【絵師の女 part1】
亜人女王の訪問に動揺した私達だったが彼女は芸が気に入ったらしい。なんと城で詩曲を披露する誘いを受けたのだ。何たる僥倖。準備期間は一週間。私達は広場で芸を披露しながら空いた時間を自由に過ごしていた。
「♪」
鼻歌まじりに絵師はキャンパスに筆を走らせた。
題材は街で暮らす魔物達だ。
小鬼族、単眼族、猫耳族、有翼族、蜥蜴族……
多種多様な魔族達が生を謳歌している。商店で商いをするもの、木陰で休むもの、水場で遊ぶもの。
これほどまでに異なる種族が共生して社会を構築している。
その美しい調和をこそ私は描きたかった。
(いつか人間もこの輪に入れるのかな)
思い描く未来を夢想しながら作品を仕上げていく。
旅の道中での創作活動は速さが命だ。
その街で感じた空気や思い出、よぎった思考さえも時が経てば劣化してしまう。
初めて感じるこの瑞々しい気持ちを一刻も早く作品に閉じ込めたかった。
だが絵が完成間近と言うところで筆が止まる。
「んー……」
「どうして止めてしまうのですか?」
「うわっ!」
突然背後から声をかけられて思わず声をあげる。作品に集中していたせいか今の今までまるで気付かなかった。
「すみません。とても良い絵だったのでつい」
「あ、あははは。ありがとうございます。魔族の人達って肌の色とかも全然違うから描いてて楽しいんですよね」
明るく対応しつつ女性を観察する。だが違和感を覚える。何故だか分からないが画家の観察眼を持ってしても印象に残らない外見であった。背が高い。髪が長い。無表情な顔。その一部分は認識出来るのだが纏めてそれを知覚出来ない。私にとってはまさに初めての体験。とても興味深かった。
「あえて最小限の手数で描く事によって光の動きや質感を捉えやすくしているのですね。 我が国では珍しい手法です」
「これはこれは、ご婦人は慧眼でいらっしゃる。
失礼ですが貴方の種族をお聞きしてもよろしいですかな? 私と同じ人族、ですか?」
「ああ、あなたにはそのように見えているのですね」
「?」
奇妙な女性は疑問に答える事なく、絵師の背後から身体をくっつける。うっすらと香る花の香りに同性ながら思わずドキドキしてしまうが、彼女はキャンパスの空白部分を指差す。
「ここに何かを描こうとしていたのではないですか?」
「いやー、そうなんですけどね。 恥ずかしながらちょっと悩んでまして」
「聞きます」
聞かせてくださいとかじゃないのか、と内心ツッコミを入れる。表情の無さからは想像も出来ないほど存外にグイグイ来るタイプのようだ。単純に絵が好きなのかもしれない。
「……人間を描きたいんですよね」
「人間? 理解しかねます。 中立国とは言え人族の入国数は非常に少ないです。 皆無と言っていいでしょう。 事実を歪めるのは感心いたしません」
猛抗議に気圧されながらも絵師は弁明する。
「そうじゃなくて! 勿論魔族のいる風景画は沢山描くつもりではあるんですけど。
もし人間を描いたらね、この絵を見た人族が魔族も人間と変わらないんだなって思えないかなって……」
「─────────」
女性は固まった。マズイ、少し夢物語過ぎただろうか。なんだか恥ずかしくなってきた。
「な、なーんてっ! ごめんなさい、変な事言っちゃって! そのまま仕上げちゃいますね!」
「いえ、とても素敵です。 是非そこに人間を描いてください。
優しい嘘はこの世界に許される数少ない救いの一つですから」
意味深な言葉。彼女の方を振り返る。相変わらずの無表情だが私には何故か笑ったように見えた。
絵は無事に完成した。
去り際、彼女は「また会いましょう」とつぶやいた。




