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胡散臭い笑い(3)



 スケールを小さくすれば、引きこもりだ。


 ミュエは遠くでアーランドが遠ざかる足音を聞いた。魔法の反応があったのであの顔に似合わず強硬手段に出たようだがミュエの家にかけられた魔法には敵わない。

 彼から姿が見えるわけでもないのにシーツを被って身を隠していたミュエは、ようやく起き上がる。シーツに散らばった髪の毛を集め、無意味に指で梳きながらため息を吐いた。


 こんなことで解決する問題ではないとわかっているが、それでもミュエはアーランドを遠ざけることにした。自分が満身創痍だという自覚がある。アーランドが悪いわけではないのに変な八つ当たりをしたいとも思わなかった。

 しかし、そう思うことすら変なのではないかと疑心暗鬼に陥る。何も情報を得たくないし、自分でさえ不確かな感情を吐露したくない。


 ……これはアーランドのためにもなる。


 冷静な自分が、こんなことをしても解決しないぞと囁くが、責任をアーランドと二分することで腰が上がる。

 いつものように、あるいは今までのように過ごしてみようと考えている。人間のことなど少しも気にしていなかった頃の生活スタイル。

 朝寝坊をし、本がだめにならないように日向に干す、畑の様子を見に行き、散歩をする。赤ん坊が三人いるのでまったく同じにはならないだろうが、それでよかった。

 実際に赤ん坊がいつもお腹を空かす時間に自然と目が覚めても不快感はなく、むしろすっきりとしていた。アーランドを追い返したことにより落ち込んでいた心の首根っこを掴み、むりやり上を向かせながらリビングへ向かう。


 出迎えたのは、きゃいきゃいという楽しそうな声だ。エマーリリーの揺りかごから焼き立てのパンのような手が伸び、マンドラゴラの葉を捕まえようと必死になっている。

 目がないはずなのに、デューとアッシュボーンの視線が刺さっている気がした。

 何が言いたいのかわかっているが、彼らは言葉を持っていても口がないので声にはならない。知らない振りをしていつもの椅子に座ると、暖炉で沸いた湯をデューがポットに移した。そこからティーポットで茶葉を踊らせ、カップに紅茶を満たす。

 三段階の手順は、アーランドが持ち込んだものだ。ヤカンをテーブルに直接置くと、可愛い家なのにもったいないと言って無理やり置いて帰っていったもの。


「――……」


 彼を遠ざけても意味がないようだった。

 遠ざければ余計に意識をしてしまっている気がする。


 誰も喋る相手がいない。昔のように。

 自然が巡る音だけが響く自宅は時間の流れがミュエに似ていた。


「ぅあん」


 がたん、と音がした。

 ゆりかごを見るとデューとエマーリリーがマンドラゴラで綱引きをしていた。小さな手で葉を掴み、大きく開いた口に迎えようとしている。

 思いきり引っ張れば赤ん坊を傷つけるとでも思っているのか、デューは肩を竦めて力加減に悩んでいるようだった。ゆりかごの縁に立つもう一匹のマンドラゴラは慌てて友人に手を伸ばし助けようとしている。


 えん、いん、声は出るのに言葉をもたない赤ん坊。

 奇妙なことだ、とエマーリリーは彼らを見て思った。人間と魔物、魔族が関わって好転したことは歴史上一度もない。

 いつか、どこかで亀裂が生じる。

 ミュエはそれを知っているだけでなく、実際に目で見たことがある。


 ――とうとう泣き出したエマーリリー。

 驚いてデューは手を離したが、癇癪を起こした彼女はマンドラゴラを投げてしまう。あやすために抱っこをするが、さっきまで戦っていた相手だと赤ん坊ながらわかるのか揺らしても背中を叩いても泣き止まない。


 テーブルをくるくると回り、窓の外を見せてやり、それでも泣き止まないエマーリリーを、デューはとうとうミュエへ差し出した。

 首の断面から笑い声が聞こえそうだ。

 顔を真っ赤にして叫ぶばかりの赤ん坊は、顔を覗き込んだ拍子に流れた緑の髪を握り締めている。


 床が軋む音は、マンドラゴラがゆりかごを押した音だ。

 二人は静かに眠っている。

 くん、と髪を引かれて見下ろせば、新しいおもちゃを見つけたエマーリリーがころころと笑っていた。


 昔の穏やかさとは違うのに、心地よさを感じる。

 頭の中を少しだけ新しい風が洗った気がした。


 昨日よりも落ち着いた様子のミュエに、デューは扉を指でさして見せる。

 魔法をどうする? と問いかける意思にゆるやかに首を振った。


 




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