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世界漂流三千里 第一巻 吾輩は何故、盗掘業者になりしか

 「大佐殿!走って下さい!死にたいのですか!」


 「もう嫌だ!辞めてやる!絶対に辞めてやるぞ!」


 次々と飛んでくる原始的な飛び道具の雨の中、帝国陸軍大佐辻正信は、一杯一杯な叫びを上げながら遁走を図っている。


 隣には自分と同じく遁走している目付け役の帝国陸軍特務曹長。自分は死にそうなのに、こいつは能天気にも「いやぁ生きているって実感するなぁ」等と頭が腐っているかの発言をしているのが腹が立つ。


 ここは英領インドのの奥地、ハリヤーナー州パーニーパット。かの有名なバーニパットの戦いの故地である。彼ら二人(周りには反撃する英軍の装甲車も「こんなはずじゃなかった!」と叫びながら逃げを撃つ英国名門大学の学者連中もいるが)を追いかけているのはその敗者の側である。


 何しろ第一次から三次までの戦死者を蘇らせると言う大計画であるから、追いかけて来る数も膨大である。英国は支配地での不死の軍団の強制徴募を本格的にしている訳であるが、広大な支配地全体でそれを行うには人員が足りない。


 足りないから色々な所から動員もする。そこに貴賤も職業も関係はない、今は国家総力戦の時代なのだ。であからオックスフォードやケンブリッジで戦時の為暇を囲っていた歴史・考古学者も次々と動員している。


 それでも数が足りないと、胡乱な学説を唱える研究家や、学会からそっぽを向かれる学者崩れまで動員して事に当たっているのだ。


 その結果が今の事態だ。英即席講座で学んだ死霊術に協力者である日本側を無視した強引な儀式が重なり、かなりの場所で戦奴にする筈の死者から追っかけ回され、英国は少なくない被害を出していた。


 英国政府は「コラテラル、コラテラル、大義の前の尊い犠牲」等と言っているらしいが巻き込まる方はたまったものではない。


 「だから吾輩は言ったのだ!なんでインドやら中央アジア出の英霊を呼び出すのに、牛と豚を一遍に使う!」


 「羊が手回らなかったんですよ!時間も金もないそうです!」


 「それでこっちが死んだら元も子もない!責任者を出せ!」


 「例の教授ならとっくにハリネズミになっとります!ほらあそこで唸ってるのがそうですよ!」


 「馬鹿ぁー!」


 這う這うの体でキャンプに逃げ込んだ二名の日本兵は、飛び交う矢玉の応酬に頭を低くしながら怒鳴り合う。彼らは何故ここにいるのだろうか?


 時を少し戻そう。



 

 辻正信が満州の地に置いて「シベリアの虎」の異名を取る猛将山下中将から「帝国陸軍特別調査班」等と言う胡乱も胡乱な仕事を仕事と押し付けられたのは半年前の事である。


 「特別調査でありますか?」

 

 「そうだ」

 

 「えーその、何を自分は調査するのでありますか?お言葉ですが、その様な特務でしたら例の満鉄調査部辺りか憲兵隊の専門家を使うべきかと愚行するのですが?」


 「確かにな。だがなぁ、大佐」


 「あの自分は中佐で、、、」


 「大佐になったよ今日付けでな。それ位でないと箔が付かん」


 入室して開口一番、意味不明な任務の辞令を叩き付けられた辻は、困惑しながら己の出世を聞くことになった。


 (え?何故?このままでは、一生出世なんぞ無理だとばかり?吾輩は明らかに中央に嫌われていたのでは?あっ!嫌な予感が凄いする!吾輩の感が叫んでる!辞めるなら今だ!ここで辞めんと多分酷い目に会う!)


 「はっ!それは光栄であります!ですが、実は自分はこの所体調が不良でして、遺憾ながら最早軍務に耐えられ、、、」


 「そう警戒するな大佐。まぁ、今までの扱いからすれば警戒するのも無理はない。実際左遷人事に近い扱いだったからな。だが事態は変わったのだ。帝国には優秀な人材に冷や飯を食わせて置く余裕はないんだよ」


  辻は脱兎しようとした。だがその様な事を許す山下ではない。彼は有無を言わさずに畳みかける。虎はから獲物と見られて逃げ出せる生物は多くはない。特にその虎が不死であればなおさらである。


 シベリアの虎。不死の騎馬兵団を率いて友軍たるモンゴル帝国軍から「ぜひ将軍に求めたい」と言われる程の死山血河と京観をロシアに齎した人虎は、人好きのする笑み(異様に長い犬歯をむき出しにして)を浮かべ言う。


 「実はな。枢軸・連合共の両方から顧問やら調査協力の依頼が殺到しているんだよ。奴さん方、戦力の拡充に必死でな。そこで我が国も長い友誼に鑑み双方に人を派遣しなければいけないと言うわけなんだ」


 (なーにが友誼だ。両方から絞り取りたいだけだろうに。吾輩が言うのもなんだが、我が国はほーんとに面の皮が厚くなっ、、、、)


 「何か言ったかね?」


 「いえ!なにも!」(心を読むな!)


 ニヤニヤしながら言う山下に思わず心中で毒ずく辻、直ぐに見破られて慌てもする。


 「どこまで話したか、、、ああ、我が国は今のような事情で派遣する人員が足りん。特に高級軍人がな。技術者は居るにはいるが階級が聊か足りない者ばかりなんだ。そこで君だ。なに心配するな、技術的な事は一緒に派遣する者が行うから、君には向こうさんとの折衝を行って欲しい。大事な任務だ、これが終れば君が中央に戻る目もある。どうだ行ってくれんか?」


 そう言うとスッと目を細めて山下は辻を見つめた。その眼光、正に野獣!辻は何だかシベリアのタイガで襲われる犠牲者の気分になった。落ち着かない事夥しい、もし断ればここで自分はバラバラにされる気さえしてくる。


 最早否応は無い。辻は頷く他にする事が出来ずその場を後にする事になったのである。


 


 そして現在。


 「なに簡単な任務だ。向こうさんの軍にくっついて居れば良い、実務は部下がやるんだから、休暇だとおもって任地で美味い物でも食べてゆっくりしてこい」


 

 

 「何が簡単な任務だあん畜生!鬼!悪魔!人食い虎!」


 山下から去り際に掛けられた言葉を反駁しながら辻はこんな所に己を飛ばした上司に呪いの言葉を怒鳴る。

 

  付けられた部下はあの時、自分を呼び出しにきた中島曹長(特務がこの度ついた)ただ一人で、あっちに行けこっちに行けと引きずり回されている。


 チベット高原ではシャンバラ捜索隊だと名乗るナチス親衛隊と一緒にグルカ兵に追い回されて散々な目に会い(親切なイエティに助けられなけれ死んでいた所だった、彼らの集落のどこが幻の都だ!)。


 東南アジアでは英蘭の世迷言に付き合わされてUボートに撃沈され、最後は地元の海賊やゲリラと大太刀回り(鄭和の秘宝がなんだ!なんだよ消えた黄金船団って!)


 そして留めは、死に掛けながらたどり着いたインドア亜大陸での遺跡荒しである。


 「まだか曹長!そろそろ吾輩は死ぬぞ!」


  遂にキャンプに踏み込んきた死の軍勢と、軍刀を振り回して残された英軍と共に乱戦する事になった辻は叫んだ(何時からここはアフリカになった!)とも叫んでいる。確かに銃と刀槍で乱闘しているのはズールー戦争さながらである。


 「あと少しです!術式が難しくて、、、これで良いのかな?ん?間違ったか?」


 頼みの綱は本式に死霊術を収めている特務曹長ただ一人だ。「英軍の奴ら専門家を無視しおってからに!

」と奮戦する辻の叫びが響いてい居る。


 「吾輩は辞めるぞ!絶対に辞めてやる!絶対に絶対に絶対だ!」


 

 後年、少年冒険小説の大家として知られる若き日、、、でもないか、、、の苦難の旅路はまだ終わらないようである。


 「辞めてやるからな~!」

 







 「いやぁ、実に愉快ですねぇ」


 「ホントになぁ。彼は作家の才能がある」


 帝都の中心の奥深くで不幸な大佐の報告書を読んでいた二人の人物が満足げに笑い合っていた。


 「ですが、悲しいかな、彼の冒険も終わりが近くなってきました」


 「そろそろ時間切れだ」


 世界は狂奔している。


 死体で死体を作り、己の神に唾を吐き、そしてなお殺し合う。


 「お祭りは最高潮です」


 「そうだね」


 腐敗は大地に満ちている。空を海を汚している。


 両洋を死者の船団が行き交い、人々は死者の耕す畑の恵みを口にしている。


 遍く全ての人々が、、少なくとも文明人に「清い」所など最早ない。


 「最高のフィナーレにしますよ陛下」


 「楽しみにしているよ永山君」


 そして魔王と従僕はほくそ笑んでいる。

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] むしろその冒険小説が見たくなってきました…w絶対に面白いって!
2024/01/26 15:47 (´・ω・`)
[良い点] 死体生産の循環が出来てしまったか。 人間は愚かだねえ、進めも戻るもせず延々殺し会うのか。 今回の辻さんは面白キャラだな。 [一言] 唯々殺すだけの世界を名も呼べない神様は面白いと思うのか…
[良い点] ああ、いよいよパーティーが開幕するのか。 世界中で《黙示録的》なんて表現が出てくるような光景が見れるようになるんだろうな。 [一言] 辻ーんの冒険ももうそろそろ終了ですか。 パーティー開始…
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