友達 3
快晴の空を見上げて、今日は自転車で登校する。
(今日は、会えるかな…)
そんな期待をしてるからか、今日はいつもより気分が良かった。
「おはよー!」
「あ、奈緒おはよー!」
加奈子といつも通り過ごしつつ、彼を探してしまう。だけどやっぱり、登下校で彼を見つけることは出来ないし、廊下で見かけても目が合うことはなかった。
(なんだかなぁ。この気持ちはどうしたらいいのかなぁ。)
気になる止まりの彼への気持ちに名前を付けることが出来なかった。いや、付けたら最後な気がしていた。恋と言ってしまうには私には勇気が足りず、誰かに恋だと断言されても、きっと反発してしまうだろう。だから、私は私の中だけで確かめたかった。
みんな、確信めいたように恋だというその気持ちに、一体どれほどの自信と覚悟があるのか。
私にはもう一つ、恋愛において狂気じみた経験があった。高校入学までの休み期間中に、私には彼氏というものができていた。同じ中学校の彼、田中 楓君とはリアンでやりとりを重ね、お互いの気持ちも伝え、世にいう彼氏彼女の関係だった。彼と話すと楽しくて、ちょっと照れてしまう自分は恋をしているんだと思っていた。相手も同じ気持ちだと思っていた。
ある日、自分の部屋で彼とリアンでやり取りをしていると、窓から見える道を同級生の男子が自転車で通った。
(おぉ、珍しい。みんな暇だから集まって遊んでるのかなぁ。)
そんなことをぼんやり考えてた数分後、またその子が同じ方角に通過していった。
(ん?同じ方向に通ることある?)
そんなこともあるのか位に思い、リアンで話題に出してみた。
烏丸 奈緒:いま、○○君が2回もうちの前通ったよ。みんな結構集まって遊んでるのかねぇ^ ^
その返信が来た時、私は困惑した。
田中 楓:あー、おまえん家聞かれたから教えたわ
「…は?」
烏丸 奈緒:え、なんで教えたの?というか、なんで知りたがってるの??
田中 楓:お前のことが好きらしいよ?
楓君は、彼女である私の家を、私に好意を寄せる人に教えたのだ。理解が追いつかない。なぜ、なぜ、なぜ…
私は頭に流れ込んでくるたくさんの疑問を少しずつ言葉にする努力が必要だった。
烏丸 奈緒:私たち付き合ってること、彼は知ってるの?
田中 楓:言ってない。
烏丸 奈緒:なんで言わないのさ!言えばそれで終わりじゃん!
田中 楓:別に聞かれたわけじゃないし。それに家の住所まではっきり言ったわけじゃない!このあたりだって言っただけ!
私は自分で事態の流れを考えるしかなかった。つまり、楓君は私と付き合っていることを周りには言っておらず、そんな中友達から自分の彼女への好意を聞き、家のおおよその場所を伝えた。確かに起きた事実はそうだ。そうだけれども…
烏丸 奈緒:え…このあとどうなるの?
田中 楓:告られるんじゃん?
私はそれまでの経験もあったからか、恐怖心でいっぱいになった。家の前を通るということは、いつか彼と出くわすかもしれない。もしくは家に尋ねてくるかもしれない。人は、何をするか分からない。恋心といえば聞こえがいい。でも、された側の恐怖は消えないものだ。今にも玄関のチャイムがなるのではないかと思い、物音を立てないように小さくなった。すでに監視されているような気さえした。
それと共に、楓君の望む展開がさっぱり分からなかった。彼氏彼女とは、お互いが好きで、お互いを大切にするものだと思っていた。彼女がモテるのが嬉しい人もいるのかもしれないが、今回に限っては友達にも、私にも不誠実な言葉と言動じゃないのか。私にどんな感情になってほしいのか、どんな言葉を言って欲しいのか、今度はそんなことが頭をいっぱいにした。
烏丸 奈緒:告白されてもいいんだ?
田中 楓:それはしょうがないじゃん。
“それ”とは何なのか。誰かが誰かを好きになることなのか、私が告白された相手に乗り換えることなのか、このあたりで私は思考が停止した。
烏丸 奈緒:まぁ、そうか
これ以上、考えたくなかった。多分、私は悲しかったのだと思う。言いづらい、照れ臭い感情で友達に言えなかったのだろうと飲み込める部分はある。だが彼氏彼女になっても、駆け引きのように気持ちを確かめないといけないものだとは知らなかった。守ってもらえると思っていた。結局、どうなろうと恋愛の登場人物は自分と相手だけではない第三者がいるし、心は曝け出して馬鹿を見る可能性があるようだ。自分の心は自分で守らないといけないし、相手の反応を読まないといけない。
この時、私は馬鹿なフリを貫き通していたため、こんな話をして、万が一自慢だと思われたら、ましてや誰かの好きな人だったらと思うと、女友達にはとてもじゃないが相談できる状態ではなかった。女同士は怖い。私の問題は私だけで解決するべきだと思った。交友関係を優先する選択しかなかった。そして好意を寄せてくれた彼の立場が悪くなっては、今後の彼が傷付くのではないかと、それが私の行動と言葉が発端であるのは避けたかった。恨みを買いたくはないし、ただ単純に自分のせいで人が傷付くのは辛い。
楓君とはその後気まずくなり、振られてしまった。今考えれば、続けようがなかった。私は彼の期待に応えられる自信もなかったし、会っても話しても、求められる模範解答を考えてしまっていた。