面接で自分を「潤滑油」と例えた奴の正体がスライムでマジの潤滑油だった件
「えー、それでは面接を始めます。本日担当の三浦です。よろしくお願いします」
「田辺です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
さーて、今日も今日とて同じような話聞きますか。
オレ、田辺健太郎。三十五歳独身。
昨年から配属された人事部だけど、正直言って向いてない。言っちゃ悪いが退屈、超つまらん。
だってみーんな同じような話しかしないんだもん。
やれ環境がーだの、やれ多様性がーだの。いや、分かるよ? 大事だよね、うん。
だけどさ、何か個性が見えてこないっていうか……社会の「答え」みたいなものを暗記して話してるだけに聴こえちゃうんだよなぁ。
まあ、しょうがないと思うけどね。変に自分らしさを出して減点されるよりは、ニュートラルな存在ですってアピールすることで無難に終わる方がマシだって思ってるんだろうし。
うちみたいな零細企業に来てくれるだけ、ありがたいと思わないとなー。
「次は田辺から」
おおっと、今度はオレが訊く番か。適当に流しててなんも聞いてなかったわ。
えーと、オレの文言は……
「……では、あなたを物に例えると何だと思いますか」
自分で質問しておいてだけど、何だよこの質問。企業は就活生に何を求めてこの質問をしてんだよ。意味ないだろ。
就活生もさ、大体スポンジか潤滑油の二択しかないのかよってくらい一辺倒なんだよ。
もっと他との差別化図っていかないと印象に残らないでしょ。
「そうですね……潤滑油、ですかね」
ほれ見ろ、この子も潤滑油パターンだ。
きっと「組織の潤滑油として円滑なコミュニケーションを~」的なことを言うんだろうな。
そりゃ気が利くのはいいことだけど、この手のことを言う人は単に主体性に欠けているだけのことも多いからなぁ。イマイチ判断出来ない。
「見て下さい。わたし、すごくヌルヌルになることが出来ます!」
そう言って、就活生は溶けだしたっておいおいおいおい!
「ちょちょ、ちょっとキミ、大丈夫!?」
「え? ああ、はい大丈夫です!」
いやいやいや大丈夫じゃないでしょ~それ!
柔らかいの範疇をとっくに超えちゃってんのよ。
人間には到底出来ない動きだよ? 関節外す系じゃなくて皮膚爛れ落ちる系だよ?
「言い遅れましたが、わたしスライムなんです!」
「スライム!?」
就活生の身体は原型を留めず、どんどん粘性のある液体になっていき、色も青に変わっていった。
「あわあわあわあわ」
「ぶ、三浦部長!」
部長はあわあわ言いながら腰を抜かしてしまっている。
とりあえず、ここはオレが場を落ち着かせねば……
「昨今はスライム業界も就職難でして……いっそのこと転職しようと、一念発起して参りました」
「あぁそうなんだ……って、なに受け入れそうになってんだオレは!」
おかしいだろ! なんだよスライムって! ゲームじゃないんだから!
ていうか、この子どっから声出てんだよ!
「と、とりあえず、元の姿に戻れるかな! 部長もビビっちゃってるし!」
「もとのすがた……?」
「ああややこしかったね! ごめんね!」
この子にとっては今のスライム状態が元の姿だ。
「さっきの『就活生』の姿になれるかな?」
「ああ、そういうことですか! はい!」
スライム就活生(仮称)は先ほど人間から溶けだしてスライムになった工程を逆再生するようにして、人間の姿に戻った。
「あの……やっぱり、スライムの採用は難しいでしょうか?」
「え? いやまあうーん……」
スライム就活生は不安そうな表情になる。
正直、スライムを採用した前例が無いし、似たような例もないだろうから、判断が出来ない。
これを最終面接に挙げても、社長が許すかどうかも分からん。
「わたし、御社のこと良く調べてきました」
「……」
「調べれば調べるほど、わたしにピッタリだって思ったんです。絶対御社で働きたいなって思ったんです。なぜなら……」
スライム就活生はおもむろに鞄からあるものを取り出して、
「―――御社ではローションを製造・販売しているからです!」
そう言ってスライム就活生はうちの商品のローションを掲げた。
「御社は長年にわたり試行錯誤や改良を重ね、様々な用途や肌に合わせたローションを開発してきました。わたしたちスライムも、御社の商品をよく使っています」
「え、使うって……」
「食用、保湿用……スライムによりけりです」
「そ、そうなんだ……」
意図しないところにまさかの市場があった。
「わたしは御社の商品をもっと色んな人たちやスライムたちに使ってほしい。そう思って、御社を志望しました」
そういって、スライム就活生は立ち上がって、
「ぜひ、御社で働かせてください!」
スライム就活生は思いっきり頭を下げた。
下げた反動で、首がもげた。
「わわっ! すみません!」
スライム就活生は慌てて床に座り、首から液体を伸ばして頭だった液体と融合する。
「分かった」
「え?」
オレは椅子から立ち上がり、スライム就活生……いや、須良さんの前に跪いた。
「キミの熱意、伝わった。後で通知されると思うけど、とりあえず合格ってことで」
「えぇっ! いいんですか!?」
須良さんはパァっと明るい表情になった。
「社長との最終面接が残ってるから、ぬか喜びはしないようにね。ただ……」
「ただ?」
「オレは、キミが会社に必要だと思った。ぜひ一緒に働きたいって思ったんだ」
オレは須良さんの目を真っすぐ見て、そう言った。
うちみたいな零細企業にこれだけの熱意をもって来てくれる人材は中々いない。
スライムだからって不合格にしたら、勿体なすぎる。
「わたし、頑張ります! 絶対社長にも認めてもらって、御社に入社します!」
「頑張ってください。応援してます」
そうして、退屈になるはずだったいつもの面接が、終わった。
☆☆☆
あれから月日が経って、最終面接の日。
……須良さん。大丈夫かな。
人事部の面接官という立場上、誰かに肩入れするもんでもないと思ってはいるが、流石に気になる。
「田辺さーん!」
「須良さん……!」
社長室のある方から駆け寄ってきた須良さん。
あのテンションの上りようってことは……
「採用決定らしいです!」
やはり、願った通りの結果だったようだ。
しかも内定ではなく決定。
須良さんの持つスライムという要素と、ローションを扱ううちの企業イメージが上手く合致した結果だろうか。
「社長に相当気に入られたんじゃないですか?」
そう訊くと、須良さんはむふぅと誇らしげに胸を張って、
「はい! ぜひうちの広報として来てくれって! スライムの姿を見ても喜んでおられました!」
「そ、それは何よりだね……」
これまであまり見ないようにしていたが、人間の姿の須良さんは非常に美人だし、何よりその……胸が大きい。スライムだからなのか結構揺れるているし、目のやり場に困る。
まあこのビジュアルだからこそ、社長は広報として採用したんだろうけど。
「しかし、分かっていただけましたかね……」
「な、なにが?」
何か心残りなことでもあるのだろうか、須良さんはうつむいてる。
「わたしを物に例えると、潤滑油だということを……です」
「……大丈夫だと思うよ。十二分に伝わってるハズだから」
「本当ですか!? うれしいです!」
例えっていうか……潤滑油そのものだし、キミ。
須良さんほど潤滑油という言葉が似あう人は、スライムにはいてもオレたち人間にはまずいないだろう。
しかし、意味がないと思っていた「あなたを物に例えると?」という質問も、案外必要かもしれないな。
なぜかって? そりゃあ、そいつがマジの潤滑油かもしれないからだ。
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