墓荒らし
年代物の品というものは、往々にしていわくつきであるものだ。誰かに譲り受けたり、親から相続したり、どこからか盗んできたり……人の手を返せば、それだけ思い入れがあったりするわけだ。
私はしがない収集家である。主に音響機器に興味があって、子供の頃からゴミ捨て場を漁ったりして、よく親に怒られたものだった。
何十年か前、私の家族は、父の車である温泉観光地へと旅行に行った。そのときに見た逸品がどうしても忘れられず私は休みを利用し、とある廃墟を訪れていた。
そこは何年も前に潰れた観光ホテルだった。何年も前から行こうと思っていたが、なかなか気乗りせず行くことができなかった。ようやくたどり着いたのは中年も後半に差し掛かった五十代前半だった。
実は二十代の頃に一度立ち寄って外観だけは眺めたのだが、その頃とはだいぶ様子が違っていた。インターネットの動画サイトによれば、ここは人気のある心霊スポットとして有名らしい。建物はコンクリート造りで三階建て――本当に古くて時代遅れのホテルだ。林の中にあって他に建物はない。
ホテルの入り口は立ち入り禁止の看板が掛けられていた。本当はドアノブにぶら下がっていたのだろうが、看板についた鎖は長年の錆びで千切れてしまっていた。自然にというよりかは誰かが強い力で引っ張ったようにも見えた。あまり太くはないから、馬鹿力で無理やりこじ開けた奴がいたのかもしれない。
もしかしたらこのホテルに乞食でも住み着いているのだろうか? こういうところで人と出くわすのが正直、一番怖いものだ。
――カビ臭い空気が建物の中から流れてくる。
私はホテルの玄関扉をあけた。頭につけたヘッドライトのスイッチを入れると、無機質な白い壁と天井、真っ暗な廊下、赤い消火栓の扉が半開きになっているのが見えた。非常口の案内板はどこか昭和らしい風情があった。廊下の途中にある倉庫には、大量の段ボール箱が散乱している。
暗い階段を登ると、暖かみのある色をした絨毯に白い壁、窓からは日がさしていた。私は、廊下に立ち並ぶ客室の扉の一つに入った。
そこは畳のある和室で、背の低い長テーブル、部屋の奥には大きな窓、椅子が二つ、小さな机、化粧台のある、ごく普通の旅館の部屋だった。黒く変色した壁と天井は、朽ちて剥がれかかっていた。
部屋のテーブルの上には年季の入った小型のカセットラジオが置かれていた。それは半世紀近く前のモデルで、今ではあまりきかないエアチェックと呼ばれる録音機能がついているものだった。昔はこれでラジオ番組で流れる音楽をとったものだが、ひとつ欠点があった。それは録音中に周りの音を拾ってしまうことだった。
私はカセットラジオを手に取ると、ボタンを二つ三つ押して見た。
驚いたことに、このカセットラジオはまだ現役であった。よく見ると、このカセットラジオは乾電池式であった。乾電池の寿命は長くても五年から十年――誰かが最近、このカセットラジオに乾電池を入れたということだった。
いったい誰が? 何のために?……
こんなところに住もうと思うのはホームレスくらいだろうから、きっと唯一の娯楽だったに違いない。カセットラジオの置かれていたテーブルをよく見ると、他にもカセットが散らばっていた。
カセットラジオをいじっていると、音楽が流れ始めた。昔のラジオ番組を録音したものらしく、時折、砂嵐など雑音が入った。録音されていた曲は、いまもラジオで深夜に流れているような穏やかなクラシック音楽で、誰もがどこかで聞いたことがあるようなものだった。
カセットラジオの停止ボタンを押してみたが、停止ボタンが壊れているのか、音楽は鳴りやまない。どうにかして音楽を止めようと、一時停止や巻き戻し、早送りと順に押したが、ちっとも反応せず、仕方なくカセットラジオの蓋を開けた。すると、音楽は鳴り止んだ。
私は胸をなでおろすような思いで、カセットラジオを手に取った。さきほどと同じように部屋を一通り見回したあと、カセットラジオを持って廊下へと出ようとした、そのときだった――
ドン、ドン、ドン、ドン……
突然、部屋の壁を叩くような音がした。何だろうかと思って、私は音のした壁のほうへ振り返って懐中電灯を向けたが、とくに何もなかった。急いで部屋を出ようとしたが、さっきまで開いていたはずのドアが開かなくなってしまった。無理やり力を込めてドアを外そうとしたが、びくともしない。誰かが扉をしめたらしい。
そのとき、カセットラジオをからまた音楽が流れ始めた。さっきの曲の続きのようだった。その音楽に混じって、誰かが叫んでいるのが聞こえた。それは男の声だった。
――おーい! 誰か! 開けてくれ!
男の声にまじって、囁くような声で、別の誰かがこう言っているのも聞こえた。
――返して……返して……返して……
私は気味が悪くなり、ついにカセットラジオを放り出してしまった。そして、カセットラジオが落ちたその先に、誰かの青白い素足が見えた。
私は恐怖におののき、必死にドアを開けようとした。そして扉を、ドン、ドン、ドン、ドン、と叩いて、こう言った。「おーい! 誰か! 開けてくれ!」
そのとき、背後で誰かがこういった。
「返して……返して……返して……」