鎌を良く研いで
関東軍将兵一同、鼻を摘まんで我慢している、新兵器実験部隊であるが、彼らはホントの所、何をしているのであろうか?
ただ無暗に殺戮を楽しみ、血の饗宴に酔っているだけではないはずだ。
「「わたーしーの♪らばさーん♪しゅーちょーのむすめー♪」」
失礼、楽しんではいるようだ。死体を弄ぶ事が、楽しいのであれば。
陰気、陰気と、関東軍将兵から後ろ指差されている、彼らであるが、別にそんなことはない。
彼らは彼らなりに、精一杯陽気にしている。実際不死者ライフは意外と楽しいのだ。
生老病死の全てから解き放たれ、冷たい手で、生者の温かい魂を鷲掴みにするのは、生きていた頃からは考えられない程の娯楽だ。
ここの所が邪悪な死霊術の効果である。これで、元ネタであるゲームの様に、破壊欲求や、支配欲に突き動かされていないのであるから、驚きだ。
現実の彼らを動かしているのは、なんと言うか、そう喫煙や飲酒の様な物だ。麻薬よりは、やや弱い。だが習慣性があり、狂う奴は狂う。そんな感じ。
嵌る奴は嵌る、ズブズブと。
だから生ある者の感覚とは色々ズレている。
明るく小粋なジョークを言ったつもりが、スプラッタでゴアか、グロテスクでゴシックでホラー。
例えるなら、人の腕を投げて敵兵を始末し「ロケットパンチ!」とか、胴をトーチカに投げ込み機銃座を潰し「ダイナミック入店!」とか叫ぶ。
ゲラゲラ笑いながらヤル奴はヤル。そして比較的真面なのに窘められる。
真面なレベルも、ちゃんと頂きますをしてから食べるくらいの真面さ、正気ではない。
そんな彼らに永山は死霊術の力を授けた。
大変だったらしい。いつも陽気でおちゃらけているのに、勉強となると陸大出の奴は変に突っ込んでくる。
非科学的な存在に転生した癖に。
やれ「魔法とはなんだ?エーテル?マナ?あるのそんなの?」とか「物理的にあり得ない!熱素なんてない!」とか「魂の存在を証明しろ!幽霊なんて見たことない!」とか叫ぶのだ。
最後の奴は、キレた永山が直々に魂を抜き取り、瓶に閉じ込めて振り回してやったので納得した。
他の者も、ライフスティールとソウルライトニングを食らって納得した。
どうしても納得いかない、頑固者にして科学の徒は、人形に閉じ込められ今も勉強中だ。
そんな感じで、近頃の永山は邪悪な魔術師から悪の体罰教師に職を変え、死霊術の講師育成に励んでいる。
大日本帝国の表の支配者にして裏の実力者である、御上と愉快な始祖吸血鬼たちは、術科学校や軍大学に死霊術科を開設しようと画策しているのだから大変だ。
その内、陸大には大量の検体が納入され、赤レンガには夜な夜な、すすり泣く声が響き、猿島遠泳では、海坊主や濡れ女と泳ぐ事になるだろう。後、体罰している連中が軒並み呪われる。
話を戻す。
邪悪なる魔術師の弟子たちは、新兵器の開発と実戦投入に傾注している。
南司令が恐れていた馬車馬や、死なないかと思わず心配してしまった苦力はその成果である。
言わずとも分かるだろう。それらはとっくに死んでいて、魔力にて動く魔性の存在へと変わっている。
馬はヘルスティードと言われる人食い馬、苦力の方は屍食鬼である。
集めた死体も無駄にはしていない。寧ろ原料なのだ。
苦しみ悶える魂を原動力に、骨と腐肉でできた地獄の機械をここでは作っている。
先日は、科学全盛の、この世界では、もう出番がないとサボっていた悪魔を呼び出し、九四式軽装甲車に押し込んでデーモンマシンを製造し、今日は生贄を捧げて軍用犬を黒妖犬に変えてる。
もう好き放題に、冒涜の限りを尽くしているが、傍から見ると、臭くて不衛生な自称工房で、死肉を捏ねくり回す異常者の群れであるから、関東軍からしてみれば、早く居なくなって欲しいと願われるのも仕方がない。あまりの不衛生さに、防疫部と軍医の一団が、火炎放射器を持ち出して殴りこもうとしたのも頷ける。
だが、成果はでている。満州に蔓延っていた匪賊は、悉くが族滅するか、逃げ出し、しつこく残っているのは、ソ連の支援を受けた、朝鮮満州国境にいる抗日派くらいだ。
そして今夜、その者らは死ぬ、、、、、、
匪賊と言う者たち……彼らが自称するところの抵抗軍は民衆の支援が無くては動けないのだ。
鴨緑江を越えて密かに朝鮮に浸透した彼らは、山深い北朝鮮の寒村で雌伏していた。
見た目は、民間人その者である彼らを、匪賊と見分けるのは難しい。
首領の金何某は、そこの所を良く分かっている。
朝鮮では、日本の支配を気に食わない者は、幾らでもいるのだ。いちいち取り締まっていたら、警官の数は幾らいても足りない。
だから、この様な寒村に潜伏し、同志を集めるのは難しくない。
今夜は、近隣の村々から、若い者を集めて、社会主義の理想と、抗日の志を広く宣伝していた。
村で一番大きな家に集まった一同は、興奮しつつ大日本帝国を批判し、その残虐な支配に対する抵抗の炎を大きく燃やしていた。その時までは、、、
「そういう訳だ同志諸君!君たちも来るべき蜂起の時に備え、準備を怠らないで欲しい!解放の時は必ず、、、、、」
即席の壇上で金が熱く語っていた時、ガラン!と勢いよく戸が開かれれた。
戸を開けたのは血塗れの同志であった。
「てっっ敵襲です同志!」
上ずった声の同志の言葉にその場にいた全員が緊張する。だが耳を凝らしても一発の銃声も聞こえてこない。しかし、目のまえには血塗れの仲間がいる。
「康!どうしたんだ!なにがあった!日本軍か!」
兎も角も状況が知りたい。慌てそうになる心を落ち着け、金は同志に説明を求めた。
「わかりません!一緒に歩哨にたっていた、葛の奴が、小便に行ったきり戻ってこないんで、ほかの奴と探したんです!そしてたら葛の奴が葛の奴が、、、、、」
震える同志は、化け物を見た様な顔をしている。
「葛の奴が村の端でバラバラになって!叫ぼうとしたら、一緒に居た奴も引きずられて、、、訳が分からない!気づいたら、俺以外、外に居た奴は皆居ないんです!」
恐怖が臨界に達した康は叫んだ。そして、、、、
開いた戸の外側、夜の闇の中から、それは一瞬で康を拐っていった。
大きな、考えられない程、大きな前足、血に塗れた縞模様だけが、その場にいた者の目に焼き付けられた。
「「「????」」」「「「ととと虎だ!」」
一同は驚愕した。虎だと?当の昔に日帝が狩りつくした筈だろ?
肝の据わっている金も青くなり、他の者は壁に張り付いて少しでも外と距離を取ろうとしている。
微かにそう微かに、バリバリと骨を砕く音が聞こえ、辺りは一瞬の静寂に包まれた。
そして、、、虎は入ってきた。壁をぶち破ってである。
「逃げろ!」
誰が叫んだのであろうか?
叫び、嗚咽、混乱、慌てふためく一同が逃げ回ったせいでランタンが倒れ、明かりが、、、
金には後は分からない。
助けを求め、縋ってきた者を突き飛ばし、ただ家から飛び出して、寝ていた部下を叩き起こすと、闇雲に周囲に発砲し、繋いであった馬で逃げ出したのだ。誰があんな化け虎と戦える?
只管に馬を走らせる金一党、だが恐怖はそこで終わりではない。
隣も良く見えない真の闇の中、仲間が次々と何かに襲われ消えていく。
一瞬の発砲炎だけが辺りを照らし、そこに金は見た。
巨大な虎を連れた日本兵たちが、自分たちに並走している!
あり得ない!なんだこれ!化け物だ!俺たちは化け物に襲われている!
もう怖いだのなんだのと言っていられない。
覚悟を決めた金は鹵獲品のモーゼルを引き抜き、せめて一矢報いようと、闇の中に銃弾を送り込もうとし。
中空より現れた白刃に、天高くその首を舞い上げた。
「遊びすぎだ中尉」
「いやぁ、すみません。こいつら、余りに怖がるもんで、つい面白くなって」
帝国陸軍中尉の丸枝は、じゃれる虎、剥製の虎に、五人分の魂と肉を押し込んだ新兵器を撫でる凶相の大尉に謝罪した。
「それでもだ。これから相手にするのは正規軍だ、匪賊とは訳が違う。遊びに慣れすぎれば、幾ら僕たちでも不覚をとる」
(この大尉はお堅い。ん?正規軍?)
お小言に首を竦めた丸枝は、大尉の言葉に覚えた疑問を口にした。
「始まったんですか?」
その言葉は歓喜に歪んでいる。まるで舞踏会の予定が決まったと言わんばかりだ。
「ああ、先ほど蝙蝠が伝えてきた。牟田口大佐が我慢しきれなくなったそうだ」
「あの人、化け物になってから、出世より殺しが好きになってますからねぇ、一番に突っ込む連隊長はあの人だけじゃないですか?」
呆れた風に中尉は言う。上はなんで、あの人を御仲間に加えたんだか?とも。
「知らんよ。だが、僕たちをご所望だ。急いで戻る必要がある、兵を纏めろ」
「はっ!ただいま!コォラ!貴様ら!いつまでも食ってるんじゃない!さっさと戻るぞ!駆け足!」
二人の尉官の声に応え、暗がりより悪鬼の兵たちはユラリユラリと集まってくる。
その中に、首を失った金何某の姿が見えた。