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夢の島  作者: 壇之浦太郎
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小さい頃から、ずっと夢見ていた。

大好きなこの”夢の島”の、一員になれたら・・・。


なんでも叶う、なんでも手に入る。

どんな願いも本物になる、希望に満ちあふれた”夢の島”!!


・・・さすがに、大人になるにつれ、そんなことはないって、わかったけれど(笑)


ただ、子供たちに、あるいは、そうと分かっている大人たちさえも、夢中にさせるこの”夢の島”という場所を、生涯の”仕事場”に出来たなら、最高だ。


そう思っていたのに・・・。


梨楽(リラ)は、手に持ったA4の用紙を眺め、何度目かのため息をついた。


用紙は、”ブライトアイランド”からのものだった。


“ブライトアイランド”とは、国内最大のテーマパークだ。かの有名なエンターテイナー、”マシュー・ブライト”が作り出した”島”をテーマにした、様々なキャラクターやアトラクションがゲストを待ち受ける、一日だけでは味わい尽くせない、超大規模アミューズメントエリアとして、世界中で大注目のテーマパークとなっている。


梨楽は先日、この”ブライトアイランド”の、ダンサー枠でのオーディションを受けたのだった。


梨楽は、幼い頃からこの”ブライトアイランド”の大ファンだった。


“ブライト”の制作したアニメを再現した、かわいいキャラクター、ファンシーな街並み、そして”ブライト”の想像力を遺憾なく発揮したショーにパレード!


高校生になる頃には、梨楽は”ブライトアイランド”の単なるファンから、”ブライトランド”の一員になりたいと、本気で考えるようになっていた。


しかし、人前で喋るのが苦手な梨楽が、”ブライトアイランド”の従業員(キャスト)になる道は、ひとつしかなかった。

幼少期から続けているダンスと新体操の経験を活かして、ダンサーとなることだ。


確かにダンサーでは、”ブライトアイランド”の主要なキャラクターにはなれない。

だが、彼らと一緒に笑顔を振り撒き踊るダンサー達を目標としたとき、梨楽には、「自分の居場所はここしかない!」と感じた。


感じたのだが・・・。


梨楽は、手元の紙を見て、また、ため息をついた。


何度読み直してもそこには、

-----この度は”ブライトランド”ダンサーオーディションに参加頂きありがとうございました!厳正なる審査の結果、今回は不採用とさせて頂きます。なお、”一般社員”での雇用募集は引き続き、下記まで・・・-----


そこまで見て、梨楽は用紙をクシャッと丸めた。


一般社員は、”ブライトアイランド”の経営を担う会社組織であって、”ブライトアイランド”のショーどころか、実際に島に行くことさえない。ただ、ビルの一室でひたすら事務作業を行うだけだ。


実は、梨楽はもうこのダンサーオーディションには、今回で何度目かの挑戦だった。


さすがに、これだけの回数落ちれば、自分に可能性がないことなんて、嫌でもわかる。


「・・・諦めるしか、ないのかなぁ」

そう呟くと同時に、梨楽の目から、一粒の涙がホロリと落ちた。


着信バイブが鳴り、レイコはズボンのポケットからスマホを取り出し、画面を見ると、手をパンパン、と叩いた。


レイコの目の前で、音楽に合わせて踊っていた集団が、一斉にレイコの方を向いて直立した。


全員若い女性で、髪をシンプルなポニーテールに結び、レオタードに、艶のある茶色のタイツという出で立ちだった。


「はぁ〜い、じゃあ、今からしばらく自習ねぇっ☆さっき言った注意、各自、よお〜く復習しといてぇっ☆」

レイコは語尾をうわずらせる、独特な言い回しで言うと、直立していたダンサー達は、笑顔で声を揃えた。


「ハイッ、レイコセンセッ☆」


再びそれぞれに踊りの練習を始めた、女性たちから目を外し、レイコはスタジオを出ると、着信に応じた。

「はぁい、お待たせ致しましたぁっ☆」


レイコが高い声で返事をすると、スピーカーから男の低い声が返ってきた。

『・・・画像は見たか?』

「えぇ、いま、見ていますぅ☆」


レイコはスピーカーに返事をしながら、着信の少し前に送られて来ていた画像を表示した。


履歴書だ。


ピンクのキャミソールのレオタードに、光沢のあるベージュのタイツ姿の女性が、笑顔でポーズを取る全身写真が貼り付けられているので、先日行われたオーディションの参加者の物だとわかった。


しかし、

「このコ、合格者の中にはおりませんわねぇ?」

レイコは、大きな窓から、スタジオの中で踊りの練習を繰り返す、レオタードの女性たちを見て言った。


「・・・もしかして、またですのぉ?」

レイコは”何か”を察知して、質問した。

『・・・欲しい』

スピーカーから聞こえて来た答えは、レイコの思った通りのものだった。


「あらぁ、今回は二人目っ☆どういう風の吹き回しですのぉ?」

しかし、スピーカーからの声は、レイコの質問には答えない。


『可能だな?』

スピーカーの声に、レイコはクスリと笑って頷く。

「もちろんですわっ☆このコにとっても、まさに夢のようなお話でしょうっ☆」

『・・・速やかに』

そう言うと、着信は切れた。


レイコは一息つくと、鼻歌を歌いながら、改めて画像の履歴書を眺めた。


大学の授業終わり、スマホに着信履歴がいくつか残っているのを見て、梨楽はすぐにかけ直した。


『もしもし?リラさんでしょうかぁ?』

電話が繋がると同時に聞こえて来た、その甲高く、語尾を上ずらせる独特なイントネーションに、梨楽は聞き覚えがあり、鼓動が早くなるのを感じた。


「は、はい、そうですけど」

『わたくし、”ブライトアイランド”、ダンサーメンバーのプロデューサー、レイコと申しますぅ☆』

レイコの名を聞き、梨楽は興奮を隠しきれなかった。


オーディションの日、梨楽たち受験者が踊るナンバーを振り付けてくれたり、指導に当たっていたのが、この声の主、レイコだった。


『良かったぁ、繋がらなかったら、諦めようと思ってたのよぉ、私も忙しいからねっ☆』

「す、すみません!お電話に出られず・・・!」

梨楽は言いながら、見えもしない相手に深々と頭を下げた。


周りの学生が、少し不審な目で梨楽を見たが、梨楽に気にしてる余裕はない。

“ブライトアイランド”のダンサープロデューサーからの、直々の電話だ。こんなことは、今までのオーディションではなかったことだ。


『いいのいいのぉ、気にしないでねっ☆それで、本題なんだけどぉ』

レイコが言うと、梨楽は、手の平にジワリと汗をかくのを感じた。


『リラさんは、先日のオーディションでは不採用だったけどぉ、”研修生”として受け入れるのはどうか、という話になってますぅ☆』


「け、”研修生”?」

繰り上げ合格、などの言葉を期待した梨楽は、聞き慣れない言葉に怪訝な顔をする。


『そっ☆最初はショーには出られないケド、”ブライトアイランド”のダンサー達と一緒にレッスンを受けて、リハーサルに参加して、実力を付ければ、改めてショーに参加できるというシステムなのぉ☆』


梨楽は、”ブライトアイランド”の採用システムについては随分調べたが、”研修生”というシステムには全く見解が無かった。


「そ、それは、いつから始められるのでしょうか?」

興奮気味に梨楽が聞くと、スピーカーの向こうのレイコは、少し思慮するように沈黙した。

『そうねぇ、今週の日曜日ってことで、どうかしらっ☆』

明らかに今しがた、適当に決められた予定を、梨楽は手帳で確認する。


今週の日曜日は、大手企業の合同説明会が入っていた。


今後の就職活動の明暗を決めると言っても過言ではない、大切な説明会だ。特に、”ブライトアイランド”のオーディションに向けて、就活に関しては手付かずだった梨楽にとっては、これを逃すと、一般企業への就職の道も、一気に険しいものになってしまう。


「えと、この日は・・・」

梨楽が声のトーンを落とすと、

『もしかして、来られないのぉ?』

レイコは大袈裟に落胆した声を出した。


『リラさん、何度かオーディション落ちてるわよねぇ?こう言ってはなんだけど、もう、次のオーディションでも受かる可能性はほぼないと思うのぉ☆この”研修生”システムは、限られた人にしか与えられないラストチャンスよぉ☆”ブライトダンサー”になりたければ、断る理由は無いと思うけどっ☆』


確かにそうだ。どういう流れかはわからないが、この”研修生”というシステムで自分が選ばれたのなら、それが、”ブライトダンサー”になる最後の手段だとすれば、乗っかるしかないと、梨楽は思った。


「あ、あのっ、受けますっ」

梨楽は、遠ざかる相手を呼び戻すように、必死に答えた。

「”研修生”、やらせてください!」

すると、スピーカーの向こうのレイコは、クスクスと笑った。

『良かったわぁ☆それじゃ、今ここで”ご挨拶”してくれるかしらぁ☆』

「・・・”ご挨拶”?」

『そう。”研修生”になるための、いわば第一歩。背筋をのばしてぇ☆胸を張ってぇ☆お空を向いてぇ☆満面の笑顔でぇ☆おおーきな声で、”ヨロシクオネガイシマッ☆”て、叫ぶのよぉ☆』


「えっ」

レイコに言われ、梨楽は周りを見渡した。

お昼休みのキャンパスの中庭には、大勢の学生が行き来していた。


「ちょっと、ここでは・・・」

梨楽が渋ると、レイコはまた、ため息をついた。

『できないのぉ?でもぉ、”研修生”として生き残るにためには、プライドや羞恥心なんて、この場で捨てなきゃいけないと思うのっ☆ほら、勇気をだしてぇ?』


梨楽は、深く息を吸い込んだ。

“ご挨拶”が出来なければ、きっと、この話は白紙だ。


自分の夢は、本当に終わってしまう。


それなら・・・


梨楽は、針金のように背筋を伸ばし、胸をちぎれそうなくらいに張り、口元が裂けるくらいに口角を持ち上げ、目一杯、青空へと顔を向けた。


「ヨロシク、オネガイ、シマァァァァァァッ☆」

梨楽が叫び終わると、スピーカーの向こうから、

『日曜日、5時、”ブライトアイランド”正面ゲート』

それだけ言い残して、電話は切れた。


そのあとしばらく、えも言えぬ高揚感と、達成感で、梨楽は満面の笑みで天を見上げたまま、静止していた。


何人もの学生が、梨楽のことを笑ったり、軽蔑した眼差しで見ていた。

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