友達 1
雨の日の放課後。今日は図書委員の仕事もあったから、帰る頃には外はすっかり暗くなっていた。
バスで帰るのはこれまた憂鬱になる時間だ。学校から駅までは友達と帰るが、駅から自宅近くまで乗るバスは、ちょうど仕事帰りの人達と時間が被ってしまい混雑する。
(うーん、ちょうど座れないくらいの位置だなぁ。)
バスの本数はあるものの駅前のロータリーにはどんどん帰宅者が増えて、行き先の違う隣のバス停の列と並ぶほどだった。ここで乗るのを1本遅らせても、次のバスにゆったりと乗れるわけではない。
ブロロゥ…キーッ…
ようやくバスが到着した。ゆっくり乗車が始まる。乗車口のステップを上がりながら、車内を見渡し混み具合を確認する。
(あ…)
後方の2人掛け、通路側にサッキーが座っている。私は考えるより先に足が動いた。彼の横に立ち、発車を待つ。彼の顔をちらと見ると、目を瞑っている。
トントン…
彼の肩を少し叩いてみると、彼はビクッとしてこちらを見た。
「ぅお!びっくりした!」
「ごめんごめん、久しぶりー」
「あぁ、久しぶり〜。あ、座る?」
「あ、いいよいいよ。混んでるし。」
「そ?まぁ俺すぐに降りるから…てか、どこまで乗るの?」
「日向町5丁目…って分からないよね。」
「あ〜、日向町かぁ、ちょっと遠いね」
「サッキー並んでたの気が付かなかったや。どこまで乗るの?」
「俺は東村上。だから先に降りるわ。」
「隣町だよね?意外と家近いねぇ。」
「発車します(車内アナウンス)」
ブロロゥ…
バスが発車し、車内が揺れる。立っている人も多い車内でちょっとした揺れが波になっていく。私は吊り革をグッと握り耐えていた。
「おっ…大丈夫?」
「だ、大丈夫!ごめん、ありがとう。」
肩に掛けていた鞄をサッキーが支えてくれたので、体勢を整えられた。不意な接触に私はまたしてもドキッとしてしまった。
「そういえばサッキー、連絡先教えてよ!」
「え、あ〜いいよ〜。リアンでいい〜?」
リアンとは、電話番号を知っている相手とチャット形式で会話が出来るスマホのアプリだ。最近ではリアン内で直接繋がることも可能になったため、電話番号を直接検索し、相手が承認すれば繋がることも出来る。
「いいよー!ありがとう!」
ピピッ
「あ、アイコン銀杏の木のやつ?」
「そうそう、俺ん家にあるの〜」
「へぇ、綺麗だねぇ。」
ブロロゥ…
混み合う車内では、あまり話すのもマナー違反。私たちは連絡先を交換した後は話さなかった。彼はまた目を瞑って眠っており、私は窓をぼんやり見つめていた。明るい車内が反射して、自分の顔が見える。
(髪型、変になってないかな。姿勢…悪い?)
人から見える自分の姿を、こんなところで気にしていた。私は高揚した気持ちを抑えるため、口の中、頬の内側を噛んで平静を装っていた。
「次は〜東村上3丁目〜(車内アナウンス)」
サッキーの降りるバス停だ。起きる気配がない彼の肩を叩いて起こす。
「んん〜…あ、次?ありがと〜う…」
「めちゃくちゃ眠ってたねぇ」
「ん〜、寝てはないよ〜」
ガタッ…プシュー…ブロロゥ…
サッキーはあの日の朝のように、短く「じゃっ」とだけ言ってバスを降りて行った。眠いのか、ちょっと怒っているのか、そんな表情の彼に「うん、じゃあね」とだけ返した。
バスの中はだいぶ人が少なくなった。私はサッキーが座っていた席におさまり、彼と同じように目を瞑った。
「ただいまぁ〜。」
玄関の鍵を閉めながら、夕食の準備をすすめる母に向かって帰宅を伝えた。
「おかえり〜。雨大変だったねぇ。」
「足濡れちゃったぁ。着替えてくる〜。」
「お風呂も先に入っちゃいなさーい。」
自室に鞄をおろし、制服のポケットからスマホを出す。通知はなかった。
(サッキー、普段携帯見る人かなぁ…)
連絡先を交換したのはいいが、特に連絡をするような話題もない。それでも今日の私は、自分でも「らしくない」と思うほどに行動的だった。
ぽちぽち…
(や•っ•ほ〜•さ•っ•き•は•連•絡•先•あ•り•が•と•う。よ•ろ•し•く•ね、と…)
無難なお礼と挨拶だけ書いて送った。すぐにスマホをベッドに放り投げ、お風呂場に向かった。
お風呂で髪を洗いながら、
(もしかしたらもう返事が来ているかも。)
なんて考えて、いつもより早く手が動いた。お風呂に浸かりホッと一息吐きながら、
(でも疑問系で書かなかったから、返事スタンプとかだけかも…)
と、サッキーからの返事の内容を想像していた。彼の言葉を早く聞きたくて、期待して、不安になって、ちょっとだけワクワクしていた。
お風呂から上がり、足早に自室に戻る。