第二話
2022年11月19日(土曜日)
翔太は大学2年生になっていた。
11年前、弟・健太を失ったあの日から、翔太の人生は一変した。葬儀の席で母と祖母が口論となり、祖母は母に罵声を浴びせた。
「あなたがついていれば、こんなことにはならなかったのよ!この人殺し!」
父も祖母の肩を持ち、母は家を追い出される形で離婚に至った。それ以来、翔太は父と二人で暮らすことになったが、家庭環境など翔太にとってはどうでもよかった。
あの日以来、翔太は世界そのものを憎むようになっていた。
「もし、あの時誰かが助けてくれていれば……」
線路に落ちた健太を誰も助けなかった。駅員に通報する人もいなければ、飛び降りて助けようとする人もいなかった。代わりに携帯を向ける人々。その光景が翔太の心に深く刻まれていた。
「この世界は腐っている。」
翔太は、健太を奪ったこの世界に復讐を誓った。
そのために猛勉強を重ね、高校では工業系で有名な学校に進学し、大学でも数多くの発明家を輩出した名門に入学。そこで翔太は爆弾の作り方を独学で学び、知識を蓄えていった。
そして今――翔太の復讐は形になった。
完成した爆弾は10個。
半径3メートル以内のものを粉々に吹き飛ばす威力を持つこの爆弾には、リモコンが付属しており、任意のタイミングで起爆できるよう設計されている。翔太はその爆弾を手に、弟の命日であるこの日に、復讐を決行する準備を整えた。
「健太、兄ちゃんがやるよ。やってみせるから。」
翔太はそう呟き、静かに目を閉じた。
2022年11月19日(土曜日)13時過ぎ
翔太は東京・渋谷のスクランブル交差点に立っていた。
弟が命を落とした11年前と同じ「土曜日」。翔太にとって、この日は復讐を果たすのにふさわしい日だった。
カバンから手袋を取り出す。爆弾はその中に隠されている。冬の寒い日、落ちている手袋に違和感を覚える人はいないはずだ。翔太は人混みに紛れながら、道路と歩道の境目に次々と手袋を置いていった。
最後に、交差点のど真ん中にも手袋を置くため、信号待ちをする。
信号が青になると、人々が一斉に歩き出す。その流れに乗って翔太も歩き、交差点の中心に手袋をそっと落とした。
「誰も気づいて拾わないなんで...この世界は本当に腐っている。」
翔太は皮肉めいた感情を抱えながら、歩道を渡り切り、近くのビルへ向かった。7階のレストランからはスクランブル交差点全体が見渡せる。翔太は窓際の席に腰掛け、リモコンを手に時を待った。
13時35分。
健太が亡くなった時刻――。
翔太は無言でリモコンのボタンを押し込んだ。
次の瞬間、轟音が渋谷の街を揺るがした。
交差点の中心で爆発が起こり、人々の悲鳴が響き渡る。翔太の計算通り、爆発に驚いた人々は爆心地から遠ざかろうと四方に逃げ出した。その逃げた先には、翔太が置いた他の爆弾があった。
次々と爆発音が鳴り響く。逃げ惑う人々の中で車が炎を上げ、腕や足、人間の肉片が飛び散る。焼け焦げた匂いが街に充満し、交差点は地獄絵図と化していた。
遠目からその光景を見つめる翔太は、静かに席を立ち、ビルを後にした。サイレンの音が響く中、何事もなかったように帰路についた。
家に帰り着くと、翔太は拳を握りしめ叫んだ。
「よっしゃあ!やった!俺はやったぞ!」
しかし、復讐はまだ始まったばかりだった。
「もっと、もっと殺さなきゃ……腐ったこの世界を壊してやる……」
次なる計画を思案しながら、翔太はテレビをつけた。どのチャンネルでもスクランブル交差点の惨状が映し出されている。
「これ全部俺がやったんだ……。」
翔太はニヤリと笑う。しかし、やがてニュース番組は別の話題に移る。
「男性が自宅で刺殺される――」というニュースが流れると、翔太は不満げにチャンネルを切り替えた。
「くだらない……。俺の復讐のほうが重要だろ。」
再び新たな復讐の計画を練るため、翔太は手元のメモを取り出した。
「次は大阪か、福岡か……いや、海外にするのも悪くないな。」
翔太の心には、腐敗した世界への憎しみだけが渦巻いていた。