【勇者 part1】
暗き夜に、異変が渦巻いていた。
幾重にも雄叫びを重ねたような咆哮。
地平を揺るがし鳴り響く、爆発と破壊の轟音。
闇の中で浮かびあがる幻視と言うにはあまりに明確な異形の群れ。
振るう得物は羽根や骨、鞭のような触手に鉄の籠手。歩を進めるのは蹄や鉤爪、それに蛇尾。
咆哮する口は尖った嘴、あるいは牙を並べた顎門。
まさに魔軍と呼ぶに相応しい異形の軍団が人の時代を終わらせんとただその目的の下に地を跋扈する。
「なんて賑やかな夜だろう。北に浮かぶ灯火の全てが人の光だなんて、意外と生き残ってたもんだね」
「趣味の悪い皮肉はおやめください。私達が守らなければ希望の光は潰えてしまうのですから」
「『神が恐ろしい世界を描くのは美しいものを伝えたいからだ』ってね」
十五年前。
ある女王が禁断の術を発現させた。
曰く、その【断章】は自らの所有するあらゆる物質を高純粋かつ莫大な魔力に変換する。
彼女はあろう事かその術を用いて自らの治める都市そのものを丸ごと同胞と共に術式の贄としたのだ。すべては自らを裏切った人族への復讐の為。
人類史が始まって以来初めて観測する世界を滅ぼし尽くしかねない個の力を前に人族は畏怖を込めて全ての魔を統べる王、即ち【魔王】とその存在を名付けた。
「本当に行くのですね」
「ああ、行くよ。その為に大陸の果てからここまで戻って来たんだ。それに頼もしい仲間も増えた」
「……失った仲間も多いです」
「だからこそ、遺された私達は頑張らないといけないんじゃないかな」
「貴方がそれを言いますか」
戦火を眺める二人。白銀の騎士と聖装の聖女。
互いの視線が交差し、聖女は耐えかねて視線を逸らす。気付けば二人の周りを同胞達が囲む。
「─────行こう。世界を救おう」
彼等は人類最後の希望。
【魔王】から人の世界を守りその支配を討ち破る。
その願いを託された者達だ。
ただ人々は気付いていない。
この残酷な世界に救世主は存在しない。
だがその役目を果たさんとする勇ましき者達は確かにこの地に立っている。
これは偽りの【勇者】の物語。




