ハローワールド!アイムネクロマンサー!
中華の地で起こった戦いは、如何に日本政府が「事変です!治安維持です!」と叫んだ所で、全面衝突であることは明白である。
まあ、叫んでいるのは、正気を保ち続けている、そろそろ少数派になろうとしている人間たちだが。
その少数派で転落寸前な常識的な人々も、そろそろ目を背け続ける事が難しくなってきたのは確かである。
加速する狂気は、徐々にスロットルを上げ、化けの皮を、取り繕わなくなってきたのだ。
続投している岡田内閣は、動員を行わない事を正式に宣言し、与野党に関わらず、正気の人間を驚愕させた。
「「戦争なんですよ?大陸でやるんですよ?死ぬ気?聞けば散々煽ったそうじゃない?なにしてんの?」」
「「御上の威勢をかって踏ん反り返りやがって!226の責任も取らない癖に!辞めろ岡田!そうだろ陸軍!」」
疑問、混乱、怒声は当然である。陸軍を出汁にして、しぶとい内閣を潰しに掛かるのも、政治の世界では当然。今までの通りであれば。
野党が焚きつけても、与党が心配しても、陸軍大臣である林鉄十郎は、なんにもせん十郎。海軍大臣もだんまり、答弁にたってもノラリクラリで、時に冷たい目で見るだけだ。
それはそうだろう。酒が米内か、米内が酒かとまで言われた、酒好きは、近頃、その酒をピタリと止め、もっと美味い飲み物を啜り上げているのだ。
だが野党は収まらない。国民もだ。早期の動員を求め、日比谷公園で暴支膺懲と吹き上がり、暴れる奴もでる。直ぐにどこかに消えて、極限まで青い顔をして寝込んだようだが。
なにもしなければあっと言う間に、大陸から叩き出される。上海で包囲される海軍陸戦隊、蒋介石が二十万規模の動員を開始と、自分で仕掛けた癖に状況は悪くなる一方であるとの認識が広がっている。
だが不思議な事が起こる。8月終盤、援軍なんか一向に送っていない筈の、上海は解囲され、今が好機と北京の奪還を狙い、終結していた中国軍が、潰走したというのだ。
「「?」」
分からない、何が何だか分からない。圧倒的に劣勢でいるのに勝っている。攻めているようにも見えないのに勝ってる?敵が自爆を続けているようにしか見えない。
当事者の日本人が分からないのだ。海外の人間はもっと訳が分からない。
必死になって情報収集しようにも、「死人が行進している」「骸骨の洪水」「ここから出して!気が狂う!」「ああ窓に窓に!」と頓痴気な返事が来るばかりだ。
であるので、その日、日本政府から、重大発表があるとの連絡に、日本のみならず、各国の記者団が詰めかける事になったのは、自明の事であろう。
「「「「ギャーッッ」」」
そして、悲鳴を上げた。凄い上げた。上げないのは無理だ。気の弱いのは気絶し、腰を抜かしてその場から逃走しようとしている者もいる。
発表の場、そこに日本帝国の首相と共に現れたのが、恐怖誘発のオーラを全開にした、死者の軍団員であったのだから逃げもする。
白骨の兵隊、朽ちた鎧を纏う首無し侍、枯れ果てた木乃伊、青白い殭屍、そして首相は吸血鬼である。ゾンビは、臭すぎるので参加は見送られた。
仮装等でないのは一目で分かる。それに、仮装であれば室温は急に下がらないし、ラップ音とポルターガイスト現象は起こらず、急に膀胱が限界を訴えてこない。
「あっあっあの、この方々は一体?この方々と今日の発表に何か関係があるのですか?」
震える声の日本人記者は、精一杯の声で質問する。質問時間はまだだが、聞かない訳にはいかないとの、記者魂だ。次の瞬間、その記者は、ギロリと死者に睨まれ、可哀想に少し漏らしてしまった。
「ええー、それについては、後に時間を取らせていただきます。まずは、国民の皆さんの疑問にお答えしたいと思います」
いつもは小憎たらしい大手新聞記者が気絶寸前なのを、気持ちよく見ていた首相は答えた。
首相は続ける。
「我が国は、今回の事変について、支那に対する、治安維持活動の、一環であると考えております。南京政府は、一方的に我が軍を攻撃し、現状の変更を武力をもって変えようとしている。世界には、我が国が、これに対して反撃するのを、不当であるとの意見もございます。ですので、我が国は必要最低限の武力でもって、これに対処いたしたい。動員、軍事予算の増加等は行わない事をお約束致します」
(自分で挑発してんのしってんだぞ!)気を取り直した米国記者の視線を無視し、首相の言葉は続く。
「ですが、私の決断に、国民の皆様、大陸で経済活動を行う皆様には、不安に思う方も多いことでしょう。本日はその不安を払拭する為に、お集まり頂いたのです」
以下、首相の説明は長くなるにので割愛する。だが言いたいことは、以下の通り。
1、本事変は戦争ではなく治安維持!動員はしない!本気もださない!世界の皆安心して!
2、でも、悪いのは支那だから、メッするね!黙って見てて!必要最低限の武力だから酷い事しないよ!なんて人道的!
3、増税もしないよ!国民は安心して!でも大丈夫勝つから!
4、それでも心配?だったら、徴兵制も取りやめるよ!
5、減税もつけちゃう!これでも心配?
6、新艦の建造だって止めちゃう!凄いでしよ!我が国は平和国家!だから心配無用!英米とは協調!
「都合の良いこと抜かすな!」「勝つ気あるのか?」「正気か?」「どこにそんだけ予算あるんだ?」
その場の誰もが思う。それに一番聞きたい事を答えてない。
「それで、そこに並んでいる化け……方々と、今のご説明に何か関係があるのですか?」
質問どうぞとの事なので、当然の質問が、英国記者から飛んだ。良く今まで我慢できたものだ。
「それは、私からご説明いたします!」
会見の場に一陣の生臭い風が吹く。記者たちが顔を顰めていると、何時の間にやら、首相の隣に一人の男が立っている。
「あの、あなたは?」
どう反応したら良いか、分からない記者は、警備が飛び掛かっていかない所を見ると、関係者なのだろうと、諦め気分で質問する。
(なんでも良いから早く出たくなってきた。おかしくなりそう)
心中は分かる。だが頓智気はここから始まるのだ。
「私は、帝国顧問魔術師の永山修一と申します。首相閣下に変わり、皆さまの疑問にお答えいたします」
これが、後の歴史に語られる、邪悪な死霊術師と世界の、初の出会いであり、世界が壊れる序章の始まりであった。




