空と亀と配管工 中央アジア帝国の魔王
1941年。
不毛と言うレベルでの死体の投げ合いに、一向に決着のつかない事に、業を煮やしたちょび髭とそのご一統たちは、ヨーロッパのニキビを征服する事は一時棚上げし、腐った納屋の解体作業にその労力を向ける事とした。
無視はしていない。資源さえあれば、勝てる見込みが出て来たのだ。ブリテン島での空の戦いは、史実と同じく苛烈であるが、史実とは違い、五分の所で未だ伯仲している。
理由は勿論、死体の有効活用である。基本的に何時の時代、何時の戦争でも、高所に居る物は、それが如何に低速で如何に貧弱でも脅威である。
それが気球であろうと、爆薬を詰めた竹であろうと、頭の上に何か落ちてくる事や、高みから監視される事に、地べたを這う猿の親戚である我々は、慣れるまで進化だか退化はしていない。
ドイツが、ブリテン島の住人の安眠を妨害することに投入したのは、格安で禄でもない物である。戦争の道具は全てが禄でもないが、これは特に禄でもない。
それは布張りで、木で出来ていて、飛んでいるのか、事故にあって落ちている最中なのか区別が付きにくい物であった。
だがそれは嘗ての戦争では主力であり、英国海軍では、もう少し性能の良い物が立派に飛んでいる。
複葉機。それも簡易も簡易、一度飛べば良い、防弾もされていないし、機銃も積んでいるのは鹵獲品、そも規格化もされていない一品物である。これなら占領地の技能の無い労働者でも作れる事は作れる。
人命軽視?良いんだよ、だって乗っている者は既に死んでいる。
まぐれで何か撃墜してくれれば御の字であるし、阻塞気球に打つかってくれても問題なし、むしろ戦果。一番の目標は地表の目標に体当たりしてくれる事なのだ。
戦闘機でも爆撃機でも、一番に高級な部品は人命である。離陸する事すら、「はい、やってみて」で出来る奴は居ないのだから当然だ。
その部品が今の時代、性能に目を瞑れば幾らでも補充ができる。
そう墓場から。
「なんなんだアレは!」
ブリテン島にまだ日が昇らぬ明け方、物凄い剣幕で、部下も連れずに、大日本帝国から派遣されてきた技術者事、帝国陸軍少佐である、安藤少佐の連絡事務所に怒鳴り込んできたのは、大英帝国の空の守りを担当する、ヒュー・キャズウェル・トレメンヒーア・ダウディング大将であった。
大将は頭から火を噴かんばかりに怒っていた。その日の真夜中、レーダーに映った馬鹿の様な数の機影に、帝国空軍はてんてこ舞いになっていたからだ。
すわ!大規模爆撃と、駆け付けた戦闘機軍団が見たのは、ノロノロと飛ぶ複葉機の群れであった。どれもこれも鈍足で、編隊を組む事もせず、唯ひたすらに、麗しきロンドン目掛けて飛んでいた。
「「自殺しに来たのか?」」
迎撃に出たボーファイターのパイロットたちは、呆れるか、目を擦るが、敵は目の前を亀のような鈍さで飛んでいる、いっちょ前に防御射撃してくる物までいる。
「なにボウっとしている!全機突撃!」
その声に、夜間でもあるので、夢でも見ている気持ちになった彼らであるが、隊長機からの叱咤の無線連絡に、己の本分を思い出し、迎撃戦闘は開始される。
だが変なのだ。亀たちは回避しようともしない。唯々前進し、思い出した様に、防御射撃を行ってくる。そうなって来ると、人は大胆になるものだ。
一機のボーファイターが、低速の敵にイライラしたのか、速度を落として、接近しての攻撃を開始してしまった。途端に群がってくる、亀亀亀。
あっと言う間の出来事であった。無謀な味方機は四方を取り巻かれ、団子になった敵機に諸共にジェラルミン入り肉団子にされてしまった。
「体当たりしてきやがった!」
無線の向こうで誰かが怒鳴る。それを合図に鈍間な亀はスッポンに変わった。追いつける訳もないのに、味方目掛けて食らいついて来るではないか。
思わぬ反撃?に混乱する迎撃部隊に更に混乱が襲い来る。更にドーバー向こうから、亀、もといすっぽん、、、、もとい、複葉機の群れが飛んでくると、沿岸のレーダーサイトから連絡が入ったのだ。
「「「!!!!」」
そうなると手間取っている暇はない。急ぎ、この亀どもを踏みつぶして、配管に流し込まなければ!
だが上手くは行かない。ここは夜と闇世界である。レーダーと言う闇を貫く目を備えていても、実際に敵機を見極めるのは乗員が行う他はない。
それを知るかの如く、敵機の一部は、誘蛾灯に惹かれるハエの様に、味方に群がろうとしてくる。結果として、精魂尽き果てるまで戦った配管工たちの努力も空しく、第一波の、亀とハエの汚濁は大ロンドンの人口密集地に正確に襲い掛かり、なんと体当たりして果てた。
腹に爆薬を、しかも黒色火薬を仕込んでいた敵機は「BOW!」と白煙を上げ、火の玉になって被害を続出させる。
第二波はレーダーサイトを、そして最悪な事に大三波として、ドイツ夜間爆撃機が、疲れ果てた防空部隊をあざ笑う様に、輸送網目掛けて攻撃を仕掛けてきたのだ。
被害事態はギリギリ許容範囲内ではあるが、次もまた、同じのが立て続けに来るとなれば話が違う、第一、髭の野郎、市街地に爆撃は控える、なんて言いながら、モロに、人口密集地を狙って来やがったのだから、信用など、これっぱかりもしていなかったが、それでも遅れが出ていた民間人の避難に力を注がなくてはいけない。
大将が怒鳴り込んできたのは、以上の顛末があったからだが。大日本二代目三枚舌帝国が事の下手人であると確信したのは理由がある。
這い出て来たのだ。
何がと言えば、敵機の乗員である。ボロボロの飛行服(第一次大戦時のフランスの物)と思しき燃え残りがである。
出くわしたのは、不幸な事に、消火に駆け付けた民間防衛組織である。武器になる物と言えば、シャベルくらいしか無い彼らに、動く死体は襲い掛かり、少し早い朝食にしてしまったのだ。
相手が、爆撃機型の複葉機であったのも事態を悪化させる。これには爆薬ではなく、死体がごっそりと詰め込まれていた。
後はご察しの通りである。
「突撃・大ロンドン・ゾンビ紀行!今朝はお前を丸かじり」の撮影現場をスコットランドヤードが制圧した時には、死者十七名、負傷者三十四名。五十七番地オックニー通りは血で染まってしまった。
これ以上の混乱を止める為、駆け付けた新聞記者を拘禁し、逃げた奴の新聞差し止めたが、「国民の知る権利を妨害するな!」と怒った記者が、刷り上がった号外を撒いた物だから、回収に軍が走り回っている。
「これだ!この化け物を貴様らドイツに提供したな!聞いておらんぞ!なんだこれは!」
大将が、安藤少佐に突き付けているのが、その号外である。血に染まった五十七番地で、必死の抵抗をしている民間防衛部隊を激写した、ピュリッツァー賞物の写真がそこには載っていた(若しくはロメ〇賞か、あればの話であるが)。
「ああそれですか?」
眠たげな少佐(不死者である彼には今が寝る時間である)は、なんだそんな事かと言わんばかりに応えた。さっき食事してきたから眠いんだよ、とも小さく言っている。
「貴様!なんだその物の言いようは!明らか利敵行為だ!貴様らは我が軍に協力しているんではないのか!」
大将は御冠である。続発する異常事態に休む暇なく対応していたのだ、神経が高ぶっている。少し血を抜いた方が良い、丁度いいのが目の前にいる。
「あのですねぇ閣下。我が国は、あくまで新技術の国際共有の為に、採算度外視で協力しておるのです。お分かりですか?国・際・的ですよ?求められるならどの国でも、私共は技術供与しておるんです。欲しかったなら、そうお言い下さい。ドイツは貴国と違い、素直に欲しいと言っただけです」
そんな大将に、少佐は分からずやな子供を前にした様に言う。既に不死である彼にしてみれば、定命の存在は子供にしか見えないのかもしれない。
「だからと言って、こちらに通告もせず、新技術を供与して良い理由にはならん!今は戦争中なんだぞ!見ろこれを!国民が食い殺されておるんだ!どうしてくれる!」
お前の家がが聞かなかったから黙っていた。そう言われて黙る人間は人間は居ない。大将顔を真っ赤にして責任問題がどうとか怒鳴り始めた。
「はぁ、、、メンドクサ、、、分かりました。上と話しまして、そこの所は後日協議の応じます。今日の所は御引取下さい。」
「なんだと!、、、、くっ!仕方ない。だが言質は取ったぞ、今度来るときは、貴国の大使を同席して頂く、こちらも然るべき責任者同席で、正式に抗議と賠償を請求する事にする。では覚悟したまえ!」
メンドクサの辺りは日本語であったので、紳士の威厳を放り捨てて、掴みかかるまでは行かなかった大将であったが、そこは英国人である、協議に応じるとの返事に、しめしめと言った内心を隠し場を去ろうとする。
幾ら怒っても怒りで我を忘れる人間が、大将で居られる筈もない。ましてや英国人である。彼が怒りを見せたのは半分は演技である。ここでゴネついて、有利に事を運ぼうと言う算段だ。
だが早急に過ぎた。幾ら予想の付かない攻撃であっても失態は、失態であるので、挽回を図ろうと急ぎ過ぎたのだ。演技だからと言って一人で、不死者蔓延る巣に、それも完全に日が昇らない内に踏み込むべきではなかった。
「ああ、お待ち下さい、閣下。若しかしますと、御一人でいらっしゃったのですか?秘書官の方もおられませんが?いくらなんでも物騒ですよ」
その時、憤懣仕方がないと言う態で、ドアを開けようとしていた大将に少佐の声が掛かった。
(ん?なんだそれは?もしや脅し取るのか?安い意趣返しだ、後でこの事も問題にしてやろう。少佐風情が何を、特殊技術者だからと言って横柄に振舞よって)
なんでアレ、相手の失点である。ここで嫌味の一言でも言ってやろう。後で後悔しろ小童。大将は振り返り、口を開いた。
「心配していただかなくとも、結構。なにかね?私が歩いて来たとでも思っていたのかな?心配して貰わずともここは文明国なのだ、護衛なぞ要らんよ。貴国の様に死体が町を歩き回ってなどおらんからな」
ふん!と鼻を鳴らすまでは我慢した大将。今度こそ出て行こうとすると再度声が掛かる。
「ほう。ではお車で?運転手の方、御一人では、矢張り心もとないのでは?どうです護衛を付けましょうか?」
「いらん!何をグダグダと埒も無い。何度も言わせない貰いたい!ここは文明国なのだ!護衛など必要ない!」
「失礼しました。ではお気を付けて」
(まったく。日本人は野蛮な上に話まで長い。益体も無いない事をグダグダと)
大将はそう心中で毒づくと、今度こそ出て行こうとドアノブを捻り、、、、、、
「ああ!まだ一つありました」
「くどい!詰まらん事で時間を取らせないで、、、、、あっ!っっっがぁ!」
くど過ぎる野蛮人に、忍耐の限界が来た大将は、振り向きざま怒鳴ってやろうとして、、、
喉も元に深く食い込んだ乱杭歯に言葉を上げることも出来ず悶絶した。
ゴクリ、ゴクリと生命が彼の体から失われ、代わりに、汚らわしくも甘美な何かが、自分に流れ込んで来る事を感じ彼の人間として人生はそこで終わった。
その後、何事も無く軍務に戻った彼は、空軍における、死体再利用の強硬派となった。
曰く「ブリテン島の空を守るの為に、は勇士は死後も奉仕を続けるべし!」
時を置かずして、空軍の兵士たち間に、不吉な噂が立ち始めた。
「大陸爆撃で戦死した機銃手の遺体が何処かに回収され行く」
「もし撃墜されても地上に落ちるな。海に落ちて海軍に回収されろ、内地に落ちれば帰れない」
「夜間編隊に員数にない機体が混じっている」
「どんな手を使ってでも機体を坊主に祝福して貰え!永遠に戦いたくないなら!」
「月のない夜、兵営を首無し騎士がうろついている。あいつの持ってる顔は戦死した奴の物だ」
詰まらない噂だろうか?それとも真実?確かな事は、ブリテンの夜間防空能力が、以前より上向いたと言う事だけである。
1941年。
その日、とある考古学調査団が壊滅した。
開けてはいけない禁断の墓所を暴いた者の末路は、無残な物であった。
王の中の王。草原の支配者の後継を自任する帝王は、自信の忠告に耳を傾けなかった唯物論者を切り刻み、汚い犬を、自身の眠る場所に使わせた蛮族王と、不甲斐なくも帝国を崩壊させた子孫に怒りを滾らせ、帝国の復活と、永遠の支配の始まりを馬蹄の響きと共に高らかに宣言するのであった。
また一つ、世界の支配者を気取る列強の知らぬ場所で、現実世界が軋みを上げる。
「私が死の眠りから起きた時、世界は恐怖に見舞われるだろう」の言葉は真実となった。世界に類を見ない規模の戦いが始まろうとしている。




