本日の天気晴れのち豚骨、海ではネルソン注意報が発令されています
では、本日の講義を始めよう。諸君らの中には、生来の才能により既に骨の一団を自由に動かせる者もいるであろう。その様な者は、吾輩たち先達の言葉に耳を貸さず、我流のやり方で不死の秘奥にたどり着ける等と、増上慢に陥いり、師匠を軽んじておる。
御主の事だぞ!ハインリヒ!吾輩のリッチを勝手に使いよってからに!骸骨のストリップを躍らせられたと泣いていたではないか!涙も流せんのに!飲み会の余興ならそこいらの奴隷でせい!罰として、後でヒキガエルに魂を移してやるから覚悟しておけ!三日は己の体に戻らさんからな!
ゴホン!その様な考えは、烏滸の沙汰だ。多寡が百や二百の死者を操る位で有頂天になっては、火刑台に上るのが関の山である。夢はもっと大きく持ちたまえ。
吾輩たちは、真なる神に選ばれた選民なのだ。寂れ切った土地の支配で、満足する様な大馬鹿者には、決してなってはいかん。都市を支配し、国を崩してこその死霊術であると、諸君らには理解してもらいたい。
慌てるな。吾輩に師事する以上は、その方法もちゃんと教えて進ぜよう。知っての通り、死霊術は他者を支配する技である。諸君らの今のやり方では、その支配には限界がある。
たしか、村を一つ支配したと粋がっておった者がいたな、目を逸らすなローレンス!御主は最後にどうなった?吾輩に助けられねば今頃は、縛り首になっておった所だ!
諸君に理解して貰いたいのは、そこなのだ。無理やりの支配では、死者は兎も角、生者は簡単には支配などできん。そこの馬鹿者の様に、正気に返った連中に追い回され、「助けて下さいお師匠!」と泣きつくののが関の山だ。
だから慌てるなと言っておろう!近ごろの若い者はせっかちでいかん。どこまで話したか、、、ああ、支配についてだったな。
必要なのは「契約」だ。何度でも言うが無理やりはいかんぞ。喜んで魂を差し出す様にせねばならん。金、名誉、女、若さ、浮世に縛られる凡百の者共が欲しがる物をチラつかせて、破滅に誘うのだ。
その為の手段は既に教えてあるな。自分で楽しんでいる青二才は、既に知っておるぞ、後できつい仕置きが待っとるから、楽しみにせい。
ではその具体的なやり方、生者の魂を永遠に縛る「契約」について今日は講義を行う。被検体は容易出来ているだろうな?宜しい、では始めよう。
魔術書「異端講義録第二巻」より抜粋
大日本詐欺帝国の協力の元、遂にヨーロッパの戦場において、死体が戦線に投入される時が来た。
西方電撃戦の始まりである。
ところでドイツと言えば、何を思い浮かぶだろう?ビール?プレッツェル?ジャガイモ?
ドイツと言えばもう一つある。
あれだ。
家畜を余す所なく利用するアレ。考えて見ると、動物の内臓を取り出し、そこにグチャグチャにした肉やら血やらを詰めて作ると言う猟奇的な作り方のアレ。
年間にドイツではソーセージをどれ位消費するだろう?詳しくは分からないが、第一次大戦でのドイツ第二帝国の失敗として名高い「カブラの冬」その始まりとも言える、無計画な食肉政策、所謂所の「豚殺し」では、ドイツ国内の豚が2530万頭から1660万頭に減ったと言われている。
この豚さんたちは、勿体ないことにこの殆どは廃棄され、腐るに任された。
「「だから再利用しよう!」」
そう言う事になったのだ。
そして喜劇的な悲劇が発生する、
津波。白い津波が、フランスの威信を掛けて作られた要塞線を襲っている。
津波は突進する事しかしない。ぶつかって、踏みつぶして、食らいつく、折り重なり塹壕を埋め、地雷を踏んでバラバラに、あらゆる火砲が豚を空に舞い上げる、本日の天気晴れのち豚骨、それでも止まらない。止まることなどしない。
豚の餌になる。これほど屈辱的な死はあるだろうか?
まあ、豚骨のみで要塞線を落とせるわけはない。数が少なかったのも幸いした。ほんの二十万程の豚骨のチャージを受けた位では現代軍は負けはしないのだ。
第二波が第三波が無ければだが。
百万を超える豚骨の襲来。字面は間抜けだが、効果は覿面だ。そして、悲鳴を上げる要塞線にフランス政府が、おっとり刀で援軍を送り込んだ時、奴らは来た。
オランダ、ベルギー、ルクセンブルクを踏みつぶし、アルデンヌの森を抜け奴らは来たのだ。先鋒はこれまた骨、昼夜を厭わず突進する骨の騎兵が、死を振りまくためにフランスにやって来た。
その後を戦車が、そして骨と生者の混成軍が続いていく。
骨を盾に進むドイツの前に、次々と包囲され消えゆく英仏連合軍。戦争は確かに変わったのだ。
英仏を責めないで欲しい。英仏は恥と言う物を知っているのだ。
国家の為に死んだ英霊を、そも英霊ですらない市民の亡骸を弄び戦場に送り込む事を、民主主義国家は簡単には許してくれない。
大日本帝国、いや永山のせいで、今次大戦の勝利の決め手は大きく変わった。科学力もそれに付随する生産力も大事、それは変わらない。だがもう一つ大事なファクターが増えたのだ。
「どれだけ恥知らずになれるか」だ。
相手より多く、墓を暴き、英霊を穢し、安眠するご先祖様を、戦場に追い立てる事が出来るかで、勝負は変わる。勿論、先の豚骨戦術の様に、生者を豚骨やらゾンビ牛の餌に出来るかでも決まる。
そこを行くとちょび髭は強い。恥なんぞ知らない。恥を知っていたら、パリ占領の後、真っ先にSSはオテル・デ・ザンヴァリッドを接収などしない。
敗北に打ちひしがれるパリジャンは見たのだ。ヨロヨロとドイツの戦勝パレードに引き立てられるように歩く皇帝の姿を。
穢し尽くす!それが今次大戦を生き残る手段である。
フランス ダンケルク市 海岸線
敗残兵の群れが、来るかどうかも分からない救助を待っている。死者に追い立てられ、戦車に曳きつぶされた英仏の兵士たちだ。
状況は絶望的である。自分たちが生きていられる時間は多くはない。彼らはそれこそ骨身に染みてわかっている。
腐敗ガスで膨らんだ戦友が、起き上がり襲ってくる所を彼らは見た。枯れ果ててた十字の騎士の馬蹄に掛けられ、骨の獣に食い殺される仲間を見た。
降伏?出来る物か!あいつらは死体でも使う悪魔だ!捕虜なんて取るモノか!言う事を聞かない捕虜なんぞより、死体に変えて奴隷にするに決まっている。
死だ、死と永遠の隷属が自分たちに迫って来ている。自殺さえ出来ない、死んだ所でナチは俺たちを奴隷にするのだ。
「「誰か!助けてくれ!お願いだ!嫌だ!永遠に奴隷になるなんてあんまりだ!神様!」」
将兵は叫び、そして祈った。その祈りは、史実とは比べ物にならない程の、生への執着と死への嫌悪を含んだ真摯で悲痛な祈りだ。
祈りは通じた。
「「ヴィクトリー!!」」
その日、急に立ち込めた霧の向こう、目を凝らし救助を待っていた兵士達は、現れた艨艟を見て叫んだ。
遥か昔に役目を終えた老嬢が、死したる子孫を従えて生者を救いに来たのだ。
彼女。戦列艦ヴィクトリー号の甲板には、片腕の無い骨の提督が、嘗てと同じく使命を果たす為に立っている。
大英帝国宰相が、周囲の反対を押し切りごり押しした「艦隊再就役法」は辛うじて二十万を超える将兵を救う事に成功した。
戦争は終わらない。




