生者たちの黄昏其の惨 アンシャンレジームの帰還と美しきアーリアン
断頭台の刃が落ちた。
鋭く、早く、大量に、ありったけ、フランス中から搔き集められた断頭台の刃が。
錆びを落とされ、油を差され、吹き出す血潮に塗れながら断頭台の刃が落ちる。
転がり落ち続ける首、首、首。首受け籠が溢れそうであるがそうはならない。
また一つ首が落ちた。あれはドイツのパリ占領司令の物だ。ここパリ、コンコルド広場は大首切り祭りの会場と化している。
周りには大群衆。だが不思議と歓声は聞こえない。恨み骨髄のドイツ人が震えながら処刑されているのだから、悲鳴はもともと出ない事は分かっているが、それこそ嘲笑と侮蔑の歓声が聞こえそうな物だが一向に聞こえない。
それはそうだ。首と泣き別れた胴体はヨロヨロと立ち上がり、自分の首を拾い上げると小脇に抱えて並び始めているのだから。
まあそれだけなら哀れな占領者が自分たちの奴隷に加わったのであるから、喜ぶ馬鹿もいそうである。だが喜べない理由がある。パリはドイツ人の支配からは解放されたが、まったく別の支配者によって統治される事になっていたからだ。
新たな支配者。コルシカ島出身者、ブルボンの、アンジューの血脈、ハプスブルグ家からのの王妃、古のカロリング、そしてブルゴーニュの騎士たちで構成される骨と乾いた皮膚で出来た旧体制の遺物たちであった(コルシカの皇帝は断固としてそこに分類されるのを拒否するかもしれないが)
死者に慈悲はない。主に生者に慈悲が無い。弱腰でドイツの太鼓持ちであった筈のペタン元帥率いるヴィシー政権が、征服者に反旗を翻し花の都に入城した際は呼応して立ち上がったパルチザンもドイツ人と並んで首を抱えている事からもそれは如実だ。
邪悪な御業により現世に帰ってきた死者たちを突き動かすのは、征服と支配、ただそれだけであり、そこには自由も平等も友愛も無い。 彼らは(皇帝すらも)敵と反抗する人民の血で畑を沈め、その余禄として少し味見をするだけである。
1944年の6月。破竹の勢いでフランス全土を奪還したヴィシー政権は、各地の大反乱で混乱し続けるドイツ本土に逆襲を掛けるでなく、暗き過去の栄光を死者の手に返すべく行動していた。
フランスに駐屯していたドイツ占領軍はこれに抗する手段を持ち合わせず、泣き喚きながら四肢をもぎ取られ内臓を食われる戦友を見捨てながらドイツ本土へと敗走している。
これには理由がある。今や占領の主役となっていた筈の自軍の死体兵が突然指示を受け付けなくなり、勝手にドイツ本土目指して帰還を始めたからだ。
こうなると広がりに広がった領土防備に削られ続けていた生ある軍隊はどうしようもない。フランス各地で上がった反抗の火の手に巻き込まれ、ヴィシーからやってくる忠実な味方であった死者たちに貪らる他はなかったのだ。
それだけではない。悲鳴を上げながら本国に送った援軍要請は無視され、あろうことか親衛隊は国防軍を後ろから撃った上、怒り狂う民衆と死者の群れに投げ込み逃げる時間を稼ぐ始末だ。
「お願いだから助けてくれ!」
「食われるなんて嫌だ!」
「置いて行かないでくれよ!同じドイツ人だろ!なんで黙ってるんだよ」
叫び、泣き、涎と鼻水をまき散らしながら死者の津波に消えて行く同胞、、、、元同胞を見ながら親衛隊将校達は侮蔑の笑みを浮かべて去っていく。
元同胞。そう元である。今は同胞ではない。高等な種族。真の支配者に変わった自分達と己の身も一人で守れなない者は違う。
「これは選別だよ君。生き残る事が出来る強い人間だけがアーリア人として次代を担う事ができるのだ」
今やドイツの中心となった居城ヴェヴェルスブルグで、幼い新総統をあやしながら総統代行の地位を自称する男、ハインリヒ・ルイトポルト・ヒムラーはこれ以上ドイツ人を減らすべきではないと苦言を呈したハイドリヒに嘯いた。
(もうこいつに対する恐れなどない。ああ素晴らしい新世界!オカルトを信じていて良かった!ドイツは来るべき永遠の戦争を生き残る国家に生まれ変わるのだ!)
あの日。ソ連崩壊を祝して行われた枢軸各国を招いた大祝宴の夜、自分の元を訪れた大死霊術師は不吉な未来の予言と甘美なる力を自分に与えて去った。
浮かれ騒ぐ連中には分からなかった、、もしくは目を逸らしていた事であるが自分には分かっていた。第三帝国には先がないのだ。奪える物は全て奪ってしまった。東西ヨーロッパ、ロシア何処にも際限なく求める帝国の飢えを満たす事の出来る獲物はいない。英国本土を落とせばそれで終わりだ。
狩り尽くしたのだ。この上は何れ共食いするか、どうあっても敵いそうにない巨人の脛に齧りついて踏み殺されるか、チャイナと言う無限の死体工場を持つ帝国に挑んで死体の海に沈むかだ。
死体に鞭打って農業させても多寡がしれている。小麦だけで略奪品がもたらす贅に慣れ切った国民を養えるか?奴隷だらけの市場に意味は?総統は経済と言う物をご存じないのだ。
嘗ては自分もそうだった。だが拡大を続ける親衛隊で治安を司り、一向に諦める事無く湧き続ける不穏分子と格闘し、書類の洪水に襲われれば嫌でも理解できる。
総統。総統も堕落された。若さ、富、権力、そして自分の子供。守る物が出来、嘗ての目を覆わんばかりの輝き、自分を焼いたカリスマの光と熱を失ってしまった。ユダヤ人に慈悲を与えるだと!奴らが自然死するのを待つ?馬鹿な!それでは民族の純潔はどうする?真のアーリア人を作り上げる理想は何処に行った?
(今思うと若かったと言うべきかな?いや定命の枷に捕らわれていたと言うべきか?)
腕の中の子供。劣等種であった頃の自分は初めて総統から見せれて腰を抜かした物だ。「殺すべきです!偉大なる総統の子供が怪物等と知れたら国民が!」と喉元から出る所だった。
(言わないで良かった。言ってたら間違なくその場で銃殺されていた。それにこの子の齎す未来が永遠に失わる所だった)
自分は変わった。与えられた力を使い、同胞を増やし、総統の気づかぬ所で親衛隊の掌握が済んだ時分に再度訪れた大死霊術師、ドクトルナガヤマは曇りなき目で今一度この子を見ろと言ったのだ。
再びこの子を見た時、私は震えた。初めて総統の演説を聞いた時と同じく、いやそれ以上にその美しさと内包する力強さに畏れさえ覚えた。
「どうですあの子は?吸血鬼の目を通して見る異形の子のご感想は?」
「美しい!あんなに美しい物は初めて見る!嘗ての私は、、、、劣等種とは何と浅はかな知見しか持っていなかったのかと絶望してしまった程だよドクトル」
「その美しい物が増やせると言ったらどうします?」
「出来るのかそんな事が!それこそ人類の、、、違う!アーリア人の革新だよドクトル!教えてくれ!何をすれば良い!」
「簡単な事です。選別し祝福するのですよ長官。その為には、、、」
私はドクトルの言葉に従った。そして気付いたアーリア人とは人種の事ではない!その魂の事だ!憎むべきユダヤさえ資格のある者は生まれ変われる!私は何と愚かだったのか!
「増やしましょう総統、貴方の血に連なる物を。私たちは永遠にあなた達を見守り続けます。来るべきラグナロクに最後に立つのは貴方達であるべきなのです」
幼子の艶やかな毛並みを撫でながらヒムラーは夢見る様に呟いた。
帝都地下カタコンベ
「狼憑きは実の所呪いの類なんですけどね。不可逆の変異な上、親和性の無い人間は正気に戻るまで時間が掛かります。当分親衛隊の皆さまは満月になったら暴れ出す国民の調教に苦労するでしょう。」
遠見の水晶で陶酔中のヒムラーを眺めていた永山はその場に集まった貴種たちに呆れる様に言った。
「ふむ。確かに良い毛並みの人狼と言う奴だが、そんな調子の生物が優良種等と言った手合いなのかね?それなら我が軍にも欲しいが」
「常人よりは身体能力は優れてますよ?でも知能は殆ど変わりません。寧ろ野性味が強くてあなた方の様な不死者でなければ制御できないでしょう。病気の類はしないので長生きはしますが、間違いなく高度な文明を作る事は時間が掛かります。彼らにあった物を作るのは大変ですからね」
一人の軍人出身の貴種、不死になっても頭髪は蘇らなかった男の言葉に永山は答える。
「それでは駄目だな。しかし一匹位なら欲しい様な気もする」
「それ吸血鬼の本能ですよ。人狼は吸血鬼の使い魔ですから、ヒムラーさんの抱えてる子は、好悪別として飽和量に達する程の思念を向けられたヒトラーさんの子供が、魔力汚染で変異した純潔種ですので、能力かなり高いですし魅力的な個体ですが、あの子の血が薄まった量産品はそれ程ではないでしょう」
「そう言うものか?でもなぁ、どうです?御上も一匹?」
「僕は遠慮するよ。人を飼う趣味はない」
「さいですか、失礼を。だが笑えますなぁ。優良、優良と五月蠅かったナチスが、憎んでいたユダヤ人までアーリア人認定して獣人間の養殖をしよう等とは」
禿の言葉に失笑が広がる。本当に見ていて飽きない滑稽さだ。
「このままで行けば、数年でドイツ人の殆どは人狼になるでしょう。ブリーダー業にかまけてるから反乱続く生存園からは撤退を続けてます。良い感じですよ」
「では、そろそろ攻め入るとするか。ワルシャワの反乱軍とは連絡が付いたのだろう?」
「ええ、ポーランドリトアニア共和国の復活を約束したら二つ返事でした」
「大公の選別はどうするかな?順当に選挙かな?」
「私はジギスムントさんの再登板がいいですね」
「あっ御上、次の番組が始まりますよ。オーストリア議会に騎馬で女帝の乱入です」
「おお!それは見ないとな。マリアテレジア女史再度の雄姿だ」
「彼女、骨や木乃伊は嫌だとごねるから、バンシーにしたんで苦労したんですよ陛下」
「それは御苦労。ありゃ、随分若いな肖像画とは随分違う」
「十代の頃が良いと仰せでして。あと旦那さんも付けろと暴れてホルティ提督と揉める揉める」
和気あいあいと観戦する悪鬼たち。生者たちの黄昏は続いて行く。




