社会主義的クルセイド
さて、日ソの衝突である、ノモンハン事件に話を飛ばす前に、大日本アンデッド帝国に対する、ソ連邦の対応について少し述べたいと思う。
この世界では張鼓峰を巡った極地紛争は発生しなかった。関東軍側に、それを行う程の余裕はなかった事、ソ連側が、中国共産党を秒速で滅ぼした、日本の謎の手際を警戒した事が原因である。
実はソ連は、日本が死体の斬新的な活用方法を世界に大々的にアピールする前から、東洋のマカクが、ゾンビ大猿に変わった事を早い段階で掴んでいた。
満州・朝鮮と国境を接しているのだから当然だろう。支援していた匪賊たちが、悉く化け物の仲間入りをし、生き残りも譫言のように「化け物に襲われた」と言って逃げてくるのだ。
そして、潜り込ませていたスパイの報告により、ハルピンには死体が歩いて居る事が度々報告され、国境付近の不毛の大地を、骨が耕し始めれば嫌でも信じざるを得ない。
中国共産党の僅かな生き残りが、這う這うの体で助けを求めてきた事で、それは確信に変わった。
「あいつ等は無尽蔵の兵力を手にしたのだ」
確信は危機感へと変わり、ソ連極東軍は、まず間違いなくなだれ込んで来るだろう死者の津波に対応するため、戦力の増強に勤しんでいた。
では、どうするか?
これはモスクワと極東で温度差があった。
モスクワの方ではやや危機感が薄い。初めは慌てていたのだが、日中戦争の詳細な情報が届くにつれ、相手の主力は、無数の死者と言う、前代未聞の存在とは言え、剣と馬で武装した(大多数はそれすれ持たない)古代レベルの軍隊である事が分かったからだ。
ソ連は大砲の国である。それは帝国であった頃から変わらない。さらに今は諸民族と人民の犠牲……違った、麗しき献身により、機械力と言う意味でも格段に進歩している。
であるならば、「骨で出来た原始人の群れなど、砲火力で吹き飛ばし、無限軌道で踏みつぶせる。それで問題ないのではないか?」
極東軍は質量ともに兵力の大幅増強を訴えたが、モスクワはこれを却下。砲戦力の強化、戦車を中心とした機械力の強化で答える事になる。
増強はする。だが遠く極東に、現在ですら多い兵力を、更に大規模に拡大し貼り付けて置くのは、流石に無理だ。
偉大なる書記長が、粛清の嵐を巻き起こしている折でもあるが、砲弾の備蓄を倍増させ、最新鋭のBTシリーズを定数一杯まで充足させる事は難事であったが、行ったのだ。
「「これでは足りない!中央はあの数を見てない!負けるぞこれ!」」
と言う極東軍、涙の訴えも唯の泣き言にしか聞こえないのも無理からぬ事であろう。
モスクワには、なんで極東がそこまで弱気なのか、分からないのが本音であろう。日本にいる同志たちからの報告でも、あの死体で遊ぶ異常性癖の持ち主たちは、中世に帰ったように社会を後退させていると言っている。
確かに恐ろしい。なんだか分からん。理解はできない。でも常識で考えて質は大幅に低下しているのだ。
露日戦争では、屈辱を舐めさせられた海軍は、新造はゼロで更新もままならず、造船設備の一部を取り壊しているとすら聞いている。
これに、英米が安心して、日本に対する圧力を弱めているのは癪に障るが、御自慢の海軍でさえ、この体たらくなのだから、陸軍はもっと弱体化している。
戦車の製造は取りやめ、徴兵は禁止、砲の更新は進まず、航空機の生産もやってるんだかなんだか。少なくとも手に入る情報では、大日本帝国は数だけはいる三流軍隊に落ちぶれている。
中国が敗れたのは、彼らが同じ土俵で戦ったからだ。三流の軍隊同士が数を頼みに殴り合い、多い方が勝った。だが我が国は違う。
戦車、大砲、航空機、頑強に固められた国境線、全てが中国とは違う。
「「これで負けたら、粛清されても良いよ!ホントだよ!」」
「全員粛清されろ!バカぁ!どこが優勢なんだよ!」
赤軍戦車兵コーネフ大尉は車長席で全てを罵っている。作戦を許可した連中も、たった数百両の増強で満足したモスクワの官僚主義のお偉方もだ。
彼の指揮する戦車中隊は自分を残して壊滅した。残されたのは自分の乗るBT-7だけだ。
BT-7快速戦車は全力で逃げていた。逃げざるを得ないのだ。後ろからあれが追いかけて来るのだから。
1939年5月 ソ連軍は満州モンゴル国境を越え進軍した。
理由はある。モンゴル政府に泣きつかれたからだ。近ごろ続発するモンゴル国内での紛争に、日本軍の手引きがあるのが明白だから。
骨の騎兵。政府に反抗する者は骨に乗って行動している。一切の補給を必要とせず、眠ることも疲れる事もしない馬に乗った騎兵はモンゴル国内を荒らしている。
それだけではない。近年、暗い霧と、不気味な大地が、満州から国境を越えて蒙古の地を汚染しているのだ。
異常の原因は明白だ。毎夜毎夜、国境付近で行われる怪しい儀式以外にない。
大量の捻じれた羊に、偶に交じる元馬賊の血が大地を汚し、朗々と響き渡る呪いの歌は、テングリの空を灰色の雲で覆っていく。
初めの内は逃げていたモンゴル国内の各部族であるが、骨の馬と、強靭でしかも美味い六本脚で目が四つある羊が唯で手に入るとなれば、興味がでてくる。
そして国境を越え、満州に踏み入った部族は。穢されて戻ってくるのだ。
不死の族長、骨の馬と人食い馬に乗った男たち、人の脳みそを啜る美女が、蒙古の地を魔界へと変えようと攻めてきた。
魔界へと変わった原野は酷い物だ。灰色の平原、ゾンビ狼、モンゴリアンなデスワーム。それでいて、適応した者にとっては、幾らでも羊を増やせる死の大地。
これに直面した人々に、与えられた選択は二つだ。
火をもって清めるか、大人しく穢れを抱きとめるかである。
政府は前者を、明日を生きる必要のある者たちは後者を選んだ。
現在モンゴル国内は、赤い光と闇の聖戦が行われている。
そこで、劣勢に立たされた政府はソ連に泣きついたという訳だ。
狙いは国境沿いに構築されている穢れの元凶である。
ソ連側も覚悟を決めた。モスクワは機甲戦力を増強し、一気呵成に満州国境の穢れを清める進軍を開始したのだ。
無論、全面衝突の積りはない。優越する機械力で陸と空から攻め立て、調子にのる原始人に身の程を分からせる短期決戦を行う腹積もりだった。
コーネフ大尉の戦車中隊はその先鋒だった。ハルハ河を渡河し、穢れの元凶を燃やし尽くす機械の聖戦士、火炎放射型の戦車まで大量に配備されていた。
序盤は快進撃であった。制空権は完全にソ連にあり、襲い来る骨の群れを引き潰し、腐った肉を燃やし尽くして、うず高く積まれた髑髏の祭壇を破壊するまではできた。
だが、アレがやって来たのだ。
「頑張れ!もう少しで渡河地点だ!あそこに行けば味方がいる!いくらあの化け物でも、重砲で撃てば死ぬはずだ!」
大尉は必死に部下を叱咤し。自分を勇気づける様に言った。そうでもしなければ、彼らを襲った悪夢に圧し潰されてしまいそうだからだ。
だが。
「嘘だろオイ……」
「なんだよアレ……」
「神様……俺、悪い事しました?」
遅かったようだ。設営された拠点は黒々とした煙を上げ、そこには……
黒鉄の城がいた。




