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パレードは百鬼夜行

 1938年8月。世界中が驚いた事に、大日本帝国は、征服した中華の地より完全に撤退した。


 大陸は、汪兆銘の率いる南京政府、元中華民国正当政府の物となり、平和を取り戻したのである。


 表面上は。


 裏は違う。


 外国人の多い沿岸部は兎も角、奥地に入ればそこは魔境。毎朝、鳧徯の声で飛び起き、川を行けば、獺に追い回され、山を行けば狒々に襲われ、人里で獙獙が踊っているそんな世界だ。


 こんな魔境で生きていけるのは、皮肉な事に、動く死体のお陰だ。


 民国政府は、大日本帝国の協力の元、死者の利用に積極的である。


 彼らの指導により中華は変わった。


 常に領土を巡回する骨の騎兵たち、辻々に立つ骨の衛兵、国境に積まれる骨の山は、何時でも無尽蔵の兵隊を供給する。


 「人間の兵は減らし、死者による国防を!我が国はこれ以上の戦争に耐えられない!」


 「軍事費を大幅削減して、民の生活を保障する。これより中華は世界と協調路線で行く」


 民国政府の方針に、国民はしぶしぶであるが賛成している。逆らうと死ぬ、死んで、そこいらをウロウロしている、死者の仲間に加えられるのだ。


 反対する者や各軍閥の生き残りは、日本軍撤退を見てあちこちで反乱の狼煙を上げたが、死者の列に加わる無残な最期を遂げた。


 威勢よく反抗した連中が、腐って、朽ちて、骨になっても、延々と行進し続けるのを見せられて、後に続きたいと思う奴なんかいるだろうか?


居るわけない。


 であるので、繰り返すが表向きは統治は上手くいっている。支配者として君臨する吸血鬼たち以外は、全てが死後に磨り潰され、苦悶の炉に放り込まれる事が確定している、偽りの平和だが。


 これで中華は、歴史の続く限り、大日本帝国の資源の供給地と化した。おこぼれに預かる支配者たちは、元同胞を売り飛ばす事に躊躇はない。


 完璧な分割統治だ。なにせ支配層は種族からして違う。彼らは、被支配層を捕食し、燃料に変え、娯楽として弄ぶ悪鬼なのだ。


 だがそれも、膨大な支那の人口からすれば微々たる物。気づけるものは少ないし、気づいた所で次の日には、自分が食卓に上るだろう。


 こうして、何だか良く分からない、一応戦争らしい何かは中国の完全屈服と日本の撤退によって終わった。


 外から見れば、本当に謎の戦争だ。スピードで決着は付く、一方は動員もしていない、なのに勝つ。そしてあっと言う間に撤退し、負けた方は復讐を誓うでもなく、諦めている。


 戻ってきた列強は、首を傾げ、魔境と化した中国を見て、腰を抜かした。


 日本帝国だけなら妄言と切って捨てられる。捨てなくはないが常識の方が大事だ。そも日本に大半の文明国は関心がない。


 だが中国は違う。各国ともに租界を持ち、領土は自分の勢力圏に接している。その大陸が屈した上に、大人しくしている。


 「知りたい」


 その訳を知りたい。今まで上がってきた、頓智来な現地報告ではなく、ちゃんとした情報が欲しい。


 各国調査団は一路大陸を目指し……


 「「「「あっーーーーーーーー」」」


 天丼になるが常識を破壊された。完膚なきまでに。


 上海を復興する汎用人型骨骨重機、手旗を振る交通整理の木乃伊、街を走る骨に曳かれた馬車の群れ、これまでの世界観を破壊するに十分な光景。戦争開始時より入ってきていた、筆者の精神を疑う報告書は真実だった。


 在日本大使館員の精神状態が危うくなり、本国送還されていたのは、なにもハードスケジュールだけが理由ではなかったのだ。


 各国は混乱した。連日紙面はこの話題で持ち切りになり、宗教関係者は押し寄せる人々にアップアップする。死霊術師を名乗る人物の会見には、笑うか、日本政府の正気を疑っていた人々も、まさかの事態に、教会に駆け込み、科学者を問い詰める。


「魂は実在した!」「死後はある!」「オカルトは事実!」「フェアリーを見たい!」「死んだ家族に会いたい!」「天国はあるの!? 地獄は!?」「審判の日は来たのか!?」


 好奇心と恐怖は高まり、その目は日本政府に向いている。


 そこに大イベントのお知らせ。


 大日本帝国は、今回の戦争の勝利と、日中善隣友好条約(満州の承認、関東州の正式な帝国への編入、支那全土の軍事通行権の付与を盛り込んだ、誠に帝国に都合の良い条約)の締結を祝い、軍事パレードを大々的に行うとの事である。


 「「「行かねば!」」

 

 各国の軍事関係者はいきり立ち、急いで人員を送り込む準備に入る。

 

 これは軍事的革命なのだ。オカルトとか、どうでも良いが、死人が戦力に勘定できるなら、世界の戦争は一変する。


 日中の戦争は、スピーディ過ぎて注目する前に終わってしまった。だが、日本政府が是非に見て欲しいと言っているなら、丸裸にするチャンスだ。


 


 「動いてるねぇ」


 「ええ、動いてますねぇ」


 歩く骨を見た、米大手新聞記者とその助手は、招待席で呆れて呟いた。


 戦勝パレードは、何と言うか異常だった。


 一応列強の一員たる国家の軍事パレードである。戦車の一両、重砲の一門も出ようはずだ。


 でもなんか違う。凄く違う。これじゃない、ええんか?これで?


 貧相なのではない。豪華とさえ言える、でもベクトルが違うのだ。歩兵の列はまだ普通……いやおかしい!


 「虎を連れてますねぇ」


 「連れてるねぇ……あんな大きい虎見たことある?」


 「いえ、無いですねぇ」


 軍用犬ならわかる……いや、先ほど見た軍用犬も、なんかおかしい……首が二つあって、人より大きいのは犬じゃない。


 配られたプログラムに目を落とす、次は騎兵か……


 「もう帰ろうかな?」


 「私を一人にしないで下さいよ!怖いじゃないですか!」


 情けない事を言う記者二名、他の外国招待客の腰も引けている。


 何故か?見れば分かる。


 まずパレードをやる様な天気ではない。会場全体を……いや、開催地である帝都が霧に覆われている、


 日本人はなぜか気にしてないが、これではイベントをやる天候ではない。良く不満が出ない物だ。パレードは沿道も通っている筈なのに?


 それは良い、恥をかくのは向こうだ。


 だが


 「「「怖いんだよ!不気味なんだよ!明るくない!お前ら本気で祝うつもりあるの!」」


 霧の向こうから音もなく現れるのは、爛爛と目を光らせた兵と死人の群れなのだ。


 英大使夫人なんて気絶した。


 「ああ、来ましたよ……なんだぁ!あれっ!」


 「騎兵?騎兵か?騎乗はしてるけどさぁ!」


 素っ頓狂な声が辺りに響く、ざわざわする外国人客たち、それは目の前を横切るの騎兵が、常識外れだからである。


 「骨の恐竜?」


 恐竜が歩いている。獣脚、竜脚、色々な恐竜の骨が人を乗せて歩いている。専門家が見れば、それは雑多な継ぎ接ぎである事が分かるだろう。


 外法の技は、遥か古代の生き物でも叩き起こして、使役ができるのだ。お客は知らない事だが、これを動かすのにどれ程の魂が犠牲になったことか。


 「頭痛くなってきた……やっぱ帰る……ホテルで少し休まないと気が狂う……」


 「だから、止めてださい!ホラ!次で最後ですから!ねっ!いい子だから」


 そろそろ、SAN値が限界である記者の弱音に、助手は縋りつく。一人にしないで、ホテルに帰る道も怖いの!


 「子供じゃないんだ、一人で帰りたまえよ……最後ねぇ……早く終わって欲し……わーお」


 「なんですか、急に黙って?前を向け?嫌ですよ、その顔見れば、禄でもないのが、歩いてるの分かるんですから……」


 縋り付かれていた記者が急に沈黙し、指をさす、彼の方を向いていた助手は、その動作に、心底嫌そうに、その方向を見て、、、、


 「ジーザス!……あっ……ダメ、僕気絶します……お先に……」


 バタンと倒れた。


 助手君は、よく頑張ったのだが、これは流石に耐えられなかったようだ。


 彼らは一体何を見たのであろうか?歩く巨大トカゲより恐ろしい物とは?


 その答えが明らかになるのは、1939年、ノモンハンの地で起こった紛争を待たねばならない。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] さー皆さん一緒に踊りましょー「恋は渾沌の隷也」w
[一言] パレードに来た外国人は多段式SAN値チェックで一気に削られちゃったか。
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