空を回す人
今、君が見ている空は、どんな空だろう?
晴れている? 曇っている? 雨が降っている? あるいは月や星が瞬いているだろうか?
空は日によって、季節によって、そしてタイミングによってもその姿を変えるものだ。しかし、なぜ変わるのだろうか……?
その答えは簡単。私が空を回しているからだ。今日は、私の仕事をみんなにも少しだけ見せてあげよう。
ここは真っ暗な「星転室」と呼ばれる部屋。壁にある大きなスクリーンには綺麗な空の映像が映し出されている。
その部屋の真ん中にあるハンドルのついた大きな機械が、空を映し出す機械「星写機」。私はこのハンドルを一日中回すことで、世界の空を動かしている。
決して休むわけにはいかない。私がこの機械を回すから空が回り、今日を明日へと進めることができるのだ。
何? 眠くならないのか、疲れないのかだって? おいおい、私は空を回すために生まれた神様だぞ。眠くなることも疲れることも無いさ。
「お届けものでーす!」
ピンポーンというチャイムの音ともに、若い男の声がした。例のものが届いたのだ。
「はいはい、今行くよ」
こんな場所に来る届けものなんて一つしかない。私は星転室のドアを開けた。
「こちらにサインをお願いします」
巨大な段ボールを持った男がそう言ってきたので、私は胸ポケットからサインペンを取り出し、サラサラッとサインをしてやった。
「はい、確かに。ではこちらを」
「うむ、今月もご苦労さん」
私は男から段ボールを受け取ると、足でそっとドアを閉めた。
その段ボールを床に置き、手でガムテープをベリベリと剥がし、こじ開けて中身を確認してみる。
中には箱いっぱいのディスクのようなものが入っていた。
私はその中の一枚を手に取り、表面に描かれた空の絵をまじまじと見つめた。
「ほう、今日は雨のち曇り、夜は雲で隠れて星も月も見えそうにないな」
この段ボールに入っているディスクは「星盤」と呼ばれるもの。いわばその日の空を決めるものだ。毎月、月の初めに星盤の製造工場から届くことになっている。
私は早速それを星写機にセットした。一瞬目の前のスクリーンに写っていた映像が暗転したが、すぐにまた空を映し出した。出来立てほやほやの、新しい空だ。
今、今日が明日に変わったのである。
私は星写機のハンドルを力いっぱい回した。空が少しずつ動き始める。
「……おかしい」
私は思わずそう呟いた。ハンドルの手応えがあまりにも硬すぎる。
そう思った次の瞬間、星写機がガコッと大きな音を立てて止まった。ハンドルが完全に動かなくなった。
「まずいことになったぞ……」
前にも一度だけ、こういう状況になったことがある。理由はおそらく、あの星盤のせいだ。あの星盤が不良品だったのだ。
不良品の星盤をセットすると、星写機に空が詰まって動かなくなるときがあるのだ。
こういうときはもう、業者に電話して機械を直して貰うしかない。私はさっそくポケットから携帯を取り出し、電話をかけた。
しばらくプルルルルと鳴ったのちに、ガチャリと音がする。
「もしもし! 緊急だから用件だけ言うぞ! 今日届いた星盤が不良品だった! すぐに……」
「申し訳ありません、星盤製造所は本日定休日です。ご用の方はピーーーーッという音に続けて……」
プツリ、私は慌てて電話を切った。
まずいことになった。前のときはすぐに製造所の人に駆けつけてもらってこと無きを得たが、今日は定休日らしい。
これでは星写機を直してもらえない。それすなわち、世界の空が、時間が止まったままになるということだ。
「――やるしかない」
これを解決する方法は一つしか無かった。自分の手で、詰まった星写機を直すのだ。
さいわい、私は神様の学校で星写機の直し方については勉強していた。それなりの知識はある。不良品が混ざっていたときのスペアの星盤も、段ボールの中に一つだけ入っていた。必要なものはすべて揃っている。
私は星転室の隅で埃を被っていた工具箱を持ってくると、中からスパナとドライバーを取り出す。
一度習ったことがあるとはいえ、実際に自ら修理するのはこれが初めて。緊張で手が震える。
私は、さっそく星写機の修理に取り掛かった。
――数時間後。
ようやく修理が終わった。慣れない作業で、私はもう全身汗だくになっていた。
人生、いや神様生で初めて、疲れるという経験をしたのかもしれない。
しかし、休んでいる暇は無かった。はやく空を動かさなければ。
既に空の進みが相当を遅れている。もう夜の長さが夏至を超えてしまっているのだ。今冬なのに。
私はスペアの星盤を慎重に星写機にセットした。
新しい空が映し出される。よし、あとは空を動かすだけだ。
「どうか詰まらないでくれよ」
私はそう呟くと、ゆっくりとハンドルを回す。
驚くほど滑らかにハンドルは回りだした。
「やったぞ! 成功だ! 私はやったんだ!」
私は嬉しさのあまり思わず飛び上がった。
「痛って!!!」
飛び上がった拍子に何かを踏んでしまった。さっき使った工具を、床に置きっぱなしにしていたのだろうか? 足元を見てみる。
「……ネジだ」
これはどこの何のネジだろう? なんとなく、すごく嫌な予感がした。
その次の瞬間だった。突然星写機が、まるで湯の沸いたヤカンのような音を立てガタガタと揺れだしたのだ。機械の隙間から熱い蒸気のようなものが噴き出る。
「まずい!」
私は思わず走って逃げ、部屋の隅でうずくまった。
ドカーン!!!
……という爆発音が背中越しに聞こえた。
私はおそるおそる後ろを振り向いた。
真っ暗になったスクリーンと、木っ端微塵になった星写機がそこにはあった。
――それから一ヶ月間、世界には明けない、星も月も雲もない真っ暗な夜が続いたという。私は仕事をクビになった。