【吟遊詩人の男 part9】
「……前々から思っていたが貴様の物語は何故そんなに暗いんだ?」
亜人の女王がその目を細めながら俺に質問する。
初めて自室に招かれた時は訳も分からず押し倒されたが、落ち着いて話してみるとすっかり打ち解けてしまった。彼女は自らの複雑な生い立ちから他人が信じられず苦悩しているという。
そんな亜人の女王様が人を信じられるようになるまでの練習として、俺は時折こうして彼女を訪ねるのであった。
「そんなに暗いか?」
「ああ、暗い。 我が国の子供達に悪影響が出かねないと心配しているぞ」
彼女は膝枕の体勢から俺を見下ろし、からかうように笑みを浮かべる。
適度に柔らかい太腿が心地良く、彼女の羽が俺を包み込んでくれている。
互いの顔の距離が近いのでつい見つめ合う。
こうして笑っていると普通の女の子のようだ。
その漆黒の瞳に吸い込まれるように、俺は彼女の目を魅入ってしまう。ふとよく見ると魔術的な刻印が刻まれているような幾何学の紋様がうっすらと見えた。
「この瞳が気になるか? 【断章】の詠唱無しでスキルを起動出来るようにする代物だ。 代償として魔力の大半をこの邪眼の制御に割かねばならないがな。 愚かな魔族のくだらない夢の残骸さ」
「俺は好きだけどな。 宝石みたいで」
「───。 フフ、そう言われると悪い気はしないな」
彼女は照れ隠しのようにワシャワシャと俺の髪をめちゃくちゃにした。嬉しそうな彼女を見ていると抵抗する気も起きずなすがままに髪を乱される。
「……そう言えば髪、少し切ったか? 前はもう少し長かったような」
「おお、危なかったな。 ギリギリ合格だ。 最後まで気付かずに私の機嫌を損ねていたら貴様は今頃肉塊になっていたぞ?」
「お前が言うと洒落に聞こえねぇよ…」
「戯言ではない。 私が本気を出せばこの世界を支配する事だって簡単に出来るのだからな」
冗談っぽく笑うと彼女は手を止めて自らの栗色の髪を俺に見せつけるように優雅にかき分けた。
褒めて欲しいのか何かをねだるようにコチラに目線を送っている。
「すごく似合ってる、惚れちまいそうだ」
「よろしいっ」
彼女は満足そうに胸を張ると、耐えきれなくなったように笑い出す。
未だにこれがあの魔族を破裂させた瞬殺した張本人だと信じられない。
冷酷な絶対支配者の彼女と年相応に笑顔を浮かべる彼女。果たして本物の彼女はどっちなのだろう。
「聞いてくれ、吟遊詩人。 実は次の建国祭で人族の使節団を招こうと考えている」
突然の宣言に俺は内心動揺した。
中立国と言えども未だ人族の数は圧倒的に少ない。もし仮に彼女が言う通り人間世界の使者が式典に参加すれば人魔双方に与える影響力は計り知れない。俺は固唾を呑んで彼女の次の言葉を待った。
「正直なところ勇気のいる選択だった。 不思議なんだ。 お前と過ごしているとな、人族と魔族が手を取り合う、そんな夢物語を信じてみたくなる」
彼女は先程までとはまるで別人のように凛々しく立ち上がると、此方に手を差し伸べた。
少し不安の入り混じった、しかし確かな決意を秘めている。そんな力強い眼差し。
「私と一緒に生きてはくれないか?」
それは真っ直ぐな愛の告白だった。
一介の旅芸人である自分にそんな大役が務まるのか。そもそも脆弱な人間が魔族の中で暮らしていけるのか。それにまだ彼女と出会ってそう長くはない。彼女にはまだ俺の知らない冷たい一面が確実にある。俺はそれを受け止められるのか。
そんな数々の思考とは裏腹に俺の身体は勝手に動いていた。マントを大きく両手で広げ、その浮き上がる動きで片膝を着く。やや前屈みになってその手に唇をそっとつける。彼女の緊張を解すためにあえて芝居がかった動作で彼女の言葉を肯定する。
「例え何があっても俺は君を助けると誓う」
最初は感情が暴走していた彼女だが、それは愛情に飢えている事の裏返しであった。
話すうちに等身大の彼女が見えるようになり、いつしかそれに惹かれている自分に気付いた。
他人を信用出来ないという彼女が、俺を信じて自ら行動を起こしてくれたのだ。
非力で役不足かもしれない。
何も出来ないかもしれない。
だがそんな俺でも目の前の彼女を支えたい。
彼女はいつも通りの笑顔で嬉しそうに笑った。




