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第8話『料理人グリエと師匠との思い出』

 ユグドラシルの実のタルトを楽しみながら、フランはふと狩猟小屋の中を見回した。


「……そう言えばこちらの小屋、昔からお使いになっているのですか?」

「ん? ……ああそうだが。どうしてだい、陛下?」

「いえ……。狩人の隠れ家にしては可愛らしい絵がたくさん飾られていて、微笑ましいなと思いまして。もしかして幼少のグリエさんがお描きになった物かなと……」


 この樹上に作られている隠れ家は、グリエが長年使っているものだ。

 いつもの肉叩き(ミートハンマー)のほかにも弓矢やノコギリなどの道具が整然と並べられ、壁一面は獣皮や狩猟の記録書で埋め尽くされている。

 そんな狩猟小屋の風景に不釣り合いな様子で、子どもの落書きが混じっていた。


「俺が小さい頃、アルベールさんと俺が戯れに描いた落書きさ」

「とても素朴で可愛らしい絵。……それに不思議な画材ですわ。インクでも絵具でもなく」

「あぶり出しさ」

「あぶり……? すみません、その画材は存じ上げなくて」

「画材って言うよりも技法だな。この絵は柑橘類の汁を使ったんだが、ユグドラシルの汁でも似たようなことが出来たはず……」


 そう言いながら、グリエは実演することにした。

 白い紙に透明な果汁で絵を描くが、透明なので見えない。

 しかしそれを火の熱で炙ると、汁を付けたところが焦げ、茶色い線になって浮かび上がった。


「まぁ! 実験のようで面白いですわっ。……それに、この絵を描いた当時のお二人が目に浮かぶようです」


 そう言ってフランは壁にピンで留められている絵を眺め見る。

 グリエはそう言われて当時のことを思い出した。


「ああ。改めて眺めると懐かしくなるな……。アルベールさんに拾われた時を思い出す」

「拾われた……のですか?」

「そういや貧民街の生まれってこと以外は陛下に話してなかったなぁ。……なんていうか、アルベールさんは育ての親同然の人だったんだ」


 もちろん宮廷入りする前に素性を明かしておくべきと思い、グリエは事前に自分の出自を説明済みだ。

 グラッセ王国の貧民街で生まれ、すでに両親は他界していること。

 その時点で差別されることを覚悟していたが、フラン女王をはじめとするキャセロール王国の人々はまったく気にするそぶりがなく、温かく受け入れてくれた。

 だから過去を振り返ることを忘れていたのだが、改めて落書きを眺めるとアルベールとの思い出がよみがえってくるようだった。


「とにかく『飢え』ってヤツが嫌で、食材を求めてたどり着いたのがこの『魔獣の森』だったんだ。『肉がいっぱいだ!』って当時の俺は無邪気に喜んだんだが……。まぁ、子供の俺に魔獣狩りは荷が重くてな。死ぬかと思ったところで命を救ってくれたのがアルベールさんなんだよ」


 はじめは「危険だから家に帰れ」と言われたものの、「とにかく食べ物が欲しいんだ」と伝えるとこの狩猟小屋で保護されつつ狩りを教えてくれるようになった。

 壁に飾られている落書きは、その頃にグリエが描いた物だ。

 その出会い以来、アルベールは子供のグリエに狩りや料理を教えてくれるようになった。

 やがて持ち前の嗅覚と技術でアルベールを超える狩人になった時、この狩猟小屋のすべてをプレゼントされた、というわけだ。


「……そのうえアルベールさんには宮廷の仕事を紹介してもらえたし、新レシピの開発やメインディッシュの仕込みを担当させてもらえるまでになった。本当にもらいっぱなしさ。……だからこれから恩返しと思ってたんだが……」

「お亡くなりになったのですね……。確かご病気だったとか」

「あぁ。……せめてアムリタ麦の薬膳(やくぜん)料理を作れれば結果は違ったかもしれない。でも、管理してた儀典長に掛け合っても、一粒たりともくれなかったんだ……!」


 アムリタ麦は長寿の秘薬ともいわれ、調理次第で万能薬にも化ける驚異の穀物だ。

 南方の島国でほんのわずかしか採れないらしく、世界中から食材が集まるグラッセ王国においても少量しか保管されていないと聞いていた。


「……アルベールさんがいかに世界に名だたる料理人だったとしても、グラッセ王家は見捨てた……ということでしょうか。わたくしなら絶対にそんな真似、しませんのに……」

「真実はさっぱりわからねぇ。……っていうか、湿っぽい話になっちまったな。せっかくユグドラシルの実のタルトを味わってる時に、本当に申し訳ない」

「気にしないでくださいまし……」


 フランはにこりと笑う。ただ、その後に少し表情が陰った。


「そういえば次のグラッセ王国での晩餐会、グリエさんがいらっしゃらないのに大丈夫なのかしら……? 商人ギルドづてに知ったのですが、グラッセ王国では魔獣狩りでたくさんの死傷者が出たと聞きましたの。なんでも宮廷からの無理な依頼で、食材を得るためだったとか。まさかとは思いますが……」


 それを聞いて、グリエは頭を抱える。


「そのまさかですよ……。アントレのヤツ、無理にハンターを動かしたな。俺を強引に追い出したんだから何か策があると思ってたんだが、まさかの無策とは……っ!」


 そしてグリエは棚から一冊の本を取り出す。

 それはアルベールから貰った料理本。

 その本の間には子供の字で書かれた手紙が挟まれていた。

 手紙には「ぼくもお父さんみたいに、みんなのえがおのために、りょうりする!」と書かれている。


「これは……。グリエさん……ではありませんわよね。ひょっとして……」

「あぁ。アルベールさんの実の息子、アントレが子供時代に書いたものだろう。あいつは嫌な男だったが、さすがにアルベールさんの遺品だし、この手紙は捨てられなくてな」


 そう言いながら、グリエは複雑そうな表情で手紙に目を落とす。


「……みんなの笑顔のため。アルベールさんの教えを知ってるはずなのに、やってることは真逆じゃないか……。国に戻れるなら、戻ってぶん殴ってやりたいぜ……っ!」


 思えばアントレは儀典長のガトーにヘコヘコと頭を下げてばかりいた。

 無理難題にノーと言わないので部下が苦労するのはしょっちゅうだったし、気に入られようと見栄を張るのも常だった。

 どうせ今回の事件も、そういったアントレの無茶が生んだ悲劇なのだろう。


『お客を笑顔にできて一流。仲間を笑顔に出来て本物』

 ……そのアルベールさんの教えを胸に、グリエは拳を強く握りしめた。



 そんないきどおるグリエの肩を、フランはポンと叩いた。


「では一緒に参りましょうか?」


「どこに?」というグリエの問いに、フランは「あなたの古巣へ」と答える。


「……グラッセ王国で催される晩餐会。わたくしの従者として同行されませんか? グリエさんが国外追放の身とはいえ、王族の従者なら特別な待遇を得られましょう。……むしろノーとは言わせませんわ」


 思わぬ帰郷の提案にグリエは驚いたが、確かに客人として帰郷し、アントレの馬鹿面を拝むのも悪くはなさそうだ。

 グリエはフランの提案を受け入れることにする。



 各国の王が集う晩餐会。

 その波乱を予感しつつ、グリエは古巣の宮廷へ戻るのであった――。

お読みいただき、誠にありがとうございます!

さあ、次からいよいよ古巣での大波乱が始まります。ご期待ください!


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