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臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。これより世界は兄弟になります。

 1945年8月15日 特大の残暑見舞い落着により、血風巻き起こり、哀惜と怒号の合唱が米国中部で響いている訳であるが、混乱と困惑の輪が加速度的に広がっている場所もあった。


 吸血怪物大皇軍を新大陸に降らせた当事者である大日本帝国の臣民たちである。


 8月17日の朝一番、不吉な鐘の音と共にラジオから発せられた「臨時ニュースをお知らせします」のアナウンサーの声は来るべき時が来た事を知らせたのだ。


 対米戦は近い、新大陸と旧大陸の覇者は雌雄を決する時が必ず来ると人々は都合よく操作された情報からも信じていたからだ。


 ではなぜ混乱などしたのであろうか?殆ど何の前触れのない唐突な戦争開始の知らせだからか?


 それ位で驚く臣民たちではない。核は欧州で炸裂し、大使は叩き出されて日米関係は険悪その物、対ソ開戦に際して「臨時ニュース」は既に流れている。皇国の荒廃この一戦にあり!なニュースには慣れたくないが慣れてしまった。


 では何に混乱したか?なぜお父さんはお茶を吹き出し、お母さんは味噌汁の鍋をブチマケ、太郎君は口にいれていた沢庵漬けを丸呑みにしてしまい目を白黒させ、赤ん坊が泣いて、猫が踊り出し、思わず皆でラジオに向かい「「ハァ?」」と言ってしまったのであろうか?


 内容が内容だ。余に酷い、けれど狂ったこの世界の集大成と言える内容であったのだ。


 「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営発表、8月16日午前6時発表。帝国陸海軍は昨15日未明、米本土に勇躍降下上陸作戦を実施!アメリカ軍と戦闘状態に入れり!尚!本作戦の先頭に立たれて居られますのは天皇陛、、、、え、、、このまま読め?、、失礼しました。天皇陛下で有らせられます!」


 耳と頭を疑うだろう?何だよ降下上陸って?グアムもフィリピンもすっ飛ばして、なんで米本土に殴り込んでいるんだ?


 後、もう一度行って欲しい。誰が先頭で戦闘してるって?アナウンサーの館野守男さんだって余りの事態に聞き直してるじゃん。日本中のお茶の間が沈黙してしまったぞ、如何してくれる。


 お茶の間は沈黙するが無情にも臨時ニュースが齎した情報はそれだけであった。人々は無言で汚れたちゃぶ台と畳を掃除し、お茶を入れ直して一息ついた後、我が耳を疑いながら日常に戻った。


 だれもが自分の正気を確かめたかったのだ。だって最高指揮官が敵地に乗り込んで暴れていると、等の政府が言っているのだ。何を信じたら良いのだろうか?


 これまでもそうだった。1936年から向こう自分達は夢の中に居る様な現実感の無い、世界に放り込まれて生きて来た。死体は蘇り、隣人に第三の目が明き、ご先祖様と物理的に同居して、あっと言う間に皇国はユーラシアの盟主になってしまった。


 深く考えない様にしてきた。万歳万歳と叫んで豊かになっていく生活の方に目を逸らし、仏壇と神棚に供物を多めに置いて、やさぐれて行く日露戦争で死んだ大叔父の声は聞こえないふりをしてきたし、飼い猫が喋るのも、献血が義務になったのも、献血所の横に料亭ができて身形の良いのや軍人が赤い顔で出てくるのも我慢できた。


 だが今朝のは無理だ。17日の号外でもっと無理になった。「皇軍、シカゴを占領す!」と書いてあり、最高司令官である方がシカゴシアター前でダブルピース(そう説明があった)を決めていた。


 いやダブルピースは良い。いつもいつも厳しい顔をされているかの人が微笑まれているのも好感が持てる。でも周りが駄目。


 其処には戦争の、銃後の自分達が、出来る限り見ない事にしていた、動く死体が行う行為の真実があり、これまで親しみが出て来たと好意的に受け止めて来た皇軍のチャランポランな残酷さ、経済的で人道的な戦争の正体があったのだ。


 嫌でも痛感させられる。だって全員満面の笑顔なんだもん。取れた首を抱えて、半分になった上半身からモツがはみ出し、焦げて半裸でボロボロで、それでいて体中も口の周りも真っ赤に染めて、積みあがる死体の上でニッコリと「我が皇軍」は笑っていた。


 見ていて引き攣った笑いしか出ない。万歳とか言えない。一応やる事になった提灯行列はお通夜のようだった。


 そう通夜だ。これはお通夜だ。そして本葬は米国で行われる。盛大にそれはそれは盛大に、山車がでる、神輿がでる、棺桶が撥ねて中の死体はバラバラになり、大人しく死んでいられ無いから蓋を跳ね除けて踊り出す。


 通夜振る舞いも盛大に!酒は飲み放題!精進なんかしない!肉は食い放題だ!何でそれが分かるか?開戦一週間でニュース映画が流れたんだよ!


 赤く!赤く!白黒映像でも分かる程に紅く!デトロイトがミルウォーキーが引き裂かれて爛れて倒れて起き上がる!皆笑顔だ!死んでも笑顔だ死んでいるのに皆笑ってる。


 「「笑って叫んで皆兄弟!大東亜に旧大陸に蔓延って這いずる永遠に死ねない死なない兄弟に!五族でも六族どんとこい!白黒赤黄色皆死体!明るく愉快に死のう!死んだり殺したり起き上がったりしよう!

」」


 そんな感じのが日本全土で公開されて視聴した者は後悔した。後悔した後、遠い所を見て韜晦し、諦めて飲み込んで取り敢えず負けはない事と思い直して家路に追いた、その背は煤けていた。ニュース映画は18歳以上視聴禁止であった。



 

 さて後悔はしても韜晦は出来ないのは襲われている方である。米国も已むに已まれぬ先制攻撃であり、新大陸に攻め寄せて来るならば、諸悪の根源である列島をこの世から消滅させるまで持久は可能であるとの見込みはあった。


 空から化け物の群れが降り注ぎ、疫病の如く米国工業の中心を蝕み始めるとは、流石に思わなかっただけだ。


 少数部隊の侵入ないし空挺降下は警戒していた。レーダー網は東西海岸は元より、内陸・カナダ・メキシコに多数建造され、高高度迎撃様に量産されたP80は大変な負担を陸軍に強いながらも空を睨んでいたのだ。


 だが「大質量輸送艦」が「成層圏の上」を「自壊」しながら落ちて来るのは予想できなかった。自壊である。中に何が居ても焼けて砕けてバラバラになり地上に撒き散らされる筈であった。焼死体やバラバラ死体が噛みついて来るは飛び掛かって来るはするとは予想外なのである。


 そも数千体の死体を詰めた「大質量」が大気圏外に飛び立てるのが可笑しい。可笑しいが、大死霊術師を魔力炉心に放り込み、真祖の血族がエーテルを掻き分けて姿勢制御、再突入には沸騰する血とエクトプラズムで耐え、高度数千メートルで「大質量」である魔界戦艦が外装をパージしつつ急制動&逆噴射で汚物を撒き散らしながら五大湖に不時着する荒業をファンタジーと宇宙馬鹿たちはやってのけた。


 こんな脚本は没にしたい所である。真面な脳をしていれば考え使いない。幾ら合衆国の頭脳たちが頭を抱えて三流紙を読み漁りながらトンデモ作戦を予想しようと、現実と非日常はヒアデスの彼方から斜め四十五度の角度を通って襲い掛かってきたのだ。

 

 

8月14日 深夜に五大湖周辺に降り注いだ二足歩行型有害物質は、落ちた先で手当たり次第に被害を拡大させ飢える死体を量産。深夜の事に米国側初動は遅れ、ウィスコンシン州・ミシガン州の大都市近辺に死者の行進が確認される。


 

 8月15日 米本土襲撃成功を、大和の残骸を操り湖底深くから浮上、サンダーベイからアルピーナに上陸した永山から受けた帝国陸海軍は本格行動を開始する。


 同日深夜 マニラ炎上、パールハーバー襲撃、潜入していた特殊部隊が乾いた喉と腹を満たし始めたのだ。オワフ島要塞の防衛は成功するが市内は地獄と化し、石油施設も一部破壊工作を受ける。


 8月16日 グアム島陥落 米国ミシガン州の封鎖を決定、各所で脱出する市民と軍が衝突、市民の中に多数の吸血鬼が紛れ込んでいた事が事態を悪化させる。同日各都市から溢れた死者の津波が州都を目指して行進を始める。


 8月17日 シカゴにミシガン湖から大和を企図、これを阻止せんと体当たりを敢行したウルヴァリン級訓練空母を道ずれに同市に上陸。市内を瓦礫に変えながら死体を量産し始める。


 8月18日 シカゴ陥落。市内各所でいまだ抵抗続くも、これ以上の市街戦が悪戯に敵を増やすだけと合衆国は市内より撤退。


 8月19日 デトロイトを中心にミシガン州を封鎖すべく戦力が集結、以北への空爆本格化。シカゴへの核投下も検討される。


 8月21日 バッファローで死者災害、トロントで暴動発生、カナダ占領に反感を持っていた市民が混乱に乗じて反旗を翻す。ラプラドル海にてUボートと英幽霊艦隊の目撃情報。


 8月22日 ウェーク島陥落。特殊潜航艇による奇襲攻撃


 8月25日 フランス・スペイン・ポルトガル沿岸から無数の骨の船団の出航を哨戒していたガトー級アルバコアが発見。米大西洋艦隊は大西洋上での撃滅を企図。


 9月4日 この日までに、大半の船団を撃破するも撃ち漏らしが東海岸に全体に来襲、各沿岸で阻止戦闘が生起。


 9月7日 合衆国が驚愕した事に撃滅した船団は第一陣でしかなかった。ニューファンドランド島上陸阻止失敗を皮切りに、カナダ方面から続々と船団が来襲。合衆国側はボストン・モントリオールまで防衛線を下げ、住民移送、核投下をカナダ側に行う事で阻止線を構築。


 9月16日 本土からの援軍を受けオワフ島奪還される。合わせて奪取された太平洋諸島の核による浄化作戦実施。日本本土核攻撃計画が発動。


 9月20日 シカゴに核投下。シカゴから際限なく湧き出る死者の波は既にイリノイ・ウィスコンシンに迫りつつある。死都と化した嘗てのメガロポリスを放置はできなかったのだ。


 10月11日 日本本土核攻撃の前哨地として三度の核投下により浄化されたサイパン島攻略作戦が実施。


 

 時系列で見て何たる敢闘であろうか、本土は侵され、四方から悪鬼の軍勢が襲い掛かる中、合衆国とその人々は希望を信じて戦い続けていた。


 この時、一筋の光明は見えていたのだ。恐らく連合艦隊は全力で迎撃に出てくるだろう。これを撃破してしまえば諸悪の根源たる列島を焼き払う事もできる筈である。


 けれどもそれで行くと変な話になる。この物語の冒頭、崩れて行く米国について言及している。それなのに、このままで行くと希望の未来が始まってしまう。だが安心して欲しい。希望は潰え、未来は暗く、この世界で星は瞬かない。太陽は赤黒く輝き続ける。


 

 10月18日 待ち人は来なかった。結局の所、如何に努力を重ねようと付け焼刃では天然には勝てない。合衆国は常識から必死に抜け出そうとしたが、頓智気空間にその生存領域を求めた大日本非常識帝国にはついてはいけなかったのだ。


 待ち人は北太平洋上を突き進んでいた。大船団と共に。彼らに燃料は必要なく、損耗も気にならず、本土に核を投下されるのも究極的には「嫌な」だけ何としても防ぎたい訳ではない。死んだら死んだである。


 彼らにとって一番に不味い事態とは、この世に頓智気を留めている永山と陛下が纏めてヤラレル事だけなのだ。その不味い事態が起こりつつある。気でもお違いに遊ばされたのかアメちゃん本土で核を使用したのだ。


 これはこれで大日本帝国がアメリカをある意味信用していたから起こったミステイクである。自国民の死を屁とも思わない自分達と違い、死んだら終わりのアメリカ合衆国は国内で自殺染みた行為をしないであろうと思い込んでいたのだ。


 自分達のやっている行為が死より恐ろしい所業であり、永遠の隷属に国民を晒す位であれば、いっそ自らの手でとなるとは露程にも考えが至らなかった。


 それがどっこいシカゴをドカーンである。このままでいると罷り間違って陛下と永山が光の中で浄化されてしまい兼ねない。


 と言う訳で。「陛下昇天の警報に際し、連合艦隊はただちに出動、米国本土に突撃せんとす、陸軍お前も来るんだよ!ウダウダ言うな」したのである。


 最後の最後まで締まらないがここで物語の冒頭に戻る訳である。皆仲良く万歳突撃した連合艦隊と水漬く屍たちはサンフランシスコに強硬突撃、草生す屍になり、「お前らもで大君の傍にこそ死ね!」と死を振りまいたのだ。


 そして後に続くは大陸から続々と出航する死者の船団である。いざ決戦と息巻いていた太平洋艦隊であるが本土から聞こえた悲鳴に、備蓄燃料の尽きるまで大陸から湧き出る船団の撃滅の奔走し、最後は乗員を陸兵として上げ、浮き砲台となり沿岸都市防衛に回される羽目になってしまったのだ。


 かくて米太平洋艦隊は消えてしまった。南米諸国かオーストラリアあたりから燃料位ならとは考えてはいけない。誰が米本土に来襲する死者の群れを見て、アメリカを助け様などと思うだろうか?


 これは終わりなのだ。


 米国の世界の。


 


 1945年11月。サンフランシスコ・ロサンゼルスが核の炎で灰に沈み。西海岸を席巻した死者たちは内陸への進軍を開始した。


 これにて物語は冒頭に戻ってきたのである。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、本土決戦で核兵器を使用するとか日本のお偉いさんたちは想像外でしょうね。 ゾンビとか幽霊とかアンデッドの類になるのは嫌だから死なばもろともとか予想してないでしょうから。 それにしても、ア…
[良い点] 見せ場の一つ、大和とウルヴァリンの激突シーンは胸熱でした、 胸無いけど(存在しない記憶)
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