第三話
1週間後――
スクランブル交差点爆破事件から1週間が経過した。この事件では死者約1200人、負傷者約1000人という未曾有の被害が発生。警察は「スクランブル交差点爆破事件」と名付け、徹底的な捜査を進めていた。
一方、犯人である翔太はその1週間、家に閉じこもっていた。
「案の定、誰も来なかったな。」
警察は翔太を疑う様子もなく、訪ねてくる者は皆無だった。事件は休日の昼、東京の中心部で起きた大規模な犯罪。しかし、1週間経っても警察が動いていない様子に、翔太はほくそ笑んだ。
「勝ったな。これで、俺が疑われることはない。」
それでも翔太の復讐は始まったばかりだった。この腐り切った世界を壊し、さらに多くの命を奪う――そのため、彼は家に籠もる間も新たな爆弾を量産していた。
「次はどうする……?」
翔太の妄想は果てしなく膨らんでいく。スクランブル交差点で1600人近くの命を奪った成功に自信を深めていた彼は、次の標的を思案していた。
その時、腹の虫が鳴いた。
「腹減ったな……そういえば、まともに飯を食ってなかったな。」
爆弾作りに没頭していた翔太は、冷蔵庫にわずかに残った食料でしのぐ日々を送っていた。それすら口にしない日もあった。
「まぁ、1週間経ったことだし、外に出てうどんでも食べるか。」
翔太は椅子から立ち上がり、痩せた身体に黒の服を身に纏うと外へ出た。1週間ぶりの外の空気は、思った以上に冷たかったが、彼は意に介さず歩き始めた。
道すがら、周囲の様子をうかがう。
犬を散歩させる主婦、ランニング中の中年男性、歩きスマホをする高校生、サッカーボールを持って走る子供――どこにも警察の姿はない。
「なんだ、こんなものか。」
拍子抜けするほど何事もなく、翔太は近所のうどん屋にたどり着いた。
「いらっしゃいませ!」
大きな声にやや戸惑いつつも、店内の奥にある空席に腰を下ろす。水を持ってきた女性店員が「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」と言いかけたところで、翔太はすぐに注文を告げた。
「きつねうどんをお願いします。」
笑顔で「かしこまりました!」と答える店員を横目に、彼は無意識にため息をついた。
しばらくして運ばれてきた、熱々のきつねうどん。翔太は1週間ぶりのまともな食事に、思わず興奮しながら箸を伸ばした。
しかし、うどんを食べる手が不意に止まる。
「スクランブル交差点爆破事件――」
店内のテレビが事件のニュースを伝えていた。アナウンサーが深刻な表情で報じる。
「多くの死者を出したスクランブル交差点爆破事件から、今日で1週間が経過しました。現在も重傷者の容体悪化により、死者数は増え続けています。」
店内の客の中からため息混じりに声が上がる。
「犯人、早く捕まらんもんかねぇ……」
その言葉に、翔太は心の中で嘲笑う。
「その犯人は、今ここでうどん食ってるんだけどな。」
再び箸を進めながらも、次のニュースに耳を傾けていた翔太は、ある言葉に動きを止めた。
「今日、男性を殺害したとして、自称アルバイトの宮内恵(44歳)容疑者を逮捕しました。」
「宮内……恵……?」
その名前を聞いて、翔太の心臓が跳ねる。旧姓が「宮内」だった母・恵の顔が頭をよぎる。
「まさか……母さん?」
翔太は急いで顔を上げ、テレビ画面を見つめた。そこに映し出されたのは紛れもなく、母・恵の姿だった。
「母さん……なんで……」
思わず声が漏れる。その瞬間、背後から肩を叩かれた。
「やっぱり、お前の母親だったか。」
驚いて振り返ると、そこには警察手帳を持った警官が立っていた。