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社長と狸

作者: KかH

俺がまだ都内のアパレル会社で働いていた頃の話。

今回の出張はあまり気乗りがしなかった。

まあ、気が乗ろうが乗るまいが仕事なので行かなくてはいけないのだが。

気乗りしない理由は部長が同行することが決まったからだった。しかも俺と部長の二人だけで。


俺はこの人が苦手だった。

断っておくが部長は決して悪い上司ではない。面倒見はいいし、リーダーシップもある。

ただ子供っぽいというか、天然というか予想外の言動で周りを巻き込むことがよくあった。

俺は部長のそういうところと、後述するが別の理由もあり仕事以外ではなるべく関わらないようにしていた。


そもそも最近まで部長は俺の直属の上司ではなかった。

俺のいた課は特殊で部内でも独立した動きをしていたのだが、課長がちょっとやらかしてしまった。

それが理由で管理徹底の方針の下、この度部内に組み込まれてしまったのである。

結果、めでたく部長が俺の直属の上司となった。


俺の課と他の課では生産背景も仕事のやり方も違う。部長には資料を提出し説明をしていたのだが、工場を見せろ、業者に会わせろとしつこい。

しかたなく視察及び顔合わせという形で俺の出張に同行することとなった。


出張当日、品川駅の新幹線ホームで早速部長は不機嫌だった。

「なあ、なんで新幹線にしたの?飛行機の方が早いじゃん。」 

「だから説明したじゃないですか。帰りの時間が読めないからって。空港から遠いんですよ。」

「でも着くまで3時間か?長いなあ。」

この期に及んでまだぶうぶう言う部長に面倒くさくなってきたので俺は無視する。


新幹線がホームに入って来る。

突然部長が大声をあげた。

「あ!あれ新しい新幹線じゃん。あれに乗るの?俺乗ってみたかったんだよなあ。」

ああ、確か新車両が導入されたってニュースで言ってたっけ。と思いながらもさっきとは180度違う部長の言動に少しイラッとする。

部長の大騒ぎに周りの乗客も、「あれが新車両か」と身を乗り出す。

ところが新幹線が目の前まで来ると一言、

「あれ?これ違うな。古いやつだ。」

嘘でしょ?

周りの乗客も全員そう思ったに違いない。

こういう人なのだ。


新幹線に乗り込み席に着く。

普段なら早速持ってきた文庫本を開く俺だが、隣が部長なのでそうもいかない。

パソコンを開いてこれから使う資料を確認していると、

プシュッ!

景気のいい音が隣からする。

部長はいつの間に買ったのか、缶ビールを開けていた。

「ん?大丈夫だって、3時間もあるんだし。お前も飲むか?奢るぞ。」

何度も言うが、こういう人なのだ。


やる気の失せた俺はパソコンを閉じ、文庫を取り出し読み始めた。

話し掛けるなオーラを全面に出しながら、目的地までの時間を読書に集中する。

途中、富士山を見た部長がはしゃぎ出したが当然無視した。


今回の出張先の工場は本州の端の方、四国はもう目の前という所に位置する某県にある。

俺の課とは長い付き合いで、俺の担当する製品の約半数はここで作っている大取引先だ。

いつもなら着くなり生産ラインの確認、サンプルチェック等で座る間もなく動き回るのだが、今回は部長と初顔合わせということもあり、珍しく応接室に通された。


子供の頃から本格的に水泳をやっているという体格と色の黒さから、まるでベテランAV男優のような風貌をした工場長と握手を交わす。

相変わらずゴリラ並みの握力だ。

部長もその力に驚いたのか、目が泳いでいる。

いいぞ、いっそ握り潰してしまえ。

ちなみに工場長は見事なスキンヘッドだ。

続けてうちの製品の担当主任が紹介される。

この主任、とても真面目で物腰も柔らかく有能なのだが、アパレルブランドを担当しているとは思えない程見た目に無頓着だ。

今日も薄くなったボサボサ頭を適当に七三に分け、どこで買ったのか今にも喋り出しそうな黄色いカエルのTシャツを着ている。

顔を見ると、盛大に鼻毛が飛び出ていた。

いいのか?あれ。という顔で俺を見る部長。

解ってる、何も言わないでくれ。


社長は?と聞くと、まだ来ていないらしい。

どうやら中国出張から帰ってから体調が優れないとのことだった。

悪い病気でも貰って来たんじゃないですかね。と工場長が豪快に笑う。

それじゃ取り敢えずこれでということで、顔合わせも終わり俺たちは仕事に取り掛かった。


部長も仕事に関しては優秀な人だ。

工場視察では俺に鋭い質問をし、的確な指示を出した。

予定では今日はこの工場視察と製品確認。明日は去年出来たばかりだという新しい工場を視察する予定だ。

今日の予定をほぼ消化したか、という頃にようやく社長が来たとの連絡があり俺たちはまた応接室に向かった。


応接室に戻るとニコニコ顔の社長が俺たちを待っていた。

社長は遅くなったことを詫び、中国から帰ってから体調が悪く、悪い病気でも貰って来たかなと工場長と同じことを言って笑った。

社長は綺麗な白髪頭のナイスミドルだ。

若い頃はさぞモテただろう、そんな社長が確かに心なしかやつれている様に見える。

中国では現地の工場と技術提携の商談をしてきたらしい。

だが、向こうの社長は日本ブランドの製品を作っているという実績が欲しいだけのようで、とてもじゃないが日本向けの製品を流せるだけの設備も技術レベルも無かったとのことだった。

この話は白紙に戻そうと思っていると社長は言った。


あの当時、こういった話はよく耳にした。

技術提携の名の下、現地工場に設備や技術の指導をしたはいいが結局はただでノウハウを盗まれただけ。といった事が多々あった。

今回もその手の話だったのだろう。


そんな中、部長はキョロキョロと社長の周りを見ている。

なにしてんだ、この人。

そんな俺の視線に気付いたのか、サッとメモ用紙を渡してくる。

「見えるか」

なんの事だろう。俺が曖昧に首を傾げると

「無能」

と書いたメモを渡してきた。

こういう人なのだ。この人は。

これが俺が部長を苦手とするもうひとつの理由だ。

部長は所謂「視える」人らしい。


突然だが、うちの会社には幽霊が出る。

一人は(一人という数え方が適当かはさておき)

女で、もう一人は男の子供である。

ちなみに何故なのかは知らないが、女は男性社員にしか、子供は女性社員にしか目撃されないという不思議な特徴があった。

その為、しばしば論争の火種になり男女間の溝が深まるという事態にもなった。

年に一度お祓いをしてもらうのだが、お祓いの当日から目撃された為、

年々貯まる御祈祷のお札は「祓えない」から「払えない」となり奢って貰ってばかりいる社員の机に置かれるようになったりもした。


新入社員だった俺が窓の外を通り過ぎる女を初めて目撃し固まっていた時に、後ろでニヤニヤ笑っていたのが部長だった。

「別に悪さするわけじゃない。気にすんな。」

と言い。その後で、

「辞めんなよ。」

と付け加えた。

俺はその時から部長が苦手になった。


社長との顔合わせも終わり、残りは明日にして早めの夕食をという事になった。

体調が悪いのにもかかわらず、折角だからと社長も参加するとの事。

全員で駐車場に向かう途中、部長が

「あ、貰った名刺置いてきた。」

と言ったが無視していると、一言

「取ってきて。」

はいはい、言うと思いました。


応接室の机に三枚の名刺が置いてある。

端から集めて重ねる。

ふと見ると裏にポールペンでなにか書いてある。

「ハゲ」

表にすると工場長の名刺だった。

なんてこと書いてやがる。

まさかと思い主任の名刺を裏返すと、

「鼻毛」

最悪だ。

誰かに見られたらどうするつもりだ、しかも忘れてくるなんて。

社長の名刺の裏には、

「狸」

と書いてあった。

狸?

およそ社長の風貌とはかけ離れた言葉に俺は首を傾げながら駐車場へと急いだ。


向かった先は地元の寿司屋だ。

東京では食べられない鮮度の良い、そして俺の地元では見ることのないネタに舌鼓を打ち俺たちは多いに食べ、多いに飲んだ。

社長は、そして驚くべきことに工場長も酒は一滴も飲めない。

そんな二人を尻目に主任は俺たちの倍は飲み、工場長の三倍喋った。

心なしか胸のカエルも上機嫌に見える。

体調が悪いというのに社長も良く喋り話は明日視察する新しい工場の話に移っていった。


現在の工場及び会社は元々はそちらから移転したらしい。

山の中にあって交通の便も悪く建物の老朽化も進んでいた為、とのことだった。

移転してからは旧工場は取り壊すこともせずそのままにしておいた。

が、最近になって国内需要も増え、現在の工場もキャパが足りなくなってきた。

そこで旧工場を改築、若しくは建て直しの計画が上がり現状確認のため業者と久しぶりにそこを訪れた社長は驚いた。

旧工場はすっかり狸たちに占拠されていたのだ。


雨風をしのぐ為だろう、どこから入り込んだのか体育館程の広さの建物内には沢山の狸たちがいた。

季節のせいか子狸の姿も見え、まるで狸の学校のようだったそうだ。

結局改築ではなく建て直しということになったのだが、行き場のなくなる狸たちのことを思った社長は

自ら廃材を利用して、敷地の隅に小屋を建ててやった。

当初は柱に屋根を掛けるだけの予定だったが、これでは冬は寒いだろうと壁を立て、なんと床まで貼ってやったとのことだった。

随分狭くなってしまったが外よりはずっと快適なのだろう、今では教室程度の広さの小屋はすっかり狸の集会所になっているらしい。


予期せぬ狸の話に驚いた俺は、部長と目を合わせると

「これ?」

と声を出さずに聞いた?

「これ」

と部長も返す。

その後で部長は今から見に行きたいと言い出した。

今から?と俺は訝しんだが、

「いいですね。わしも中国から帰ってまだ行っとらんので。」

と社長が嬉しそうに言うので全員で向かうことになった。


社長の車、工場長の車二台で出発する。

大通りから脇に逸れ、車は山道に入っていく。

急なカーブが続く、その先に光る二つの目。

狸だ。

本当に多いのだろう。工場に着くまでに何匹も見かけた。

こんなに沢山いて車に轢かれたりしないのだろうか?

俺がそう言うと、

「ここいらの狸は賢い、飛び出したりしませんわ。」と社長は何故か自慢げに語った。

工場に着くと社長は新工場をスルーして真っ先に狸学校を案内してくれた。

懐中電灯の光に照らされ、狸たちの姿が見える。

人馴れしているのだろう、こちらに気付いても逃げもしない。

いや暗闇の奥は結構騒がしい、沢山の狸が走り回っているようだ。

暗闇に浮かぶ学校はなるほどなかなか立派だった。

これ程の狸たちがいるのに臭いがほとんどしないことを俺が言うと、

「狸は溜め糞といって決まったところに糞をする習性があり、ここの狸たちは気を遣ってか敷地内にはせんのですわ。」

と社長はまた自慢げに語った。


狸を満喫して俺たちはホテルまで送って貰った。

来た時と同じように道の途中のそこかしこで狸の見送りを受けた。

ホテルに着いた俺たちに、

「久しぶりに狸たちにあったせいか体調も良くなった。」

と言って社長は帰っていった。


「名刺の狸って、このことだったんですか?」

部屋に戻るエレベーターで部長に聞いてみた。

「ん?ああ、お前見えなかったんだったな。入って来たとき社長の後ろにいたんだよ。」

「狸がですか?」

「いや、気味の悪い顔した男が。」

え?なんの話だ?

「その後から狸がゾロゾロ入って来てさ、その男に噛み付いたりして威嚇してんの。面白かったぞ。」

「本気で言ってます?」

「だからお前は無能だって言ってんの。で、例の狸小屋に行っただろ。凄かったぞ、大勢で追っ掛け回してさ。」

「だから行きたいって言ったんですか。で、どうなったんです?」

「どうしようもねえだろう。こんな顔して逃げ回って消えちゃったよ。」

「で、悪霊は消えて社長は体調も良くなって一件落着と。」

「お前はほんとにバカだな、そんな都合のいい話があるかよ。」

「え?だって体調不良の原因は消えたんでしょ?

社長も言ってたじゃないですか、狸に会ったら良くなったって。」

「社長の体調な、ありゃ多分食あたりだ。向こうの水か食い物だろうな。食あたりに幽霊は関係ねえだろ?狸に会って嬉しかったってだけだ。」

「じゃあ、その幽霊は?関係ないってことですか?」

「あんなんよくある事だ。気にしなけりゃそのうちいなくなる。

あのな、幽霊なんて所詮死んだ人間だ。生きてるやつを病気にするとか呪い殺すなんてねえよ。せいぜい肩がこるだとか、悪い夢を見るだとかそんなもんだ。いつも言ってんだろ気にすんなって。」

言い切る部長に釈然としない気持ちを抱いたまま返す

「そんなもんすか?幽霊って。」

「はい、そんなもんす。」

そう言って部長は部屋に戻っていった。


翌日は朝から新工場の視察に向かった。

流石は自慢の新工場だ。最新の設備、綺麗な内装、流れているのは国内大手ブランドの製品だ。

「来年くらいにはうちにもここ使わせて下さい。

今度、狸にもお土産持って来るんで。」

と俺が言うと、社長は

「勿論、是非お願いします。もう少し生産数増やして頂ければいつでも。」

と言って笑った。

くそ、抜け目無いな。

俺と部長は目を合わせて苦笑した。

狸たちにもお別れを言い、俺たちは昼食後帰路についた。


「なにしてんの?」

帰りの新幹線でパソコンを開く俺に部長が聞く。

「報告書ですよ。帰ってからだと面倒なので今やっちゃうんです。」

「いいよ、そんなの。俺も一緒に見たし。」

「そんなわけにいかないでしょ。役員も確認するでしょうに。」

「どうせ目え通すだけだって。俺が話しとくからいいよ。」

いつになく優しい。俺はお言葉に甘えることにしパソコンを閉じる。

「まあ、来て良かったよ。色々見れたしな。」

「狸ですか?」

「そうじゃなくて、工場だったりスタッフだったり。お前んとこ色々あっただろ。もっと適当な仕事してんのかと思ったよ。」

「そんなこと思ってたんですか?ちゃんとやってますよ。」

「解ってるって。工場も良かったしお前も仕事っぷりもまあまあだったし、取り敢えず安心した。」

そう言った後、部長は真面目なトーンで続けた。

「お前さ、今の課移って俺のとこ来ないか?俺の下で仕事しろよ。」

急な話に驚いたが、評価されているのは素直に嬉しい。

「考えておきます。」

「おう。考えとけ。」

そう言うと部長はニヤっと笑うとこう付け加えた。

「それで俺さ、来月に毛皮工場の視察に行くんだけどお前代わりに行ってくんない?あの狸たち見たら行きたくなくなっちゃった。」

「絶対いやです。」

俺は即座に断った。


会社を辞めてから随分経つが、今でも狸を見るとこの時の事を思い出す。

この不景気で国内の生産業はかなり打撃を受けただろうが、あの工場は大丈夫だろうか。

きっと大丈夫だろう。

今も狸たちに囲まれて元気にやっているはずだ

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