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【絵師の女 part2】

私はこの世界が大好きだ。


痛み。苦しみ。悲しみ。

そう言った暗いもので溢れているからこそ、美しい物を見た時、人は心の奥底から感動する。

きっと神様が恐ろしい世界を描くのは美しいものを伝えたいからだ。

少なくとも私はそう思う事でどんなに辛いことにも耐えてこれた。


あの宴の後、吟遊詩人と亜人の女王の話し合いは上手くいったらしく私達は晴れて宮廷詩人として城に迎え入れられた。初めは彼女の恐ろしさに震えが止まらなかったが吟遊詩人と過ごすうちに何処となく彼女の雰囲気が柔らかくなったような気がする。


「アイツ顔だけは良いからなぁ……」

「私はどちらかと言えば貴女の外見の方を好ましく思いますが」

「うわっ!」


自分の世界に浸っていたところに突然声をかけられて私は激しく動揺してしまう。

私は城の上階の小さな広場で街を描いており、人通りの少なさから完全に油断してしまっていた。

この展開は以前にもあったような気がする。


「……いつも突然現れるのどうにかならないんですか?」

「貴女の警戒心が足りないだけです」


彼女と話しながらも私は目線を合わせない。

以前会った時、彼女は自分の正体を明かす事なく私に接触した。まさか亜人の女王の側近だったなんて。怖がらせない為と言えば聞こえはいいが話の分かる芸術仲間として心を開いていた自分はなんだか裏切られたような寂しさを感じた。


だからこそ仕返しに冷たい態度を取り、目を合わせる事なく自らの絵を進めて行く。

そんな心を知ってか知らずか彼女はじっと無言で作品が仕上がっていくのを見つめている。

私は困り果てた。沈黙は元来苦手な性分であり、自分の絵を好いてくれる相手に対して冷たく当たるのは心が痛む。そもそも彼女がそれに気付いているかは疑問であるとしてもだ。


「言ってくれても良かったじゃないですか」

「私は名乗る必要性を感じなかったので素性を伏せたまでです。 それに芸術を前に貴賤、ましてや種としての優劣など関係ありません」

「……もしかして謝ろうとしてます?」

「何のことでしょう」


どっちとも取れる態度で彼女は首をかしげる。

なんとなく彼女の事が分かってきたような気がする。その無表情から感情を読み取りづらいがその行動がすべてを物語っている。

事実こうして再び私の前に現れた。

意地になっていた自分が馬鹿みたいだ。


「あはは、なんだか意地張ってるのが馬鹿らしくなってきました。 謝罪の代わりじゃないんですけど、ほら、此処に座ってください」

「?」


私は気持ちを切り替えるように出来るだけ明るい声で彼女に呼びかけた。彼女は戸惑いつつも私が用意した椅子に腰掛ける。思えば彼女の正体を知ってからずっとこれがしたかった。


「今からあなたを描きます。 美人に描いてあげますから、心配しないでください」


私は彼女の絵が描きたかった。 模倣種ミミックの特性である形に囚われないその概念的な存在の美しさを自分の手で芸術に昇華させる。

それはある種の挑戦だった。芸術家としての自分がどこまで彼女を表現出来るか。

考えただけでも上唇を舐めてしまう。


「分かりました。 ですがこの姿は現世に溶け込む為の言わば擬態としての姿。 それを解く事は本来の姿を曝け出すと言うことになります。 大丈夫ですか?」


私は答える事なく固唾を呑んで彼女を見つめる。

彼女も私の意思が伝わったのか、その動きの一切を止める。すごい。呼吸を止めているのではないかと思うほどの静止した状態。

私はそれに応えるように筆を走らせる。


互いに集中しているからか無音の状態が続いた。

彼女の切り取ったかのような美しさをものにしてみせると息巻いている反面、私の動きは最小限だった。下手に細部を描くと認識の歪みに耐えられなくなる。あくまで私が描きたいのは等身大の彼女。その掴みどころの無いようで何処か柔らかい雰囲気。相手の望む姿を写す鏡のような底知れなさ。


「くーっ! 駄目だ……!」


私は悔しさに頭を掻き毟る。真っ白なキャンパスに描かれた彼女の姿は美しい。そう、ただ美しいだけだ。そんな筈がない。彼女はその身に世界を内包する存在。それが美しさの範疇に収まるわけがない。もっと身体の芯から震えるような凄みが足りない。

初めて彼女を見た時に感じた心の動きが込めきれていない。認めたくは無いが圧倒的な実力不足。

絵師としての技量も、人間としての深みも足りない。私はそれが堪らなく我慢ならない。


「納得のいく作品では無かったようですね」


彼女は作品を見ない。

その無表情な顔が楽しみを取っておく子供のような悪戯っぽい笑みを浮かべた気がした。不快ではない。親愛を込めたような笑顔だ。


「いつか絶対完成させてみせます。 その時は…」

「ええ、その時が来るのを楽しみに待ってます」


その後彼女と他愛のない話をした。

どうやら吟遊詩人は亜人の女王と正式に結ばれたらしい。二人とも幸せそうで何よりだ。

私は一人の芸術家としてゆっくり自分の腕を磨き直す事にした。大丈夫。時間はしばらくありそうだ。

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