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23話 悪女、噂話

「緑翠妃様への接触は龍煌様たちにお任せして、私たちは呪詛の原因を探りましょう」


 侍女から話を聞き終えた蘭華たちは奥の宮を探索していた。


「でも、こんな広い宮の中でどうやって……!」

「先程のことでわかったでしょう。この奥の宮は私たちでしか得られない情報で満ちている――と」

「――え?」


 蘭華につられるように慧は周囲を見やる。

 そこには忙しく働く何人もの侍女たち。


「まさか、この数をひとりひとり聞き込みしていくつもりですか!? でも、後宮の情報を漏らすのは律で禁じられていて――」


 後宮で知り得た情報を他人に漏らすことなかれ――これは律で禁じられている。

 どうするつもりなのかと慧は不安げに蘭華みやる。


「おや、慧は聡いと思っておりましたがそういうところは抜けているのですね」

「急に毒づくの地味に傷つくのでやめてもらってもいいですか」

「別にわざわざ聞き込みなんてしませんよ」

「じゃあどうやって……」


 戸惑う慧に蘭華はにこりと微笑む。 


「侍女は皆さん()()がお好きなようですから。たとえ噂といえども、時にそれは真実に近づくこともある。侍女が大好きな噂話……それはたとえ厳しい律でも律することはできないでしょう?」

「つまり……侍女たちの会話を盗み聞きする……と?」

「ええっ! だって私悪女ですもの!」


 蘭華は両手を合わせて悪どい笑みを浮かべるのだった。



「――ねえねえ、あの噂聞いた?」

「緑翠妃様のお噂のこと?」


 蘭華の予想通り、奥の宮は緑翠妃の()で持ちきりだった。


「陛下の寵愛を受けている緑翠妃様を妬んで、誰かが呪詛をかけたって噂でしょう?」

「恐ろしいわね……あんなお優しい方が……」

「でもでも、緑翠妃様だって恨まれるようなことをしたってことでしょう?」

「皇太子殿下の乳母を務めて、その後自分も身籠もるなんて……強欲は身を滅ぼす、ってことかしら」


 噂話には尾ひれがつくもの。

 もはやなにが真実かはわからない。だが一つだけいえるのは――。


「皆、律の穴をついて好きにお喋りしたいのですよね。この鳥籠の中ではそれくらいしか楽しみがありませんもの」

「……私たちの後宮も、奥も変わらないってことですね」


 二人は侍女たちの噂話に耳を傾けながら呟く。

 後宮の情報を漏らしてはいけない。だが、噂となれば話は別。噂は噂なのだ。


「そういえば……あの噂、聞いた? ほら、あの廃太子の……」

「ああっ、呪われた処刑人のこと!?」


 続けて聞こえてきた話に、ぴくりと蘭華が反応した。


「龍煌様だっけ。なんでも煌亮様を目の敵にしているとか……」

「長子である自分が跡継ぎになれないのが余程悔しかったのね」

「緑翠妃様を呪ったのも彼だったりするのかしら」

「有り得る! だって、あの人に近づいたらみんな死んでしまうって噂じゃない!」

「薄気味悪い人よね……まあ、この奥の宮に入ってくることはないから大丈夫でしょうけど!」


 一連の会話を蘭華は黙って聞いていた。


「……あの、蘭華様」

「大丈夫ですよ。これはただの噂話。皆、真実なんて知らないのです。龍煌様がいかに素晴らしく、素敵な殿方なのか……」


 蘭華は笑顔を浮かべたままだ。

 だが、その声音は酷く冷たく、恐ろしい。


「ですが……これはいささか――腹立たしいですね」


 蘭華の声から感情が消えた。

 口元には笑みを浮かべているが、その目は一切笑っていない。

 怒っている――慧は主がはじめて怒りを露わにした姿を見て、震え上がるのだった。

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