愚かさ 2
ふざけて言ってるのかと最初は動揺した。文字で送られてきたからこそ、私はすぐ冷静になれたと思う。会って話したり、電話で聞かなくて良かった。きっと動揺が声になってしまったと思う。
(…かもしれない、って何だ?)
烏丸 奈緒:かもしれないってどういう事?確認はしてないの?
澤木 要:確認はしてないけど、1週間遅れてるって言われた。
微妙なラインだと思った。多分要も冷静になれていないのではないか。しかしこれは、話題としては重すぎる。私の知識だってそんなにある訳じゃない。ひとまず気になったことを聞いてみる。
烏丸 奈緒:確かめてはないのね。そもそも定期的にくる子なの?
澤木 要:分からない。ただ、その時はいつも体調悪そうにしてる。
烏丸 奈緒:微妙なとこだね。ちなみに同い年?
澤木 要:1つ下
(はぁ?!中3?!)
私が頭で駆け巡ったのはその女の子の気持ちとか置かれている状況のほうだった。受験生でこの時期にこんなことが起きたら気が気じゃないだろう。先の未来が一気に違う方向に進むかもしれない。そんな状態の女の子を、話を聞いてしまった以上放っておくことも出来ない。まぁ、部外者の私が考えてもどうすることもできないのだが。それに、こんな不確かな状況で話されても、全員今すぐ何か出来るわけじゃない。
烏丸 奈緒:受験生じゃん!なにやってんのさ!
澤木 要:別れる前のことだし、俺以外にいないって言われてさ。どうしたらいいか分からなくなって。
第三者に話したのは、本当にどうしようもなくなったからだろう。とにかく一緒になって慌ててはいけない。でも、憶測で話は進められない。
烏丸 奈緒:とにかく、不確かな状況なら何も先に進まないから、元カノと会って話して確かめなさい。責任うんぬん言って押しつぶされる前に、事実とそうじゃない事の確認をしなさい。買いに行くのが気まずいとか元カノが言うなら私が買いに行く。
自然と厳しい口調になった。これが私に出来る精一杯。私だって買いに行くのは恥ずかしい。けど、そんな事言ってられない。偽善だろうが何だろうが、これは緊急事態。
澤木 要:分かった。言ってみる。ごめん、ありがとう。
一旦話が終わり、私は就寝することにした。要が周りと違ってちぐはぐに見えていたのはそういう経験があったからなのかもしれない。体格も声も大人なのに、心が子供のままの中途半端な存在の私たちだから、次会う時に同じ人ではいられない。同じ自分なのに、考え方も、感情の出し方も、変わっちゃう感覚。
そんな事を思って、少し苦しくなった。苦しくなる気持ちを追い出した後は、事実確認後にどの手を打つか、何を聞くべきがを知識のない頭で精一杯考えた。でも私だって所詮高校1年生。たいしたことも考えられず、そのうち眠ってしまった。
朝になって、現実だったのかリアンで確かめた。しっかりやりとりが残っており、気持ちが沈む。でも要と元カノのほうが気が滅入ってるだろう。
その日、要は学校に来なかった。すごく心配をしたけど、こちらから連絡も取りづらい。
(元カノに会えたかなぁ)
要から連絡が来たのは次の休みだった。
澤木 要:公園来れる?
あの話の続きなのは分かってる。緊張しながら公園に向かった。どんな顔してるのか。私も、どんな顔で会えばいいのか分からなかった。
(どうしたら、傷付かない…?)
公園に着くと、ベンチに要が座っているのが見えた。少し走って近づく。
「おまたせっごめん!待たせた!」
「よぉっ。待ってない。こっちこそごめん。」
要は力無い笑顔で迎えてくれた。その顔を見て、私は少し焦った。多分顔に出ていたと思う。できるだけ普通の顔をしてベンチに座る。
「あの話、でしょ?どうだったの?」
「あぁ、うん。…結局さ、奈緒に話した次の日にきたって言われた。」
「え?!…じゃあ遅れてただけってこと?」
「結論、そう。」
「そっかぁ…。良かったって言って良いのかわからないけど、良かったぁ。ホッとしたぁ!」
緊張していた体から、一気に力が抜けた。
「いや良かったでしょ、向こうにとっても。」
「それはそうだろうけど…」
力ない笑顔と言ったが、今度は機嫌の悪そうな顔で話す要の態度に、釈然としない気持ちになった。
「ちょっと待ってて。」
そういうと要は立ち上がり、自販機に向かった。缶コーヒーを2つ買って戻ってくる。
「はい。」
「え?あ、ありがと。」
「こっちこそありがと。ごめん。」
「いいよそんな。…あんまり周りに話しづらいことだったもんね。」
「まぁねぇ。ちょっとどうしたらいいか分からなくなった…」
「他の人に言ってないし、これからも言わないよ。そこは安心して?」
「うん、ありがとう。」
やっぱり、ある程度遠い存在だから話してくれたのかな、と思った。どっちの結果だったとしても、近い人に言ったらその後の付き合いが変わるかもしれない。じゃあ、私って、遠い存在なのかな。
「私に相談した後、元カノには会ったの?」
「会った。そしたらさ、普通に言われて…。結構けろっとしてて、こっちが真剣に考えてたのに、俺馬鹿みたいだった。」
「あ〜…、女子ってまぁそういうとこもあるかも…」
「なんだよって、思っちゃったんだよ。」
「…好きだったんだねぇ。」
「まぁ、そりゃあね。」
またちょっとだけ、胸がぎゅっとして、喉に何か詰まったような感じがした。
あの日手を繋いだ時も彼女がいて、一緒に帰って、送ってくれた時も彼女がいて、それで、その彼女のことが好きで大切だった。
(大切だから、こんなに悩んだんでしょ…?)
鼻が少しツンっとして、そのツンっとする感覚が目にも移った。
(私は、こんな話ができるくらいに遠いのかなぁ…)
そう思ったら、涙で視界がちょっと歪んだ。なんでこんな時に、私が泣きそうになってるんだ。