表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

クラリスが恋を叶えるまで

作者: 黒羽曜

「これでコーヴィン侯爵家とマシュー伯爵家の婚約は整った。二人とも少し庭を散策してきてはどうだい?互いを知れたほうがいいだろう?」


 侯爵からの言葉に二人は従い庭に出る。


 ダニエル・コーヴィン侯爵令息、ブラウンの髪と眼をした優しげな顔立ちをした16歳。


 クラリス・マシュー伯爵令嬢、ハニーブロンドの髪に碧眼の美しい顔立ちをした16歳。


 同じ歳の二人は共にラエルリア王立学園高等部に通っているが、クラスは別でそれほど接点はない。


 しばらく無言で庭を歩くなか、先に声をかけたのはクラリスだった。


「婚約者となりましたのでダニエル様とお呼びしても?」


「あ、そうだね。では僕もクラリスと呼ばせてもらうよ」


 軽くお互いのことを話しながら緊張もほぐれてきたころ、クラリスは真剣な表情でこう告げてきた。


「ではダニエル様、ここからは大切なお話をしましょう」








 婚約してからはクラリスといることが増えた。

 周囲には仲が良いと思われているが、実際は今後の相談や世間話をする友達のような関係だ。


「オリバーとエレナは先に席を取ってくれているよ」


 そう言いながらダニエルはクラリスを迎えに来た。


「まぁ、ありがとうございます。そのうちお礼をしませんと」


 たわいもない話をしながら食堂へ向かう。


「オリバー様、エレナ様、いつもありがとうございます」


「お友達ですもの、当然ですよ」


 エレナは笑顔で迎えてくれる。クラリスとも良好な関係で周囲は友達だと認識している。


 婚約者のダニエルとクラリス、オリバーとエレナも仲が良いため、周囲には見慣れた光景となっている。




 ダニエルは婚約した日を思い出す。


「ダニエル様、私はあなた様に愛する方がいることは承知しております。身分のこともあり婚約が叶わないことも。そして、私との婚約は政略でございます。私と結婚することは決定事項。ですが、私はダニエル様の恋を応援いたしますわ」


 なぜエレナとのことを知っているんだ?

 あまり目立つことはしないよう気をつけていたのに。

 訝しげにクラリスを見る。


「偶然お二人が一緒にいらっしゃるのを見たことがあるんです」


 一瞬申し訳なさそうな顔をしたクラリスだが、そのまま話を続ける。


「ダニエル様、私はこの先侯爵夫人となりますが、白い結婚といたしましょう。あなたは愛する方と共にお過ごしください」


 なんとも和かに話すクラリスだが、一方でダニエルは苦渋の顔になる。


「それでは侯爵家の後継ができない。それは困る」


 母は1歳の頃に亡くなっており、侯爵家には自分しか子供がいないのだ。


「いずれ親戚筋から養子を迎え入れればよろしいではありませんか」


「あなたはそれで良いと?」驚き目が見開く。

 

「はい。必要な夜会などでのエスコートはお願いいたしますが、それ以上のことは求めません。ただ、家族には知られないよう、仲が良いよう振る舞うこと。ダニエル様が彼女と会う時はもちろん協力いたしますわ」


 エレナを手放さなくても良いのならと、ダニエルはこの申し出を喜んで受け入れた。


 侯爵家と男爵家では家格が違いすぎること、後継が必要なのは頭では理解していたが、どうしてもエレナ以外は考えられなかった。そんなときに、クラリスはこの提案をしてくれた。

 愛するエレナと結婚はできなくても問題ない。ずっと一緒にいられることが嬉しい。あまり裕福ではない男爵家の令嬢であるエレナ、持参金がないため嫁ぎ先は見つからない。だが、愛人とはいえ男爵家が支援してもらえるならばと、エレナの両親も喜んでおり、エレナ本人も喜んでくれたから。


 だから今のこの光景はクラリスに感謝しかなかった。

 多少気をつける必要はあるが、エレナと堂々と一緒に過ごせるのだ。


「そうだわ。オリバー様もエレナ様も、放課後一緒にカフェに行きませんか?お友達が新しくお店を出しましたの」


「もちろん行きますわ!」


「僕も大丈夫だよ」


「ダニエル様も、もちろん大丈夫ですよね?」


 クラリスが微笑めばダニエルは「もちろん」と答える。








 卒業まで後半年となった頃、今日は侯爵邸で定例のお茶会をしていた。


「侯爵家はずっと夫人がいなかったから、君がいてくれて助かっていると父も喜んでいるよ」


「それは良かったです。ダニエル様、今日は結婚後のお話を少ししてもよろしいでしょうか?」


「何か困ったことでもあるのかな?」


「お義父様はまだお若く、ダニエル様が侯爵となるのはまだまだ先になるかと思います。ならば、領地を切り盛りしながらお過ごしになるのはいかがです? もちろん、エレナ様と共にです。使用人は事情を知っている者達を連れて行けば問題ないかと。いかがでしょう?」


「それは・・・、でも父が何と言うか」


 ダニエルは考え込む。


「お義父様には私から上手くお話をしますわ。それに結婚式の後はすぐに新婚旅行で隣国に行きますでしょ?向こうでエレナ様と合流後私は別行動します。ダニエル様達はそのまま領地へ向かいましょう?」


「それは嬉しいが・・・」


「実は私、隣国で行ってみたい場所があって今から楽しみにしてますのよ」


「でも旅行の後君はどうするんだい?」


「わたしは侯爵夫人代理としてのお仕事もありますから、王都に残ります。幸い領地は3日もあれば移動出来ますから、2ヶ月に一度は領地へ顔を出していれば問題ないでしょう」


「君はどうしてこんなに協力してくれるんだ?本来なら蔑ろにされていると怒り、婚約破棄してもおかしくないのに」


 静かに紅茶を飲むクラリスは


「お互いの良い形を望んだ結果なだけですわ」


 そう言って笑う。


 ダニエルは理解のある婚約者に恵まれたと感謝した。








 当初の予定通り、結婚後二人は王都と領地に別れ生活をしていた。


 離れてはいても仲が悪いという噂は聞かなかったが、2年が過ぎるころには跡取り問題が出てきたため、これも予定通りに親戚筋から養子をとることになった。


「お帰りなさませ、ダニエル様」


 久しぶりに会うクラリスが元気そうでダニエルは安心した。


「1年前に体調を崩してマシュー伯爵の別荘に行って以来だね。手紙のやり取りで回復しているのはわかっていたけど、実際に元気そうで安心したよ」


 クラリスからは体調が悪いが命に関わることはないと聞いていた。

 ただ安静が必要で静かに過ごす必要があるから会うのは控えてほしい、でも全く会わないとなると勘繰られてしまうので、ダニエルの名前で定期的に贈り物が届くよう手配してあると告げられた時には、こんな時まで気を使わせてしまっていることに申し訳なくなってしまった。


「ゆっくり過ごせたので、すっかり良くなりましたのよ。贈り物も嬉しかったですわ。それにお義父様にもご迷惑おかけしましたのに、侯爵家のことは心配いらないからと配慮いただきましたの」


 何も問題はありませんでしたわ。と小声で伝えてくれる。


「そうだわ、ダニエル様。ルークに会ってくださいませ」


 珍しく声を弾ませながら談話室へ連れて行かれる。


「おぉ、ダニエル帰ったのか。ほら、この子がルークだよ」


 父が赤子を抱く姿が珍しく呆気に取られるが、その光景に悪い気はしなかった。


 立って抱くのは不安だからとソファに座ってからルークを抱く。


「君がルークかい?あぁ、遠縁だと聞いていたけど黒髪は父さんと同じだ。眼は碧眼なのかい?クラリスと同じだね。君は誰が見ても我が家の子だよ」


 ルークは生後1ヶ月で両親を事故で亡くしたそうだ。誰が育てるかとなったとき、たまたま養子を探していた父が引き取ったらしい。

 後継が欲しかった父と、白い結婚でいいと言ったクラリス、二人の色が入っている赤子を喜ばないわけがない。


「クラリスは体調が回復したばかりだから、無理はしないようにするんだよ」


「はい。 ダニエル様、ルークは大事に育てますわ」


 クラリスはすっかり母の顔になっていた。

 クラリスに任せておけば心配はないだろう。

 そう考え、3日ほど王都で過ごし領地へ戻った。


「おかえりなさい!ダニエル!赤ちゃん可愛かった?」


「凄く可愛かったよ。僕達もそろそろ子供が欲しいね」


「そうね。なかなか出来ないし一度お医者様に診てもらった方がいいのかしら?」


「心配ならそうしようか?」


 腕に抱きつくエレナの額にキスを落とし、いつか僕達にも赤ちゃんが来るのかと思うとそれだけで嬉しくなる。







 それから2ヶ月後、ダニエルとエレナは馬車での移動中に盗賊に襲われ亡くなった。




「子供が欲しいなどと言い出さなければ、こんな事にはならなかっただろうに」


「そうですわね。でもこれで次に進めますわ」


 義父であるルーベンスに抱き寄せられ、クラリスは満足気に微笑んだ。






 1年喪に服した後社交界ではある噂が流れる。


「クラリス様は未亡人になったとはいえ、まだまだお若いですもの。妻にと望む方もいらっしゃるようですわよ」


「なんでもマシュー伯爵が新しい嫁ぎ先を探されているようだとか」


「あら、でもルーク様がいらっしゃるのに?」


「ルーク様は養子ですもの。いくらクラリス様が可愛がっていても、伯爵様が縁談を進めてしまわれるかもしれませんわ」


「そんな。どうにかなりませんのかしら?」





「どういことだ!!!クラリスが侯爵と結婚しただと!?なぜ私に報告がない!!!」


 机を叩き、執務室で大声を出す伯爵に夫人は冷ややかな視線を向ける。


「落ち着いてくださいませ、旦那様。クラリスとルークを守るためですわ。それと我が家も」


「は?なぜクラリスと侯爵の結婚で我が家が守られるのだ!」


「クラリスが望まない結婚をさせようと躍起になっている旦那様の評判が悪く、我が家とのお付き合いを考え始めている家があるのですよ」


「・・・はっ、なにを」


「ねぇ、旦那様? あなたはそんなに娘が自分より上の爵位にいるのが嫌なのかしら?」


 ガタンッ 急に力が抜け机の上に倒れ込む。


「・・・・・」朦朧としながら睨み続ける伯爵に笑が溢れる。


「ふふ、お茶に混ぜた薬が効いてきたかしら?女を下にしか見ることのできないあなたにはウンザリよ。病気療養として領地の端にある別荘で過ごしてくださいな。もちろん、自由はありませんわ」





 クラリスには3歳上の姉と2歳上の兄がいた。

 伯爵のレントンは、女は男よりも下にあるべきという考えの持ち主。だが権力には弱く上位の者には逆らわない傾向にあった。

 夫人のアリッサは夫を立てる良き妻を演じていたが、年子の姉弟の扱いの差に怒りを覚え、夫に屈辱を与えることにした。


 長女のチェルシーには父親の扱いを覚えさせ適当に受け流すよう育てた。クラリス同様美しいと評判の長女は、マナーや教育に力を入れた甲斐もあり公爵家に嫁がせることができた。

 もちろん伯爵は公爵家との縁は喜んだが、立場上、娘が次期公爵夫人として上になったことに激しい怒りを抱え込んでいた。


 長男のディーノには父親の愛情は異常なのだと教え、伯爵の思想が及ばないよう早々に隣国へ留学させた。

 今では私の良き理解者となっている。

 今回父親が病気療養となるので長男が伯爵となる。すでに手続きは進めている。




「やっとあの人を領地に追いやれたわ。女を下に見るからこうなるのよ」


「お母様のおかげで全て上手くいきましたわ」


 侯爵家の一室にアリッサとクラリスはいた。

 優雅にお茶を飲む娘を見ながらアリッサはこれまでの事を思い出す。


 上二人とは違い幼い頃のクラリスは父親を求めていた。

 その影響か同年代の男性に惹かれる様子がないなか、ある夜会でクラリスはルーベンス・コーヴィン侯爵と出会う。

 二人が恋に落ちたことをアリッサは見逃さなかった。

 だが2人をそのまま結婚させるのは、どう考えても無理だ。

 そこでアリッサは密かに侯爵と会うことにし、『クラリスを手に入れたいですか?』と問うた。侯爵は迷う事なく『もちろん』と答える。


 ダニエルを利用することを提案してきた侯爵に、クラリスはきっと幸せにしてもらえると確信したアリッサは、まずは第一歩としてダニエルとクラリスの婚約を整えたのだ。


 そのあとはクラリスが主導で動いた。

 アリッサがしたことといえば、侯爵の子を宿したクラリスを守り隠す通すこと。

 父親のレントンは元より娘に関心がないし、ダニエルも、あれは完全にお花畑で簡単にクラリスの言葉を信じていたから何も問題はなかった。


「ダニエル様は本当にお花畑でしたのよ。『遠縁だと聞いていたけど黒髪は父さんと同じだ。眼は碧眼なのかい?クラリスと同じだね。君は誰が見ても我が家の子だよ』なんて言うんですもの、私、可笑しくて」


「当然よね。二人の子供なんですもの」


「しばらく泊まっていけるのでしょう?ルークも楽しみにしているのよ」


「可愛い孫とゆっくり過ごせるなんて、本当に幸せだわ」






 ルーベンス様は私より18歳年上だけど、切れ長の目は理知的で見目麗しく、とても若く見える。

 女性に人気でよく言い寄られていたが、本人は嫌だったと心底不機嫌そうな顔をしていた。


「ダニエルの母親はお花畑でね。遠縁だったし、周りへの抑止も兼ねて仕方なく結婚はしたけど、やっぱり受け入れ難くてね」


「親子でお花畑でしたのね」


「白い結婚だったのに、いつの間にか妊娠していたんだ」


「え?」思わず声が出てしまう。


「でも、遠縁である以上血の繋がりはあるわけだし、養子をもらったと思って放っておいたんだ」


「確かに血の繋がりはありますけど・・・」


「それくらい、あれの相手は面倒だったんだ。ダニエルが1歳になってすぐかな?あれはダニエルの本当の父親に刺し殺されたんだよ」


「・・・お相手の方は?」


「出入りしていた商人だったようだ。まぁ、そんなことがあったからね、うちの使用人達はダニエルの行動に気づかないフリをして、私達に協力してくれていたんだよ」


「こんな私は嫌いかい?」とルーベンス様は笑う。

「私だって同じこと聞きますわよ?」と言えば、「ごめん、ごめん」と笑ってくれる、あぁ、なんて幸せなのだろう。



 こうやって笑って過ごせるのも母と姉のお陰だ。


 ルーベンス様との結婚に世間は当然ざわついた。

『ダニエル様には婚約前から恋人がいたのよ。結婚後は領地でその恋人と生活していて、クラリスとは白い結婚だったの』

『養子のルークとは離れたくないという妹の希望と、ルークも妹に懐いていて母親を取り上げるのは忍びない。でも父の伯爵が勝手に次の嫁ぎ先を探しているのもあって、ルーベンス様は、後妻として侯爵家に残るという形を取ってくださったの』というのを母と姉が被害者と庇護する者、そういう形で広めてくれた。

 公爵家、侯爵家、伯爵家に睨まれたくはないと次第に騒ぐ人もいなくなり、「父も最後には良い仕事をした」と姉は笑っていた。

 


「そういえば、お母様もそろそろ領地へ着いたころかしら?」


 ルークを気が済むまで可愛がった母は、「少し疲れたわね。温泉にでも行こうかしら?そうだわ、最近旦那様が弱ってきたと報告が上がってきてたのよ。しばらく領地に帰って娘達の幸せな様子を語り聞かせましょう。温泉もあることだし。きっとあの人は嫌な顔をするのでしょうね。ふふ、とても楽しみだわ」そんな言葉を残してすぐに領地へ向かってしまった。

 子供のためにと夫に屈辱を与え、領地の端へ追いやったが母なりに愛情はあるのだろう。私には理解出来ないが。



「そういえば、この前オリバーからお礼の手紙が届いていましたわ」


「オリバー?あぁ、ダニエルの監視役だった子だね」


「えぇ。ダニエル様は側近だと思われていたようですけど。そのオリバーですが、私の護衛だったトニーと一緒に商会を起こしたので、侯爵家御用達としておきましたわ」


「そうかい。彼らはその道を選んだんだね」


「はい。これからは侯爵家の庇護に見合う忠誠を捧げてくれるそうです」


「頼もしいね」


 時間はかかってしまったけど、愛する旦那様と息子を手にすることができたのは、ダニエル様とエレナ様のお陰ね。

 ありがとう。あなたたちがお花畑の住人だったから、私の恋は叶ったわ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ