愚かさ 3
手をぎゅっと握って涙を誤魔化した。今すぐ叫んで体からこの気持ちを追い出したかった。
「よりは戻さないの?」
「戻さないよ。別れたんだし。」
「えー、そもそもなんで別れたの?」
「うーん…。なんだろうね。」
(…なんだそれ。)
要が言葉にしないと何も分からない。分からないままでいることが、より一層私の胸を苦しくさせた。
「彼女からは何も言われなかったの?」
「戻りたいって言われたけど、断った。」
「…もう好きじゃないの?」
「…別れたって、いきなり気持ちが100から0になる訳じゃないでしょ。」
私にはその気持ちが分からなかった。別れたら0になるんだと思ってた。私はそうだったから。無慈悲に突き放すような人も嫌だけど、今回の件を真面目に考えていたのなら、まだ戻れるくらいに相手のことを好きなんじゃないのか。要がどんな気持ちなのか、全く読めない。
「そういうものなのか。」
「奈緒は誰かと付き合ったことないの?」
「あるけど…うーん。自然消滅みたいな感じだし。よく分からない。」
「どんな奴だった?」
「え?んー…」
どんな人だっただろうか。あまり考えたくないなと思ったけど、思い返してみる。でも具体的な言葉にするのは難しかった。
「照れてるところとか、素直じゃない感じは可愛かったかな。」
「へぇ〜。どっちから告白したの?」
「それも、なんていうか、自然に?話し合い?かなぁ。」
「なにそれ。」
「いやだから、2人でいる時に、好きだよって言い合ったというか…。いいよもう!そんな感じだったの!」
本当は、その日のことはよく覚えてる。帰り道に人から見られない公園に行って、何か話す訳でもなく、一緒にいて…。距離が近くなって、お互いに好きって言って、初めてキスをした。その日はドキドキしてなかなか眠れなかった。2人だけの隠し事みたいで、嬉しかった。
でも、それから起きたことがセットになって記憶を塗り潰してしまう。だからあまり思い出したくないんだ。あの日は幸せだったのに。
「かっこよかった?」
「かっこいい…とは周りに言われてたかな。私は可愛いと思ってた。」
「なんだそれ。」
「うーん…。うん、まぁでもかっこよかったよ。」
「…そうなんだ。背高かったの?」
「え、うーん、背はあんまり。要くらい高いって訳ではないかな。体格も。スラーっとした感じ?」
「へぇ。」
いつのまにか私の話になっている。私もそんなに掘り下げられたくないし、この話は終わりにしたい。私も元カノのこと聞いたほうがいいかな。でも、今は聞きたくないなぁ。
「要はさ、なんでそんなに学校遅刻するの?」
「えー、起きれないから。」
「寝るの遅いの?」
「そういうわけじゃないけど、とにかく眠くてさ。」
「お母さん怒らない?」
「仕事してるから俺より全然早く家出るし。」
普段通りの会話になってきて少し落ち着いた。
要とはその後公園で別れた。家に向かっている私は、自分でも思うくらいとぼとぼ歩いてる。1人になると、また気持ちが落ち着かない。
(要に、特別だって思われたいよ…)
特別じゃなかったことが苦しい。そもそも、要は私を好きなんじゃないかと勘違いしてた。期待してた。好きな人が、他の人を好きだと思ってた。今は違うのかもしれないけど、まだ大切だと思ってるのが苦しい。手繋いだのも、一緒に帰ったのも、要にとっては何でもないことだったのかな。彼女がいるのに、そんなことする要は軽い男なのかな。まんまと好きになってしまった私は馬鹿なのかな。悪い人に騙されやすそうだね。でももうはっきり分かってしまう。
(…どうしよう。…好きだよ、要。)
涙が出た。外にいるのに、ぼろぼろと両目から出てくる。どうしよう、どうしよう。
分からない。怖い。多分良くない。きっと好きになっちゃいけない。でも涙がとまらない。誰か助けて。知らない感情で心がいっぱいになって限界だった。
携帯でリアンを開いて、送信する
烏丸 奈緒:会いたい。行ってもいい?