王の帰還
事の顛末を語ろう。
1944年11月初旬の深夜から崩壊は始まった。
大英帝国の名誉の為に言うが、彼らは決して屈しなかった。兵士たちは海岸に倒れ、水際に引き込まれ、野原に臓物を撒き散らして、街頭に吊るされ、丘の上で最後の一人になるまで悲鳴を上げ続けのだ。
彼らは決して降伏しなかった。
だからそこで腐っている。だから惨めに、哀れに、失笑を禁じ得ないが、ヨタヨタと守るべき者たちに牙を剥く滑稽な人形と化している。
失礼。露悪的に過ぎた。だがこの世界に差別はない。
無知と蒙昧の至福の中にいる日本人以外は。
支那もソ連もドイツも此奴も非道目にあっているのだ。偉大なる大英帝国とアングロサクソンが例外にはならない。
何度目か分からないが語るのだが、この世界は邪なる神の遊技場だ。彼、若しくは彼女(性別があればの話だが)を楽しませる為に選ばれた生贄の羊なのだ。
忘れてしまっては困る。
では話に戻ろう。
ブリテン島の破滅は何処からきたのか?
言わずもがな海からだ。
馬鹿言うな!と御怒りであろう。ロイヤルネイビーは健在、死霊の艦隊は数を増し、其処にアメリカンボーズが加わっているのにどうやってと石を投げたい気持ちは分かる。
答えは簡単である。枢軸も連合も、「日本と永山に騙されていた」ただそれだけである。
大盤振る舞い?技術の無償給与?罠に決まっているだろう。彼らは搾取され唯々無駄に生命と財産を浪費していただけだ。
そうだろう。なぜ既に死んでいる者に船が必要だ?なんで英仏海峡が絶対の防壁だと思っていたのだ?
相手は既に死んでいるのだ。これ以上死にようがない。
死者たちは歩いて来たのだ。
ただ黙々と海の底を。
出来ないとは、嘘つきの言葉なのだ。主に永山と彼の弟子たちの。
まあ、マリアナ海溝の底を歩くのはペチャンコになるし、ゾンビは海の仲間たちにスケルトンにされてしまうが、指呼の間の海峡を渡るなど死者には造作間もない。
もう一つ言うと、幽霊、死霊等の足の無いのに物理的障害が意味を成すと?
何で今次大戦にそれらのゴースト系ユニットが投入されなかったと?
教えてないからだ。教える必要はない。
だって後で食うのだから!収穫するのだから!言ったろう?後で魂諸共に取り立てると!
悪いのは欲深い君たちだよブリトンの人々よ!嗚呼、もし君たちが己の神と良心の声を聴いていたのなら!悪魔の誘惑に耳を傾けなかったら!
死者を冒涜などせず、日本が怪しい行動を取った時点で、その偉大な艦隊を東京湾に殴り込ませていたのなら!勝利は君たちの物だったろうに!
死霊術師は小便を漏らしながら死んでいた筈なのだ!悪鬼は潰え、この世は救われた筈なのだ!
それは余りに無茶と言うものか、、、、。
兎も角。その様な理由で死者は海から来た。
ただその時点では防ぐ事は出来た筈な事態だった。遊弋する艦隊で持って、果敢に抵抗する生き残り事沿岸を焼き払い、爆撃機を搔き集めて、大陸側集合地点のカレーを更地にすれば良かった。
この時点ではそれが英国には、英国に無断で、先行量産された核兵器二発を持ち込んでいた米国には出来た。
出来なかったのは内部で混乱が起きたからだ。これも忘れて貰っては困るのだが、英国内部には既に多数の悪鬼が潜り込んでいる。正確には繁殖を続けている。
神の視点で見ている我々は、それを知っているが、英国人がそれを察知できるだろうか?
それこそ無理だ。
吸血鬼などフィクションなのだから!
おいおい、これだけ化け物がうろついているのにそれはないと思うだろう?
だが考えて見て欲しい。先駆者ブラムストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」出版は1897年。映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」の公開は1922年である。
今は1944年。情報流通の乏しい時代、吸血鬼はまだまだ新しい怪物なのだ。伝統的な物は違うが、不死で血を吸い、蝙蝠に化け、霧やら狼に化けて襲って来る、一見紳士な怪物のイメージが定着するのは、史実戦後の事なのだ。
伯爵はまだこの時代、怪物の王には程遠い存在である。第一そんな娯楽小説やパルプフィクションを権威ある政治家や軍人たちが見ると思うだろうか?
この時代に生きているの人間は50歳でも1800年代生まれなのだ。政治家であれば若造も良い所である、高級軍人だとてそうだ。
ウエストポイントやサンドハーストで扱き上げられた、カッチカチの軍人たちがそんなものに現を抜かすと思うだろうか?
隠れてファンだったとして恥ずかしくて公言は出来ないだろう。今はそんな時代なのだ。ジャパニメーションに耽溺し、カレーをこよなく愛するアメちゃんや、紅茶ジョークを飛ばし高級車を戦車で踏み潰してくれるモンティは史実の遥か未来にしか存在できない。
繰り返しで飽きて来ただろうが思い出して欲しい。永山の力の元ネタ、それはゲーム「ダークエイジ オブ フォールン エンパイア」である。
これは現代、この世界では遥か未来、数多の先人たちが築き上げた膨大なイメージの上に作られ、其処に邪神が精魂を込めて命を吹き込んだ物だ。
真祖、神祖、デイライトウォーカー、吸血姫、上古の血脈、夜の貴族たちと彼らが支配する裏の世界。1944年に数多の人々が妄想して来た事を誰が知り得よう。
だからこそ裏切られたのだ。いもしない敵機を追いかける指示を受けた防空部隊、チグハグな命令を出す基地司令、艦長が艦橋要員を食い散らかし、虚報を流す庶民院の政治家と英国の藩屏たるべき貴族院のお偉方が状況を悪化させ続けた。
そんな物は小細工だ。今は戦時。知恵と勇気と機転を持ち合わせ、戦火に鍛え上げられた人間は直ぐに気づいて裏切り者を始末に掛かる。
だが果たせるかな相手は悪鬼。悪戯に被害が増え遁走を許して時間は浪費していく。夜が明けた頃には広がり続ける混乱はケント州を席巻し、強行着陸してきたドイツ爆撃機が飢えた人狼の群れをポーツマスにまで解き放った。
混乱は波及する。そして最悪の詐欺も。
虎の子のライオン級陸上戦艦が沈黙した。乗員を飲み込んだ彼女たちは満足げに眠ってしまった。
死霊の艦隊は港湾を閉塞させ砲門を味方に向けた。ガリポリ帰りの死者たちは動かない、元より今の宰相が気に食わなかったからのだから心なしか清々した顔をしてる様に見える。
骨の馬達が馬車を放り出して走り出す。彼らの背に乗った首無しの騎士は恐れおののく人々を確かに指さした。
遠く異国の地から運ばれた骨共は全てを放ってその場に崩れた、祖国を踏みしだく侵略者にもう従う必要はない。彼らは笑う、御仲間になったら仲良くしてやるよ。
ケンブリッジの空が黒く染まっている。日本人顧問が禁断の書物と封印の石棺を全て解き放ったのだ。
英国を支えていた物、搾取と収奪の産物が全て彼らから背を向けたのだ。
詐欺である。クーリングオフ制度はまだ存在しないが出来るなら今すぐ行いたいほどの詐欺だ。素晴らしい新技術、新時代の資源、戦争遂行の切り札、元からそんな物なかったのだ。
全てはこの為、自分達が愕然とし、慌てふためくその様を日本人が見る為にあったのだと英国の人々が気づいたのアシュフォード、カンタベリーが落ちた二日目の事だ。
勿論黙ってやられる英国人でも大陸解放の為に集結しつつあった米派遣軍でもない。形振り構わずに彼らは反撃に打って出る。
それは核の炎が世界で初めて炸裂した事でも明らかだ。これはチャーチル卿の決断でもある、核の持ち込みを米国側から知らされた彼は怒りを飲みこんで使用を要請した。
カレーに一発、敵第二梯団が集結しつつあるダンケルクに一発大輪の花が咲いた。容赦はない、英国が亡びるよりは既に死者の手に落ちたフランス人に死んで貰う。
それで英国が生き残るならそれで良い。それ程までに彼は追い詰められていた。敵は既にロンドンに迫りつつある。無数の人々を踏みつぶし彼らを仲間に加えながらだ。
それは悪手だったと言えよう。核で吹き飛ばす?それで?幾ら殺せるのだ?
爆心地にいた人々はそれは跡形はないだろう。死者たちも当然に吹き飛ぶ。だがその後は?
皮を垂らし、ガラスと破片に塗れた復讐鬼が増えるだけだ。瓦礫の中から、汚れた雨の降る焼けた大地から、爛れ、急性の放射線中毒で悶え死んだ鬼が何処を目指すと思う?
ロンドンだ。日本を目指すと思うか?地獄の底から叩き出して鞭打つのが、かの帝国なのに?
無駄だ。無駄、無駄。地上の太陽は一時の浄化を齎すだろう。だが太陽が昇れば、必ず日没は来る。
増える増える増える死者は増え続ける。増えて増えて増えてそして進み続ける。恨みと狂気と歓喜に震えて大日本帝国の敵を殺すのだ。最後に地上の地獄で笑うのは彼らだけ。
人生は喜劇である。だがこの世界では終わる事はない、死んでも死んだ後も永遠に喜劇は続いていく。
だがまあ、一応の幕間はあるので。それを語ろう。
破滅の日から七日立たない内に大ロンドンは戦場と化した。増え続ける死者は止まらない。
王は残った。王に忠誠を誓う近衛連隊は最後まで踏みとどまって、市民の盾となった。最後の戦場はウェストミンスター大聖堂であった。
米国の研究成果により死者たちは聖なる物を忌避する事は分かっていた。だがらこそ、ここ最後の場所に選ばれた。いやそれよりもただ自分達が裏ぎってしまった神に一縷の望みを掛けただけかもしれない。
奇跡の一つも起きて然るべきなのだ。そうだろう。死者が起き上がる終末の世界なのだ。なぜ神は沈黙している?なぜなぜなぜ?天罰でも良い、自分たちは地獄に落ちても良い、せめて奇跡が残された人々に於きます様にと生贄になる心持だったのであろう。知らんけど。
「「神よ我らが慈悲深き国王を守りたまえ」」「「主よ、我等が神は立ち上がり敵を蹴散らし、潰走させ、姑息な罠をも打ち破りたもうた、我等の望みは汝にあり、神よ我らを守りたまえ」」
七度の突撃、七度の防衛、声高らかに勇士の最後、弾はない援軍は来ない、手に持っているのは最早只の棒切れで、集まったホームガードが握りしめるのは鉄パイプに銃剣が刺してある即席だ。
でもだ諦められない。諦める訳にはいかない。
無駄だと云うのに。
大ロンドン陥落から半月。死者の群れの進撃は奇妙に遅く、敗走を続けていた英米連合は戦力の再編を行う事が何とか出来た。
続々と大陸から集結する軍勢にブリテン島失陥は時間の問題である。エディンバラからカナダに向けて脱出する人々の時間を少しでも稼ぐべく決戦の地に選ばれたのは皮肉な場所であった。
ハドリアヌスの長城。本来であれば北からの蛮族侵入を防ぐべく作られた遺跡は、南から来る死者たちへの防壁として再利用されたのだ。
ないよりはまし程度ではある。だが無いより在る方が尽きること無い群れを迎え撃つにはマシと言う物だ。
ナパームを流し込んだ空堀、炎の壁は只突き進む死者には最適な防御だ。鉄条網とありったけの地雷、ガソリン切れの戦車でも砲は撃てる。
兵士たちは掘るそこが墓穴だと分かっていても。彼らの上を驚くほど低空でB17が飛んでいく。どうせ迎撃は無いのだからと焼夷弾の雨をヤンキーは死者たちに浴びせている。
祖国が燃えている。いや燃やさねばならない。燃やさねば奴らは止まらない。
ここで止めなければならい。でなければ国王陛下に申し訳が立たない。
兵士たちは王が残った事を知っている。王は義務を果たしたのだ。だから自分達も義務を果たす。
幾日かが過ぎ、難民の列が減り、そして奴らが来た。夜が来て、日が昇り、仲間が減っていく。倒れた戦友は燃やさなければならない、起き上がる前に。
焼ける肉の匂い、焦げた土、終わらない波。誰もが疲れ果ている。
それでも戦わねばならないのだ。諦めてはならないのだ。一人でも多くの国民を逃がす為に自分たちは諦めてはならない。
誰もが何日も寝ていない。満足に食えていない。糞も出来ない、ふんばっていてケツを噛まれて死んだ奴もいる。
目ばかりがギラギラとしている。アンフェタミン飲み過ぎだ。
気のせいだろうか?歌が聞こえる。いや気のせいではない。朝靄の中、遠くに旗が、軍勢が見える。
嗚呼!嘘だ嘘だと言ってくれ!嫌だ!こんな、こんなあんまりだ!
「我々の倶楽部に入ったご感想は如何ですかな国王陛下?」
「存外に悪くない、、、正直に言おう最高だ。特に気に行っているのはこれだな」
遠く、健気に戦う嘗ての臣民を天幕の中から無感動に見やり。王、ジョージ6世は隣にいる大死霊術師に応え、手に持っていたゴブレットを乾かした。
「次を持てモズレー」
「へい、ただいま!」
「あの~それ以上飲まれると流石に死んじゃうと思うんですが?」
「そう簡単には死なんよ。予が保証する」
「お代わり、お持ちしました!」
「ご苦労。うむ実に美味い」
死霊術師永山の諫める声も聴かず、王は小間使いであるモズレー卿から代わりを受け取り飲み干した。
「これが味わえるのであれば、もっと早く誘って欲しかった物だな。そちらの主は人が悪い」
「いやぁ~、此処迄陛下に適正があるとは思わなかったもので」
「王とは概ねそんな物だよドクター永山。やりたい事も出来ず、自分を押し込めて、国民や国の為と言い訳をして生きているのだ。そうだろウィンストン?」
「暴君、、、!私は何で貴様なんぞに忠誠を、、、」
「どうだ、ドクター。元気な物だろう?これならもう少し血を抜いても良いのではないか?」
「いえ、死にますって、、、」
「そうか、では仕方がない。モズレー!兵を進めろ!確か植民地人の指揮官はアイゼンハワーとか言ったな奴を早く味わいたい!予を待たせるな!」
王お気に入りの血袋。サーウィンストン・チャーチル卿からはこれ以上は流石に飲めないと思った暗黒の王は号令をを下した。
王とは国だ。その王が落ちたのだ、英国の陥落は止められる筈もなかったのである。




