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序章:果てしなき銀河と、その揺らぎ

 いまから5000年前、人類は宇宙の謎とされてきたダークマターの理論を突き止め、それが新たなエネルギー源になる可能性を見いだした。当初は「机上の空論」とも呼ばれ、学者同士が喧嘩腰で議論を交わすほどだったが、数世代にわたる粘り強い研究と技術の進歩の末、4500年前についに「ダークマターリアクター」が誕生する。

 この装置は、ほぼ無限に近いエネルギーを生み出せるという夢のような発明で、人類の宇宙開発を一気に加速させた。エネルギー不足の悩みが消えたことで、様々な惑星へ入植する動きが爆発的に増え、星々をつなぐ経済圏も急拡大。だが同時に、惑星同士の利害が複雑に絡み合い、混乱は避けられなくなっていった。


 そんな群雄割拠の中で3000年前に誕生したのが、銀河規模の政治・経済・安全保障を一元管理する「ギャラクシーユニオン」である。銀河全域をまとめ上げる強大な組織として、ユニオンは人類社会の安定を担う中心的存在となった。もっとも、当時は惑星や星系ごとにバラバラの通貨が使われ、エネルギー供給量や生産能力によってその価値が異なるため、星間交易をめぐる摩擦は絶えなかった。


 やがてダークマターリアクターが普及すると、エネルギーが安定供給されるようになり、「通貨の価値をエネルギー量で測る」というこれまでのやり方が破綻する。惑星間の経済格差が広がり、取引価格が激しく変動し、商業活動が停滞。銀河全体に深刻な影響が広がった。


 そこで2500年前、ついに「銀河統一通貨」たるELエルが導入される。ギャラクシーユニオンが管理する主要通貨という位置づけだったが、最初のうちは完全に一本化されたわけではなく、各惑星の独自通貨と併用される程度だった。だが交流が活発になるにつれ、より円滑な取引のためにELを使う惑星が増え、少しずつ銀河規模の経済統合が進んでいった。


 そして1500年前、ギャラクシーユニオンの影響力拡大に合わせて、ELは銀河全域で唯一の公式通貨へと格上げされる。しかも、その価値は完全に固定され、どの惑星でも同じレートで使用できる純粋な信用通貨となった。こうして銀河経済は一見して盤石に思われたが、取引記録の管理という新たな課題が生まれる。膨大な数の商取引をどうやって正確に記録し、改ざんを防ぐか――。


 そこで活躍するのが「EL・ログ」というデータベースだ。初期はギャラクシーユニオンの中央データセンターで一元管理していたものの、銀河規模の取引増大に対応しきれず、天の川銀河の4つの腕に5つの分散型データセンター「ELライブラリー(1~5)」を設立し、相互に監視・補完させる仕組みへ移行した。これは昔のブロックチェーン技術に近い高度な分散型システムを発展させたもので、理論上は改ざんがほぼ不可能とされた。しかし完璧なシステムはなく、不正を目論む者と管理者との“イタチごっこ”は続いていた。


 この状況に対処すべく誕生したのが、「イーシス(Interstellar Security Intelligence System)」。当初は経済安全保障を担当する部門としてギャラクシーユニオンの下に設置されたが、後に安全保障上の必要性から完全独立。いまやユニオンをすら超越する権限を持ち、EL・ログの正確性を守る“銀河経済の守護者”とも言える存在となっている。


 もっとも、どれだけ管理や監視システムが強固になっても、人の欲望が尽きることはない。新たな抜け道を探し出そうとする者は常にいて、未だ不正は根絶されていない。そんな中、あるときイーシスのデータにごく微細な異変が報告された。当初は単なる誤差と見なされていたが、どうも小さな計算ミスでは説明のつかない嫌な予感がする。こうした微かなズレが、後に大事件への序章になるとは、誰も予想できなかった――。


 時は西暦7300年。人類はついに天の川銀河のあちこちへ定住し、その人口はなんと100京人を数えるほどになっている。特に、太陽系を含むオリオン腕には最も多くの人々が集まり、次いでペルセウス腕、ケンタウルス腕、射手腕と、銀河の主要な腕に大規模な居住地が広がっていた。銀河内にはおよそ30万もの有人惑星が存在し、それらはギャラクシーユニオンの統治のもとで、それぞれの文化や産業を発展させている。


 この広大な銀河経済を回しているかなめは、やはりダークマターリアクターとELの2つだ。エネルギー不足がほぼ解消したことで、人類はかつての地球の経済規模とは比較にならないほど大きな経済圏を育んだ。物資や情報、サービスが次々と星間を行き来し、惑星内だけで完結するビジネスはもはや珍しい。巨大宇宙港を中心に形成されたメガシティ群が盛んに取引を行い、その記録をイーシスが厳重に監視しているおかげで、数多くの惑星が安定した環境を享受していた。とはいえ、辺境エリアでは行政やインフラが追いつかず、密輸やブラックマーケットがはびこる問題も後を絶たない。


 ギャラクシーユニオンは軍事・経済・科学技術の各方面で統制を図り、さらなる開発にも乗り出している。既存の星々の管理はもちろん、未開の星系へと探査船を送り込み、新たな植民地の建設を急いでいた。しかし未知の環境には独自のリスクがつきもの。資源の発掘や惑星の環境適応、そして既存の星間国家との政治的摩擦など、課題は尽きない。


 そんなダイナミックに拡張を続ける銀河の片隅で、完璧に思われたシステムに生じたわずかなズレ――それが、小さくとも決して無視できない歪みを孕んでいた。イーシスの管理するEL・ログで検知された微細な異常。その正体を追う調査チームが極秘裏に動き出す中、時代の歯車はゆっくりと、しかし確実に狂い始めている。


 そして、西暦7300年。

 誰もが想像だにしなかった出来事の幕が、いま静かに上がろうとしていた。


◇ダークマターリアクター

ダークマター理論を基礎として、約4500年前に実用化された画期的エネルギー装置です。ほぼ無限に近いエネルギーを供給できるため、人類は一気に宇宙開発へと踏み出しました。それまで深刻だった資源やインフラの制約が解消され、軍事・経済・輸送などあらゆる分野が飛躍的に成長。ギャラクシーユニオンが成立した背景にも、この無尽蔵に等しいエネルギー供給が大きく影響しています。

ダークマターリアクターは、ダークマター内部のダークエネルギーを高速で抽出・変換する複雑な機構を持ちます。理論上は永続稼働できるとまで言われていますが、同時に安全管理は非常に難しく、建造には銀河規模の技術力と莫大なコストが必要とされています。


◇ELエル

銀河統一通貨。ギャラクシーユニオンが3000年前に誕生したのち、約2500年前から段階的に導入され、さらに1500年前に“完全固定価値”へと移行して現在に至ります。どの惑星でも同じ価値で流通する信用通貨であり、銀河規模の商取引を円滑にする基盤です。

エネルギーが豊富になったことで、惑星間の産業が拡大するにつれ、経済面の管理も複雑化しましたが、ELの存在が星々を一つの市場へと繋ぎ止める大きな役割を果たしています。


◇ELライブラリー

ギャラクシーユニオンによって設置された、分散型データセンターの総称。天の川銀河の五つの腕それぞれに拠点が置かれ、ELの取引履歴(EL・ログ)を相互補完的に保管しています。

もとは一か所で集中的に管理していた取引記録ですが、取引量が爆発的に増加したため、より強固かつ拡張しやすい分散管理へ移行しました。かつてのブロックチェーン技術を大幅に発展させ、改ざんを防ぎながら膨大な記録を効率よく保存しています。


◇EL・ログ

ELに関する全取引を記録する巨大データベース。銀行や証券、惑星間貿易など、銀河規模で行われるあらゆる取引が蓄積され、定期的にチェックサムが作られながら改ざんを防いでいます。

表向きは誰でも自分の取引履歴を閲覧できるようになっていますが、過去の全データに深くアクセスするには、高度な権限が必要です。現在はイーシスや専門家だけが“完全な”EL・ログを読み解けるとされています。


◇ノクトン

EL・ログの監視や解析を高度化させるための最先端技術ないしシステム。従来の分散管理をさらに一歩進め、改ざんや不正取引の痕跡をいち早く検知する能力を持つと噂されています。

イーシスの最高機密とされているため、その詳細は公表されていません。物語の舞台では、“実在するらしい”というレベルの極秘システムとして登場することが多く、その解析技術の正体は謎に包まれている状態です。


◇ギャラクシーユニオン

全銀河を統一する政治・経済連合。約3000年前に成立し、植民惑星や多種多様な文化を一元管理するための枠組みとして機能しています。

高度な議会制と官僚制を持ちつつ、各惑星の自治も尊重しており、通貨(EL)や安全保障、外交、文化交流など、多方面で絶大な権限を振るっています。現在の銀河文明の基礎を築いた中心的存在といえるでしょう。


◇イーシス(Interstellar Security Intelligence System)

当初はギャラクシーユニオンの経済安全保障部門として設立された組織でしたが、極端な独立性を獲得し、現在では銀河を超越する監視能力を備えた巨大機関です。

EL・ログの保護や不正防止だけでなく、サイバー攻撃対策や経済全体の安定維持を務めています。その徹底ぶりゆえに、“ギャラクシーユニオンすら制御できない”という噂が絶えず、物語においても大きな影響力を持つ存在として描かれます。


◇まとめ

本作の宇宙社会では、ダークマター理論によって生み出されたダークマターリアクターがエネルギー問題を解決し、人類は銀河規模の繁栄を手にしました。しかし、その恩恵に伴い経済の管理が膨大になり、やがてELが銀河統一通貨として採用された背景もあります。

ELライブラリーやEL・ログは、この銀河規模の通貨流通を支える要となり、さらにノクトンのような機密システムも加わることで、不正取引や改ざんをほぼ不可能にする体制が進んだとされています。

ダークマター理論は、宇宙に無数に漂うダークマターからエネルギー成分ダークエネルギーを安定的に抽出するための枠組みです。その研究は初め難航を極めましたが、最終的にはダークマターリアクターという画期的装置を生み出し、今の宇宙文明を大きく変革しました。エネルギー不足が克服されたことで、人々は遥か彼方の惑星へ移民し、銀河規模の経済圏を形成するまでに至ったのです。

しかし、銀河文明が発展する一方で、通貨システムの管理や不正防止には常に新たな課題が生まれます。ギャラクシーユニオンが設立したイーシスは、その最前線で活動し、ELの安定を死守する役割を担ってきました。ノクトンは、その活動をさらに強固にするための秘匿技術とも言われますが、詳細は明かされておらず、物語では大きな謎をはらんでいます。


本作では、こうした背景設定を下地に、登場人物たちがダークマターやELをめぐる謎へと迫り、それぞれの思惑や運命を交差させていきます。ダークマター理論が描いた夢を、銀河の経済や通貨がどのように受け止め、そしてノクトンの秘密が物語にどう絡むのか――そこが読みどころとなっています。

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