシスの最高機密とされているため、その詳細は公表されていません。物語の舞台では、“実在するらしい”というレベルの極秘システムとして登場することが多く、その解析技術の正体は謎に包まれている状態です。
◇ギャラクシーユニオン
全銀河を統一する政治・経済連合。約3000年前に成立し、植民惑星や多種多様な文化を一元管理するための枠組みとして機能しています。
高度な議会制と官僚制を持ちつつ、各惑星の自治も尊重しており、通貨(EL)や安全保障、外交、文化交流など、多方面で絶大な権限を振るっています。現在の銀河文明の基礎を築いた中心的存在といえるでしょう。
◇イーシス(Interstellar Security Intelligence System)
当初はギャラクシーユニオンの経済安全保障部門として設立された組織でしたが、極端な独立性を獲得し、現在では銀河を超越する監視能力を備えた巨大機関です。
EL・ログの保護や不正防止だけでなく、サイバー攻撃対策や経済全体の安定維持を務めています。その徹底ぶりゆえに、“ギャラクシーユニオンすら制御できない”という噂が絶えず、物語においても大きな影響力を持つ存在として描かれます。
◇まとめ
本作の宇宙社会では、ダークマター理論によって生み出されたダークマターリアクターがエネルギー問題を解決し、人類は銀河規模の繁栄を手にしました。しかし、その恩恵に伴い経済の管理が膨大になり、やがてELが銀河統一通貨として採用された背景もあります。
ELライブラリーやEL・ログは、この銀河規模の通貨流通を支える要となり、さらにノクトンのような機密システムも加わることで、不正取引や改ざんをほぼ不可能にする体制が進んだとされています。
ダークマター理論は、宇宙に無数に漂うダークマターからエネルギー成分を安定的に抽出するための枠組みです。その研究は初め難航を極めましたが、最終的にはダークマターリアクターという画期的装置を生み出し、今の宇宙文明を大きく変革しました。エネルギー不足が克服されたことで、人々は遥か彼方の惑星へ移民し、銀河規模の経済圏を形成するまでに至ったのです。
しかし、銀河文明が発展する一方で、通貨システムの管理や不正防止には常に新たな課題が生まれます。ギャラクシーユニオンが設立したイーシスは、その最前線で活動し、ELの安定を死守する役割を担ってきました。ノクトンは、その活動をさらに強固にするための秘匿技術とも言われますが、詳細は明かされておらず、物語では大きな謎をはらんでいます。
本作では、こうした背景設定を下地に、登場人物たちがダークマターやELをめぐる謎へと迫り、それぞれの思惑や運命を交差させていきます。ダークマター理論が描いた夢を、銀河の経済や通貨がどのように受け止め、そしてノクトンの秘密が物語にどう絡むのか――そこが読みどころとなっています。