招かれざる客(2)
アッシュボーンがゆらめく。
普段灰の塊であるこの魔物は、橋からこの家にかけて松明を灯しており、来訪者を案内することもさ迷わせることも可能だ。
ミュエは頬杖をついて静かに座っていた。
デューは淡々とゆりかごを寝室へと押し込む。そこへ彼が入ることはできないので、ぐいぐいと文字通りゆりかごでゆりかごを押して、奥へ。
そして、戻ってくるとやかんで湯を沸かし始める。もてなすことに慣れていた、彼が来ると気づいた時と同じ仕草。
しかし、もうアーランドはいない。
旅立ってしまった。
なら、わざわざロマジカの森まで近づいてまでこの怪しげな家を尋ねる人間とは誰だろうか。
街の人間とは考えにくく、ミュエの頭にはひとつの予想があった。
黄金の目は静かにドアを見つめた。
アッシュボーンの炎がだんだんと暖炉の中へ収まっていくのが近づいてくる合図だ。
デューがカップに紅茶を注ぐ。
ひとつはミュエの前に。
もうひとつは、その向かい側に。
ソーサーがテーブルに着地し、準備が出来たと同時にノックの音がした。
少し待つが、ドアの向こう側ではミュエの許可を待っているようにドアノブにすら触れていない。
アーランドのような不躾な親しさに慣れていたミュエは、感心にも、居心地の悪さにも感じつつ、「入れ」と許可を出した。
それでもすぐにはドアが開かない。
ドアノブがかすかに揺れて、それからまた数秒。
ゆっくりと開いたドアの向こう側には、厚い雲に覆われた空と、黒いローブを被った人間が立っている。
外から入ってきた風がミュエの長い髪をさらい、黄金の目が細まると、睨まれたと勘違いしたのか来訪者の足が後ずさる。
荒れた風はあちらこちらから吹き、ローブを外せば今度は銅色の髪が空に散った。
癖のある肩よりも短い髪と、暗い緑の目。
年季のあるドアノブよりも錆び付いた赤褐色が、不安そうに揺れている。
「 ……寝ています、と、看板が……。起こしてしまって、申し訳ありません」
最近忙しくて忘れていた、アーランドのための看板。
それで、ためらっていたのか。
ローブの裾をつまんでひろげ、来訪者は美しく礼をする。
「はじめまして。……魔法師の、ヴィヴィです。土壌の再調査と、あなたの、お手伝いができればと思い、ご挨拶に来ました」
ミュエは眉間に皺を寄せる。
何のために来たのかと思えば、手伝いだと。
マンドラゴラや首のないデュー、暖炉ならざらざらと灰が擦れながら動くアッシュボーンを見ても驚かないところを見ると、魔物の住む家だと知っていて来たようだ。
アーランドのお節介か……?
はあ、とため息を着くと頭を下げたままヴィヴィの体が跳ねる。
可哀想なくらいに恐縮して、敵意も悪意も今のところ見えない。
簡単に追い返すことはできるものの、今しがた空になった瓶のことを思い出すとアーランドの置き土産をありがたく受け取らせてもらいたい。
ただしかし、アーランドのあの腹が立つまでの積極性があってこそ取れていたコミュニケーション。
かちり、頭を下げて硬直している人間にかける言葉が見つからず、結局、アーランドが不器用だと笑うような、「そこに立ってると邪魔なんだが」という、部屋への案内しかできなかった。




