贈り物
──少なくとも、僕は光の中に居るのが好きではなかった。
『私の可愛い、可愛い子……』
夢で見るその人は、顔だけが見えなかった。長く白いワンピースを身に纏い、紺のカーディガンで眩さを打ち消している。そしてその声は穏やかで優しくて、包むように柔らかくて……目が覚めた時の絶望を感じたくなくて、大好きなのに大嫌いだった。
「おい、起きろ! 飯は作っておけと言っただろ! なんでその程度も出来ねぇんだよ、なぁ!」
「ごっ、ごめんなさいっ」
「いいからさっさと作れよ! 無価値なてめーの利用価値を生み出してやってんだからよぉ!」
「は、はい、今すぐ作ります……!」
父は男手一つで僕を育ててくれた。だから、父は絶対の存在。僕なんかが逆らっちゃいけない。
「あくしろよ……ったく、使えねーな」
父に見捨てられたら、生きていけない。義務教育を受けさせてくれた恩も返せていない。もっと、もっと頑張らなきゃ。……そう、思うのに。
「……もう、嫌だ」
冷たい床を見つめ、誰もいないキッチンで呟く。握った包丁が、震えた。毎日毎日、行きたかった高校にも行かずに働いてきた。18歳で父と自分を養えるだけ稼ぎ、家事も自分でやってきた。父はと言えば、食べて寝て飲んで、煙草も好きに吸って投げ捨てるだけ。分かっている。こんなの親じゃない。そうして夢で会う彼女を思い出し、閃く。
「そうだ、もう、寝よう。ゆっくり、眠ろう」
静かに刃を首へ向ける。自らの喉を生温い液体が伝った。手に力をいれた瞬間、あの声が聞こえたような、気がした。
『私の可愛い、可愛い子……貴方に、とっておきの贈り物をあげましょう──』