友達 6
「はぁ、はぁっ…」
「がんばれー!もう少しだぞー!」
立ち漕ぎをしながら、必死に坂道を上る。後ろにはサッキーが荷台で悠々としている。私がじゃんけんで負けたから仕方ない。しかも自分で提案してしまったから引くに引けない。
途中から立ち漕ぎじゃないと上るのは辛いだろうと思い、持っていたジャージをスカートの下に履いたが、序盤ですでに立ち漕ぎだった。ペダルが重たくて、ハンドル操作も危うい。
「怖い!ふらふらしてる!田んぼに落ちる!」
「落ちないように頑張ってるじゃん!」
「俺だってバランスとってるよ!」
「もう無理ーっ!交代ー!」
「え〜!まだ全然じゃん!」
「女の子がやることじゃなーい!」
「ははっ。確かに〜!」
いつものへらへらとした口調になる彼。言い合いしてる時間が楽しくて頑張って漕ぎ続けたが、さすがに中盤で足をついた。すでに足が限界を迎えていた。
「はぁ…はぁ…いやもう、これは厳しいっ…」
「はははっありがと〜。」
「足が辛いよ…はぁ。ちょっと、自転車、待ってて…はぁ。」
「おう。」
自転車を降りて、サッキーがにこにこしながら隣に立った。ハンドルをサッキーに渡して、自分の膝に手をついた。下を向きながら呼吸を整える。前を向くと、サッキーが自転車に跨って、にやっとしながら言った。
「今度は俺が漕ぐ!」
「えー、きっついよ?」
「やりたい!」
荷台に跨り、サッキーの腰に手を当てる。男の子だけど、結構細いなぁと思った。
ペダルを一踏みすると自転車が勢いよく前に進んだ。と同時にサッキーが立ち漕ぎになって、私は慌てて体勢を立て直した。
「うわ!」
「…やべっ。ちょっと、きついかも…はぁっ。」
「ほらねー!でしょー?」
「…はぁっ。重いっ!」
「なんだとー!」
また言い合いながら、坂を上る。信号についたところで二人乗りはお終いにした。サッキーがそのまま自転車を押してくれた。
私たちは足が疲れたからと言って、近くの公園で休憩することした。ブランコとベンチしかないが、敷地は結構広い公園。入り口に自転車を停めて、ベンチに並んで座った。
「疲れた〜。」
「私も〜。後ろに乗る方は結構ヒヤヒヤするんだね。」
「だろ?!俺かなり怖かったもん!」
「じゃあ代わってくれても良かったじゃーん!」
「だってじゃんけんで勝ったもん!」
前と後ろの感想を言い合いながら喋った。なんだか最近の嫌なことが全部なくなったみたいに気持ちが軽かった。
「てか烏丸さんって、結構ノリ良いんだね。」
「え?そ、そうかな?結構こういうの、楽しいかも。」
「分かる!楽しいよねぇ。」
少し間をおいて、彼が話す。
「ねぇ。さん付けじゃなくて、下の名前で呼んでいい?」
「え?あ、いいよ?下の名前知ってるっけ?」
「分かるよ。奈緒でしょ?」
名前を呼ばれて、少し照れてしまった。
「っ…!呼び捨てかぁ」
「えっ。あ、奈緒ちゃん?の方がいい?」
「?!うーん…ちゃん付けはなんだか、恥ずかしいなぁ…」
「じゃあ、奈緒ね!」
照れて上手く言葉が出なかった。上手く頭がまわらない。
「私もサッキーのこと下の名前で呼ぼうかな…。要!」
「?!」
「あ、要くんのほうが、良い?」
サッキーは両手で顔を隠した。夕陽が眩しいのかな、と思ったけど、すぐに私は私がした恥ずかしい間違いに気がついた。
「…いやそっか!サッキーのままで良いか!そもそも、あだ名あるんだし!ごめんごめん!」
勢いで要なんて呼んで、急に恥ずかしくなった。あだ名があるんだから、わざわざ名前で呼ぶ必要がない。顔が一瞬で熱くなった。きっと夕日並みに赤くなっていたと思う。サッキーが指の間から目線だけこちらに向けて言う。
「いいよ…要で。」
「え、いいの?」
「俺も呼び捨てにするんだし。」
「じゃあ、要ね!」
「おう。…あんまり呼ばれ慣れてないから恥ずかしい!」
「あははっ。良いのか悪いのかどっちなの。」
照れてる彼が、ちょっと可愛かった。私も恥ずかしいけど、なんだか距離が縮んだ気がしたから嬉しかった。
「俺そろそろ帰るわ!」
「あ、うん!そうだね!私も帰ろ!」
「じゃあねー要ー!」
「ははっ、じゃあね奈緒!」
そのまま公園で別れて、私はいつもより急いで家に向かった。時間に焦っていたわけではなく、なんだか体が落ち着かなかった。体を動かしていないと、少しでも気を緩めると、顔がニヤけてしまう。誰かに見られてしまう気がした。
家に着いて、すぐに自分の部屋に入った。制服のままベッドの上で丸くなって横になった。
(こんなの何でもない。ただの、呼び方…!)
胸がキュウッとなる。キュウッとなった後、じわぁっと温かい、甘い気持ちが広がった。
(要…)
心の中で呼んだだけで、なんだか幸せな気持ちでいつぱいになった。