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招かれざる客(5)





 店の中は木の匂いがした。きちんと整理整頓された店内は、入って目の前にカウンターがあり、その奥の壁に以前見た時と変わらず店主でもある店名が掲げられている。


 雑貨屋は店の奥へ引っ込んでしまったので、ミュエは手持ち無沙汰に商品を眺めた。

 無駄遣いをしたくは無いものの、何かを買わなくては退店しづらい。

 些細なことを気にするような器の小さい人間とは思っていないが、ミュエの性格の問題だ。色々と細やかなことを気にしてしまう。ゆえに、人間と関わりたくない。


 ヴィヴィが訪れてから、むしろ面倒事が増えたような気さえする。


 そんな文句をたらたらと心に浮かべていれば、小さく静かな店内に響く足音が自分ひとつしかないと気付いた。

 まさか立ったまま気を失っているわけじゃないだろうな、と視線を向けるとヴィヴィは雑貨屋に案内されたまま、その姿勢を崩さず固まっていた。


 丸く開かれた目の先を追うと、カウンター奥の堂々とした旗がある。


 何がめずらしいのか。

 美しく刺繍が施されたデザイン。

 1枚板のカウンターと同等の大きさがある迫力。

 ミュエも初めて見た時には目を奪われたが、ヴィヴィほどではない。


 まだ出会って初日だというのに、挙動不審な場面を多々見てきたせいかまた予想外なことをしでかすのではないかとほんの少しだけど不安になって目を向けていると、奥から救急箱を持った雑貨屋が戻ってきた。


 ミュエとヴィヴィ、2人して佇んでいる姿を見て雑貨屋もまた怪訝げに佇む。


 3人もいて誰もが声を出せずにいる。

 雑貨屋だけはひどくこの場を奇妙に思っているに違いない。


「……なんか、物珍しいものでもあったかい」


「いや……私は……」


 なぜかその原因がミュエにあるかのように、雑貨屋はミュエを見る。

 ローブを被っているのにその視線はちくちくと刺さって、ミュエははっきりと自分にせいではないと言えなくなる。


 アーランドがいれば、こんなことにはならなかったのに。あいつが言ったように、あの男のほうがヴィヴィよりも優秀なのは間違いない。


 ヴィヴィが何か言ってくれることを期待して目を向ければ、旗に向けていた瞳を今度は床に落としていた。


「……? おい、」


「あ、あの、わたし、ごめんなさい。帰ります……!」


 ミュエが声をかければ、今度は急いで店を出ていってしまう。

 止める間もない突然の出来事に置いていかれたミュエも雑貨屋も、ぽかんとしてドアベルの名残を聞いていた。


「……打ちどころが悪かったのかね」


 私に聞くな。

 ミュエはそう言い返したかった。


「この旗が、……気に食わなかったのか」


「いや、そういう、わけでは」


 ないと思うけど、あるのか。

 雑貨屋は店内を見回して、旗を見て、それからため息を吐く。

 持ってきた救急箱をカウンターの上に置いて、雑貨屋はそばにあった椅子に座った。


 ミュエは店内を見回す。

 動きを止めたドアベルも、商品も、天井も、床も、カウンターの上も、旗も見て、でも「それじゃあ私もこれで」と言い出すことができない。


 いっそ出ていけと言ってくれたら助かるのに。


「あの子は誰だい」


 話をするのか。


 沈黙が破られたありがたさはありつつ、ますます退店できない雰囲気にミュエはぱしぱしと瞬きをする。

 返事に悩んだ。

 アーランドの後任だとか、土地の調査だとか、勝手にいいものか。

 もう面倒ごとはこりごりで、なるべく安寧に過ごしたいミュエとしては余計なことを喋りたくない。


 言い淀めばヴィヴィの奇行を肯定する気がするものの上手い返しが思いつかない。


 おまえ戻ってこい! 自分で言うべきだろう! 

 この街で調査やら何やらするのであれば、アーランドのように挨拶したりこの街に馴染んだりするべきなんじゃないのか!?


 隠し事をしてますと顔に大きく書いておいて何も言わないミュエを、雑貨屋は追撃することはしなかった。


「この旗、昔は外に出してたんだけどね」


 外からも目立つように刺繍をして、美しく飾って。

 雑貨屋ヴィヴィアンの目印としていたと、旗を見ながら語り出す。


 昔を懐かしむ眼差しが鋭くなったのは、


「ヴィヴィ」


 ミュエを置いて、逃げて、姿を消したあの子の名前を、口にした時から。


「私の娘」


 雑貨屋は指先で旗を撫でて、伏せる目には後悔と絶望を滲ませている。


「この旗だって本当は燃やされるところだったんだ。それをぎりぎり取り戻して、今は外に飾ることもしなくなった」


 娘と旗に関係があるのか。

 何があったのか。


 ミュエは長く住んでいるくせに、ここに住む人間のことを知ったのはアーランドが来た数年前からだ。


 それ以前のことは、何も。

 リリーのことさえも。


 ミュエの黄金の目が雄弁に問いかければ、雑貨屋はふっと笑った。


「娘はもういない。領主の命令で連れていかれて、取り戻せなかったんだ」

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