中国の赤い悲鳴
1938年 6月11日
屠城と言う、痛ましい言葉がある。
重慶の街で行わているの光景は、それに近いだろう。
城壁を打ち破り、突入してくる敵軍。逃げ惑う人々。少しでも自分の破滅を先延ばしにしようと、絶望的な抗戦を行う将兵の群れ。
叫びと苦痛は大気を揺らし、流れた血が、赤い大河を辻々に作り、次々と量産される死体が、井戸という井戸に壁と言う壁に、投げ込まれ、塗りこめられていく。
今も昔も殺戮は変わらない。ただ空しく、無駄な生命の浪費である。
いま繰り広げられている宴と、これまで、人類が開催してきた乱痴気騒ぎの、最大の差は、理不尽な死を運んでくる連中が、当の昔に死んでいるという事だ。
ああ、もう一つ違いがあったので謝りたい。死者たちは意外と礼儀正しいので、無駄に人は死んではいない。だから屠城と言うには流れる血の量が少ない気もする。
気がするだけかもしれないが。
死者の行進に追い立てられた人々は、具現化した死が迫って来る事に耐えられず、街の至る所に、穴を掘り、土嚢を積み、柵を立て、自分を守ってくれると信じる兵士と、一丸になって儚い抵抗を挑んでいるからだ。
諦める事など出来ない。ここに追い詰められた人々は、これまで散々、隣人が、家族が、起き上がり、自分たちに牙を剥くのを目撃している。
悲壮な抵抗だ。錆びだらけの剣で切り裂かれ、朽ちた槍衾に串刺しになり、腐った腕で絞殺されていく。
本当に現実なのだろうか?悪夢と妄想の産物としか言えないこの光景は。
包囲の輪は狭まっている、空を黒くする矢の雨が、抵抗する人々に降り注ぎ、傷だらけの兵士が必死の砲火で骨を砕く、銃剣と抗日刀が腐った肉を削ぎ落し、その全てが腐肉に飲まれ消えていく。
世界が悲鳴を上げている。あり得ない、ある筈ないと叫んでいる。
だが、残念ながらこれは現実だ。残酷な事実は、今日重慶を覆いつくすだろう。
同日 重慶市内
アメリカ人ジャーナリスト、エドガー・スノーは、その光景を怒りと恐怖で見ていた。
懇意にしていた中国共産党幹部たちが、成すすべもなく捕らえられ、引き摺られていくのを自分は見ている事しかできなかった。
増えゆく骨と腐肉の群れは、あの日、西安を飲み込んだ。ここ重慶と同じ様に。
現実世界は砕かれ、悪夢が世界を行進している。これは審判の日なのだろうか?
神など居ないと己惚れていた、唯物的な世界は人間だけが変えていけるのだと、思い込んでいた。
神は確かに居なかった。だが悪魔はいたのだ。
私は見た!日本軍!彼らは悪魔そのものだ!
あの日、死体の行進を指揮する日本人は、確かに笑っていた!笑いながら人を引き裂き、笑いながら、その血を啜っていた!
悪魔だ!悪魔は存在した!それはあの日も、そして今も、この大陸の人々を食らい、笑っている!
避難民でぎゅうぎゅう詰めになっている、市街の教会。今私はそこにいる。
文明を完全に忘れた様に、剣と馬で攻めかかってきている日本軍は、爆撃も砲撃もおざなりだ。だから、市内には、こうして逃げ込める建造物が、瓦礫にならずに残っている。
普通であれば負けない筈なのだ。制空権は完全にこちらにあり、一昔前の航空機しか持ってない国民党でも、好き放題に爆弾の雨を敵めがけて降らせる事ができた。
砲も!銃も!全てが優っていた!相手は剣と槍と馬だ!負ける筈はない!
だが、中国人は追い詰められ、私は、ここで、恐怖に震えながら。自分の考えを書き殴る事しかできない。
私は最後まで見届けなくてはならない。
これが届くかどうかは分からない。だが誰かがやらなくてならないのだ。このままでは、何れ世界は、奴らの物になるだろう。
お願いだ!信じてくれ!誰でも良い!奴らは起き上がり、私たちを、永遠に奴隷にするつもりなんだ!
エドガー・スノーは生き残った。
と言うよりも、アメリカ人と言うことで保護され、他の外国人と共に、安全な場所に移送されさえしたのだ。まだ真っ黒帝国は、合衆国と事を構える気はないようだ。
後日、彼の体験記は「中国の赤い悲鳴」と題され出版される事となる。
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「酷い事、書かれましたね。事実だけど」
「まだ、トンデモ本扱いらしいがね。駐米大使には出版社に抗議する様に言ってある」
「さいですか、危機感ないなぁ、アメリカさん……」
「半信半疑といった所だな、人は常識から中々離れられんもんだよ」




