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農夫の一日 肉屋の一日

 祭りが始まる前に少しだけ欧州大陸の元中心たちを除いて見よう。きっと楽しい光景が広がっているに違いない。不死なる圧制者とその恩恵に預かれる幸運な?も者たちにとってだけであるが。


 フランス・アンドル県の元過疎地域。


 その大地は腐敗していた。生物学的な意味での腐敗ではない。日々消費され、雨と共に大地に降り注ぐ死者たちの無念と慟哭による腐敗だ。文明の中心を自称していた欧州の大地に汚れた雨が降っている。


 雨は大地に染みわたり、全てを捻じれて捩れた何かに変えていく。セーヌの流れは仄かに青く光るネバついた何かで、泳ぐ魚は黒々と大きく、時に人を飲み込む不吉な影と化した。


 セーヌばかりではない、ラインもドナウもテヴェレの流れでさえ、青く不吉な冷たいレテの水である。


 そんな腐った大地をに鍬を振り下ろす男がいる。その手つきも腰の入れようも、熟練の農夫とはかけ離れた素人丸出しで覚束ない物であった。


 「なんで、、俺が、、、こんな事しなけりゃ、、ならないんだ」


 ブツブツと文句を言いながら男は鍬を振るう。彼ばかりではない、彼の周りには幾人もの男たちが慣れぬ手つきで痛む体に鞭打ちながら腐った大地を耕していた。誰もが擦り切れた都市生活者の服装でとてもではないが農夫には見えない。


 「俺は!パリジャンだ!パリで生きてパリで死ぬべき男だ!こんな肥え臭い所でなんで百姓仕事を!」


 文句は怒りに怒りは行動にでる。力任せに大地に鍬を振れば黒々とした豊穣の腐敗は、易々と鍬をその身に潜り込ませた。 だがそんな事をしていて長く働ける訳はない。男は物の数分でその場にへたりこんでしまった。


 男は思う。


(逃げたい。逃げ出して、良い塩梅のワインを傾けて柔らかいベットで眠りたい。責めて真面な食事を取りたい)


 飢えている訳ではない。休みも取れている。だが不満と不平は溜まる一方なのだ。


 赤黒いパン、ウジの飛び跳ねるチーズ、毒毒しい色合いのポトフに入っている肉は一体なんの肉であろうか?少なくとも豚ではない。そうだあれは豚ではない。二本足で立って翼があり、「メルシー」と挨拶するアレを断じて豚と認めたくはない。


 寝所も最悪だ。現代化と都市化の流れで見捨てられた廃村の家々は、辛うじて雨露は凌げるが、毎夜毎夜すすり泣く幽霊や、ベットに潜り込んでくる毛むくじゃらの何かと朝を迎えるのは耐え難い苦痛だ。


 だが逃げる訳には行かない。逃げ出せる訳がない。


 チラリと、目を開墾地の端に向ければ、オドロオドロシイ大樹に生る鋼鉄の鳥かごが目に入る。中に居る、いや、在るのは哀れな脱走者たちで、飛べるのが不思議に思う程肥え太った鴉に啄まれている。


 (ああ、、ピエール、、ジャン、、、オージュロー、、、あいつ等と同じ目にだけはなりたくない)


 鳥かごの中身、その中身は死んでいる。死んでいる筈だ。だが彼らはその腐りかけの口で今も尚呟いている。


 その呟きは、何時の頃からか常に吹くようになった生暖かい風に乗って耳に確かに聞こえる。


 「許してくれ」「死なせてくれ」「神よどうかお慈悲を」


 アレを見て逃げようと思う者は馬鹿だ。そして怠けようとする者も愚か者である。


 男は忌まわしい鳥かごを見るのを止め、力なく作業に戻った。戻らざるを得なかった。


 何故なら彼の直ぐ近く、農地を区切る畦道を、四本の足の生えたギロチン台の影がゆっくりと、こちらに向かっているのが見えたからだ。


 これが、不死なる存在達に仲良く切り分けられたフランスの日常である。


 傍から見れば非人道的かもしれない。だが幸いな事に黄泉路から戻ってきた皇帝の尽力で、彼らの労働は一日六時間であるとの同意が死者たちの間で交わされた事を知れば、その感想も変わるかもしれない。


 だから、何れ男もこの生活に慣れるだろう。慣れて忘れて結婚し子を作る。子はこの生活を当たり前の事として受け入れ、次の代、その次の代へとそれは続いて行くだろう。


 彼らは無知で従順で恐怖と幻想を友として、新しいフランスを作り上げる。それこそが現代に対する旧体制の復讐なのだ。



 

 ドイツ第三帝国 廃墟のベルリン


 精肉中隊。肉食文化大いに花開いたドイツに置いて各師団に設けられたユニークな編成である。糧食を司る部隊は何処の軍隊に置いても存在するが、と殺から精肉までを専門に行う部隊を置いたのはドイツ位であろう。


 ここベルリン、そして自発的に縮小した(一部は頑として譲らなかったが、ズデーデンとかホルシュタインとか)ドイツではこの部隊は今や花形と言って良い。


 彼らは拡大し人員を増やし連隊にそして師団にまでなった。肉屋がである。


 (なんど焼かれようとベルリンは不滅だ)


 そんな精肉部隊の少尉、今はドイツ全土に軍政を敷く親衛隊の一員であるハンスは力強く思った。


 彼の手には肉切包丁が握られ、鮮やかな手さばきで大きな肉の塊を切り分けている。急がなくてならないここベルリンにはまだまだ飢えた民衆が居て、彼らの飢えを満たさない事にはエライ事になる。


 何しろ人数が人数だ。拡大し続ける部隊でも手が足りず尉官であろうが佐官であろうが包丁片手に現場を駆けずり回っている。


 其処には今やユダヤだのスラブだの細かい事は関係ない。新総統の大いなる祝福を受けドイツに住まう者は遍くアーリアンなのだ。


 収容所は開けられ、捕虜は解放され、皆が勤勉で友愛の精神に溢れる別動隊の満面の笑みと手に握られた注射器の一刺しで生まれ変わった。


  (そう生れ変わった!お陰で俺も御袋もビクビクしないで生きて行ける!)

 

 ハンスの母はユダヤ系だった。退役軍人の父は母の来歴を熱心な党員と言う仮面で隠し通し、それを知る自分も模範的な親衛隊員として同胞を売る事で生き抜いてきた。


 その日々も最早過去の事。ヒムラー総統代行は愛に目覚められたのだから。


 確かに少し不便もある。ライミーの爆撃は酷い物で、ドイツに生まれた者として喜んでいた獲得したはずの生存圏は何処かに行ってしまった。


 けれどもう良いのだ。自分も母も、そして同胞であるユダヤ人も、ドイツに住まう者は等しく月の光の中を堂々と歩いて行けるのだから。


 それに、、、それにである。


 ハンスは切り分けている肉塊を見て唾を飲み込んだ。最後まで新総統の愛を受け入れなかった親友を思い出したからだ。


 (ああ、、クルツの奴も素直に新総統の祝福を受ければ良かったのになぁ、、、)


 そう思って肉塊を切り分けるハンス。それは空からの贈り物だ。毎晩、近頃は昼でも爆弾を落としてくるライミーとヤンキー。如何にかこうにか態勢を立て直したドイツは彼らを叩き落とす事に本腰を入れられる様になってきた。だから生きの良い贈り物が空から降って来る。


 それだけではない。何でも裏切り者のヴィシー政府と話が付いたお陰で、新鮮な贈り物はかなりの量、彼の地より輸送されてくる。


 (良い肉だ。切り分けていて腹が減る)


 そんな贈り物を切り分けていると、ますます嘗ての親友を思い出す、、、、彼の味を、、、。


 (あいつの太ももはホントに美味かった、、ぽちゃぽちゃして汁気があって、、できるならまた食べたい、、)


 不謹慎だとは思う。親友に対して美味かっただなんて失礼だと心底思う。だが忘れられないのだ、あの味が、叫び声が、喉元に食らいついた時に噴き出た甘い甘い血潮が、脈打つ心臓の豊かな風味が。


 「ハンス少尉殿!手が止まってますよ!しっかりして下さい!」


 恍惚の中にいたハンスは近くにいた部下の声で正気を取り戻した。そうだ今は大事な仕事中であったのだ。


 「おお!すまん!こいつは終わったぞ!次の奴を頼む」


 そう言って切り分けていた肉を部下に放るハンス。それを受け取った部下は腹を空かせている人々に少しでも早くご馳走を届けようと走り出す。


 そんな部下を頼もしそうに見送り、次なる仕事に掛かろうとしたハンス、そんな彼の足に固い物が当たった感触がした。


 思わずそれを拾い上げる。鈍く血に濡れて光るそれはヤンキーの空挺徽章だった。しげしげとそれを見た彼は再度、自分の胃の中に消えた親友とその甘美な味を思いだし、被りを振ってそれを振り払った。


 何故なら新総統と総統代行は約束したからだ。豊穣の地、肥えた肉の在る所への進軍を。


 (そうだな。クルツの事を思うのはもう辞めよう。彼の味は格別だったが、ヤンキー共も美味い事は確かなのだ。そうさ!俺にはまだ見ぬ味がまっている!さようなら友よ!)


 「次の肉を連れて来い!今日は忙しくなるぞ!」


 徽章を投げ捨て、彼は自分の仕事に戻るべくゾロリとした牙を剥き、鋭い狼爪の生えた手で肉切包丁を握ると大きな吠え声を上げるハンス。


 少し後、彼の目線の先に居た、震えながら連行される米第101空挺師団の兵士の叫び声が短く響きそして消えた。


 

 このお話一応ホラー風味なんです。思い出していただけました?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヴィシー政府がまだあるらしいけども皇帝もいて… フランスは何分割されたのだろう…
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